3rd ep.ターニングポイント ④

「そうだな――」

 俺は日下に一連の騒動について話した。

 俺が【学生広場】で二つのアカウントを持っていること。テニスを辞めた鬱憤うっぷんを晴らすために、岳志を誹謗ひぼう中傷するレスを掲示板に投稿したこと。掲示板が岳志本人に見つかり、誹謗ひぼう中傷の犯人の一人が自分だとバレたこと。

 テニスを辞めた詳細な理由だけはぼかしておいた。

 懺悔ざんげのようにぶちまけると、確かに気持ちが少しだけ軽くなった。

「そう、だったんだ……」

 話を聞き終わった日下は無表情だから感情が読めないけど、俺をうれえている気がする。

「寒川君はり所だったテニスを失って、新たなすがり先の【学生広場】で……」

 彼女は俺の肩を持ってくれている。悪いのは俺なんだけど救われた気持ちになる。

「寒川君が全て悪いわけじゃないよ」

 日下は穏やかな微笑をたたえて俺を見つめる。

「寒川君だって大変な思いをしてたんだから、被害者でもある」

「日下……」

 誰に聞いても俺が悪いとなるであろう話を、多少強引でも俺に寄り添ってくれる。日下は本当にいい子だなぁ。

「辛かったね……私は、どんな時でも寒川君の味方だから。寒川君は大切な人だから」

「ありがとう。励ましてもらえて嬉しいよ」

 大切な人というのが大仰おおぎょうな気もするが、ひとまず彼女の優しさに感謝しつつ、再びペンを走らせて問題を解く作業に取りかかる。

「それで、【学生広場】はやめる気になった?」

 日下はかねてから俺のSNS中毒を心配してたっけ。俺のやらかしを聞いてますます俺のSNS生活による弊害を危惧きぐしての質問だ。

「いや、これからも『COLD』では続けていきたい」

「……そっか」

 俺の回答にどこか不満げな日下の声色こわいろは淡白だった。

「――寒川君」

「おぅ、なんだ?」

 まだ何か聞きたいことでも――

「そこも間違えてるよー」

「うえっ!? サーセン」

「凡ミスのオンパレードだねー」

 俺の度重なる間違いを見て、寛大かんだいな日下もさすがに少しだけ苦笑している。バカですんません。

「いきなりできる人なんていないよ。ひたむきに努力してこそ、成果は見えてくるんだー」

「ハイ、今までそれを怠ってきた結果がコレでございます……」

 立場上、それ以上何も言えねぇ。

 その後も日下の優しく丁寧な指導のもと、数学と英語を中心に一年生の内容の復習作業に取り組んだのだった。


    ▲▲▲


「あ」

「……げっ」

「……げって何よ」

 勉強会を終えて用事があるらしい日下と別れた後、本屋から出てきた稲本と偶然にも遭遇してしまった。

「「………………」」

 お互い無言で立ち止まったまま気まずい空気が流れる。外の気温よりも冷えていると言っても過言ではない。

「あ、あのさ、稲本……今から時間、もらえるか?」

「い、いいけど?」

 よし、ひとまず会話すら拒否される事態にはならずに済んで安堵あんどする。

「こんな時間に俊哉を見るのは珍しいわね」

「図書室で日下って子に勉強を教えてもらってたんだよ」

「日下――って、寧々ちゃんのこと?」

 日下の名前を出すと、稲本は怪訝けげんな表情を向けてきた。

「よく知ってるな」

「同じ中学だったし」

「そういやそうだったわ」

 日下が稲本について深堀りしてこなかったから顔見知りじゃないと思ってたわ。あの中学マンモス校だったし。

「なんで寧々ちゃんがアンタに勉強を?」

 稲本からしたら至極当然の疑問だ。はたから見れば俺と日下にはなんら接点はない。同じクラスになったことがない上に、運動部崩れの俺と文化部の穏やかな女の子が交流する機会は少ない。

「中学の時に色々あって、その縁で勉強を見てくれることになったんだよ」

「ふーん。さすがのアンタも寧々ちゃんに泣きつくほど自分の成績に危機感を抱いたのね」

 稲本はいたずらっぽい笑みでイジってきたが、

「いや、日下の方から手伝うって言ってくれたんだ」

「……えっ」

 俺の返事を聞いた瞬間硬直した。

「おい、どうした?」

「な、なんでもないわ!」

 俺が首を傾げると、稲本は両手を振って狼狽ろうばいした。

「そ、それより、外じゃ寒いし、建物の中に入りましょ!」

 日下の話題を切り上げたいのか、焦るように提案を出してきた。

「? あ、あぁ」

 はぐらかされた気がするけど、しつこく追及しても無駄だろうな。


 街中で話すのもアレなので、近くのカフェに入った。

 店内は客がまばらのため静かで、話すにはうってつけの環境だった。

「わざわざ悪いな」

「俊哉のオゴリね」

「おう」

「……冗談だから」

 貴重な時間をもらったんだ。当然そのくらいはさせていただく。

 俺たちは適当に飲み物を頼む。

「それで、話って?」

 稲本が説明を促してきた。

「金曜日のことなんだけど……」

「でしょうね」

 俺が岳志や周囲に迷惑をかけた日、稲本にも酷い言葉の数々を浴びせてしまった。

「悪かった。頭に血が上って酷いことを言っちまった」

「休み時間の様子を見た限り、宮下君とは仲直りできたのね」

「あぁ」

 岳志との関係が修復できたと知るなり稲本はふっと微笑んだ。

「私は別に怒ってないわよ」

「でも、あの時泣いて――」

「な、泣いてないわよっ!」

「えぇ……」

 思いっきり俺が泣かせてしまった記憶があるんですが。

「そんなことより、私の方こそやりすぎたわ。ごめん。ついカッとなってビンタしちゃった」

 稲本は犯罪者の弁明のような言い回しで俺にビンタしたことを謝罪してきた。

「それは、俺が暴言を吐いたからだろ」


『今更再起を図ったって意味ねーんだよ! どうせ無駄なんだからよ!』


 この言葉を吐き捨てた直後、稲本から痛烈な平手打ちを食らった。

 その時のことを思い出すと右頬が痛む感覚が蘇るけど、稲本の心は俺の頬なんかよりももっともっと痛んでいたはずだ。今まで泣いてるところを見たことがないほど強い彼女が涙するのはよほどだ。

「あの言葉をアンタの口からだけは聞きたくなかったから」

 あの時もそんなことを言ってたけど、あの暴言は稲本にとってそこまで重要なのか?

「分からないんだけど、そこまで怒る内容だったのかって思ってるんだよな」

「はぁ。かつて自分が言ったこと、すっかり忘れてるのね」

 俺が首を傾げると、稲本は残念そうに嘆息たんそくした。

「忘れてる?」

「私たちが小学三年生の頃のお話よ」

 小学三年生……もう七年前の話か。


    ▲△▲△▲△


 私がテニスをはじめて数ヶ月くらいが経った頃の出来事だったかしら。

 幼馴染の俊哉に誘われてテニスをはじめたものの、全く上達せずに後からはじめた子にあっさりと抜かれていく始末。

 全然楽しくないし、みじめになるだけだから「もうやめる」って俊哉に伝えたらアンタはこう言ったわ。


『なかなか上達しなくても諦めずに続けてれば上手くなってくし、もっともっとテニスが楽しくなるぞー! 壁にぶち当たっても、何度でも乗り越えればいい。やる気さえ失わなきゃ何度だって再起――立ち上がれるし、やり直せるんだ! 足掻くことに意味がある! 意味がない努力は存在しないさ!』


 その言葉を受けた私はもう少し頑張ってみることにしたの。

 するとどうだろうか、徐々に実力が伸びていき、テニスに対して楽しさを見出せるようになってきたわ。

 ――あぁ、途中で投げ出さないで本当に良かった。この喜びはテニスから逃げていたら絶対に味わえなかったから。

 俊哉のおかげで諦めないことの大切さ、挑戦は無駄ではないとだと実感できたの。

 けど、試練は一度だけじゃなく何度も訪れるようで――

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