3rd ep.ターニングポイント ②

「……残念だ。有望な人材が入部したと思ってたんだけどなぁ」

「本当にすみません。短い間でしたがお世話になりました」

「身体を大事にしろよ」

 俺は何度も顧問に頭を下げた。

 結局、ラリーもろくにできない俺はテニス部を退部した。


「寒川」

「園田さん。色々お世話になりました」

 声をかけてきた園田さんにも頭を下げる。

「辛いだろうが、腐るなよ」

「……はい」

 園田さんは最後までこんな俺に寄り添ってくれた。

 本当、ここまで気にかけてくれたのは園田さんただ一人だよ。

 しかし、唯一夢中になっていたものを失った俺の気が晴れることはなかった。


「そうか、退部したか」

 家族にテニス部を辞めたことを伝えた。

「別に私たちは俊哉や龍介になにがなんでもテニスをやってほしいわけじゃないの。やりたくないならやらなくて構わないのよ。自分たちの人生なのだから、ね」

「………………」

 母親は俺に寄り添った言い回しをしているけど、結局俺がテニスをやりたくないと思い込んだままだ。

 違うと否定するのもいい加減疲れてきた。

「僕が兄ちゃんの分も頑張るからさ。みんな応援してよ」

 龍介の宣言を聞いた両親は笑顔の花を咲かせた。

「もちろんだ! 頑張れよ!」

「期待してるからね」

「頑張れよ……」

 口ではそう言ったけど、本当はこころざしなかばで諦めたくはなかった。

 未だに原因も判明してないのに投げ出さざるを得ない無念が周りに分かるのか。

 俺と違って障害もなくテニスが続けられる龍介が心底うとましいと思ってしまった。

 龍介も俺に気を遣ったのかもしれないけど、俺を見る目には困惑の色がにじんでいた。


「そっかぁ、部活続けられなくなっちゃったか」

 翌日、テニス部を辞めたことを岳志に報告した。

「スポーツ推薦で入ったのに、これじゃなにしに学校に通うのか分かんねーわ」

 勉強は最初からやる気ないし、学校に通うモチベーションがなくなった。

「気分転換になるかは分からないけど――」

 そんな俺を見かねた岳志が教えてくれたのが学生向けSNSサイト【学生広場】だった。

「僕も『宮下』ってユーザー名でやってるよ。もし俊哉もやるならフレンドになろう」

「サンキュ。やってみようかな」

 SNSねぇ。今までやったことなかったし、試してみてもいいか。

「……聞いたわよ。テニス部辞めたそうじゃない」

【学生広場】のユーザー登録を進めていると、稲本が俺たちのところにやってきた。

「あぁ。原因不明の肘の痛みでラリーができなくなったからな」

 スマホの画面に目を向けたままぶっきらぼうに返答すると、稲本が俺の左肘を人差し指でつついてきた。

「俊哉。肘は二本あるのよ」

「……は?」

 人間なんだから肘が二本あるのは当たり前だろ――って、そういう話じゃないか。

 右肘がダメなら左肘でチャレンジしろと? 右はともかく左の俺なんて小学生以下のレベルだぞ。高校二年生目前から左腕転向したって強豪レベルについていくどころか追いつくことすら無謀だろ。

「意味が分からねぇよ」

「他でもないアンタなら分かると思ったんだけどな、残念」

 稲本は心底残念そうな表情で自席へと戻っていった。

(なんなんだアイツは……はっきり言えよ)


 晴れて帰宅部となった俺は放課後早々家に帰宅した。

【学生広場】をやってはみたいけどスマホでは文字を打つのが面倒くさいので、自宅のパソコンからアクセスしたかったのだ。


COLD:『岳志、寒川俊哉だ。ユーザー登録終わったよ』


 岳志のアカウント『宮下』にDMを送り、返信を待った。

 その夜岳志から返信が来て、いくつかのコミュニティを紹介してもらった。

 なんの偶然か、その中には園田さんもとい『タク』がいるコミュニティもあった。もっとも、つい最近まで『タク』の中の人が園田さんだとは夢にも思ってなかったわけだけど。

「SNS、悪くないな……」

 少しばかり他人とネット上で会話をしたけど、妙な居心地の良さを感じた。

 岳志はともかく基本知らない人間だからみんな俺の素性を知らないし、お互い本名も顔も分からないので変なしがらみもない。

「新しい趣味にできそうだな」

【学生広場】の存在を教えてくれた岳志に感謝だ。


「龍介! この前の練習試合、知り合いが見てたらしくて今日褒められたわよ!」

 家族で食卓を囲っていると、龍介のテニスの話題になった。

 多忙な家族が珍しく全員揃った時はいつも龍介の話題になる。

「さすがは寒川ジュニアね」

「そんな、まだまだだよ」

 龍介はちらりと俺を見て気まずそうな表情を浮かべた。俺がテニスを辞めて以来、腫れ物に触るように接してくる。

「……龍介は頑張ってるな」

「……うん。ありがとう」

 両親は俺に関してはなにも言わなくなった。目を向けているのは弟の龍介だけだ。

 二人は未だに俺が仮病でテニスから逃げたと思い込んでいる。なにも言ってこないが恐らく龍介も同様だ。

 この家に、俺の居場所はもうなかった。


 翌日の放課後。

 稲本や岳志の部活動での様子が気になってテニスコートと陸上トラックの近くに行ってみた。

(岳志も稲本も楽しそうに練習してるな……)

 二人の活動の様子を眺めてテンションが下がった。自分から見に来たというのにだ。

 はぁ。

 どうして俺だけが爪弾きにされちまわなきゃならないんだろう。

 全ては右肘の痛みから崩壊がはじまったんだよなぁ。

 自分からおもむいたのに、俺の中のくらい感情が精神を覆ってきた。

(帰って【学生広場】でもするか……)


 しかし、帰宅しても怨嗟えんさは収まらなかった。

「くそっ、くそっ、くそっ!」

 なんだよどいつもこいつもコケにしやがって!

 大好きだったことができなくなる苦しみはお前らには分からないだろうよ! 何事もなく毎日楽しそうに過ごしやがって。

「クソがっ!」

 思う存分やりたいことに打ち込める連中も、俺を理解しようともしない家族も、みんなクソ野郎だ!

【学生広場】で、誰かと話してストレスを解消したい。

「……待てよ。ただの健全な会話じゃストレス発散にはならない」

 この瞬間、俺は悪魔になった。

【学生広場】のタブー、同一人物が複数アカウントを作ること。それを実行した。

 良い子ちゃんキャラは『COLD』でやればいい。

 けど綺麗なキャラじゃ発散できるもんも発散できないんだよ。


リバー :『なぜ自分だけが諦めなければならないんだ』


 こうして生まれたのが『リバー』だった。

 思いどおりに行かない人生の怨嗟えんさをまき散らすためのもう一つの人格。

【学生広場】にはつぶやき機能があるため、『リバー』の初作業として誰にも言えなかった鬱憤を書き込んだ。

 けど所詮は自己満足で、自分を悲劇の主人公だと思っていた。自分は可哀想な人間なんだと。だから多少のヤンチャくらい許されるだろう、と。

 しかし、その愚行の数々は全て自分に跳ね返ってくるのだ。因果応報ってやつだ。

 たくさんの人を傷つけた報いは謹んで受けるべきだ。

 俺に弁明の余地などないのだから。


    ▲▲▲


 夢を見ていた。

 未来に希望しかなかった俺の人生転落ストーリー。

「最悪な目覚めだ……」

 あんなことがあった直後に見る夢じゃねーよ。

「……はぁ~」

 夢のことよりも、まずは俺のやらかしで狂ったリアルをどうにかしなければ。

 自業自得だけど、やるべきことが多すぎる。

 複アカバレしたのが金曜日で、今日は火曜日。

 あれから【学生広場】にはログインしていない。

 岳志とも土日祝と三連休あったけど、あれからやりとりすらしていない。

「それでも登校はしないといけない……ダルい」

 普段以上に身が重いが、引きずるようにして学校に向かう支度をはじめた。

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