2nd ep.人生は因果応報なり ⑤

 おい――……おい!

 思わぬところで一番出してはならなかった口外禁止用語が飛び出してしまった。

 くそっ、迂闊うかつだった。岳志と一緒にいる時に金子と遭遇した時点でこの展開も想定しておくべきだった!

「…………『リバー』?」

 岳志の顔から感情が消えている。

 あ、あかん。これはマジであかん奴や!

「金子さんでしたっけ? ちょっといいですか」

 俺から視線を外した岳志はどんな思惑があるのか金子に話しかけた。

「はい?」

「もしかして、【学生広場】の『ヨシ』さんですか?」

 岳志は笑顔で金子に問いかける。

「そうですけど、あなたは?」

「僕は宮下岳志っていいます。俊哉と同じく関東中央高校の一年生です」

「はぁ、宮下君」

 そこまで言われてもなお、鈍感な金子はまだ察しがつかない。知らない奴からいきなり話しかけられて戸惑っている。

「【学生広場】では『宮下』って名前で活動してます。俊哉とはフレンドです」

「…………あっ」

 金子はようやく『宮下』の正体を知ると眉をぴくりと上に動かした。

「お前ら、友達だったのか」

「あ、あぁ」

「あぁ、じゃねーよ! 友達なのによく平気で『②』の案をのんだな! 血も涙もないのか!?」

 金子は俺に非難の声を浴びせてくる。

「さすがの俺だってリア友に対してはあんな真似しないぞ! お前、『②』と同じくらい非情な人間だな」

「それは……」

 言いたいことは分かる。俺がクソ野郎なのは紛れもない事実だ。

「って、ちょっと待ってくれ」

 金子は俺に掌を出してもう片方の手をおでこに添えた。

「宮下君が寒川のフレンド? 『リバー』のフレンドリストに『宮下』はいなかったけど」

「いや、それは――」

「――――『COLD』のフレンドだよ」

 俺の台詞に被せてきた岳志が『COLD』のユーザー名を出した。

「……『COLD』って――『宮下』の仲間じゃん! えっ、つまるところ――」

 金子と、岳志も俺の顔をじっと見てくる。

「寒川――お前、【学生広場】のアカウントを二つ持ってんの?」

 あぁ、ついにこの時が来てしまった。

 園田さんだけでなく、岳志と金子にも俺が複アカを持ってることがバレてしまった。『COLD』『リバー』両サイドの人間に知られてしまった。絶体絶命だ。

「お前さ、【学生広場】の利用規約は知ってるよな?」

「あ、あぁ」

 同一人物が複数アカウントを持つことは固く禁じられている。運営にバレたら即アカウント削除の事由にあたる。金子はそのことを指しているんだ。

「これからどうすんだ?」

「どうすると言われても……」

「今の話は聞かなかったことにするからさ」

 金子は俺が『COLD』だってことも、複アカを持ってることも拡散しないでくれるらしい。その点は感謝だ。

「とはいえ、複アカなんて持って何がしたいんだ? まさか、スパイ活動じゃ――」

「ち、違うわ!」

 スパイって人を工作員みたいに言うなや。

「用途を使い分けてただけだよ」

 一般用ユーザーと荒らし&レスバ用ユーザーで。

「だけって簡単に言うけどな。【学生広場】の中で一番の禁止行為だぞ。それを分かって複アカを持ってるのか?」

「まぁ」

「恐れ知らずな男だな」

 はじめこそバレないように気を回してたんだけどな。段々と気が抜けて周囲への警戒心が薄らいでしまっていた。

「結局のところ、どっちがメインなんだ?」

 金子はどちらが本体かを問うてきている。

「――『COLD』が表アカだ」

 俺の回答を聞いた金子は鼻を鳴らした。

「そうか。じゃあ俺らとの付き合いは完全に暇潰しのお遊びだったんだな。残念だよ、俺はお前を友達だと思ってたんだがな」

「そんな毒のある言い方しなくてもよくね……?」

 金子からすれば気分が悪いのは分かる。『リバー』ではなく『COLD』を選んだ俺をよく思わないのは当然だ。

「暇潰しじゃないぞ。どっちも俺だし優劣はないよ。金子のことも友達だと思ってる」

 けどあくまで表裏であって、メインサブとかではない。一枚のコインの表裏は、どちらも同じ一枚のコインなのだから。

「そのどっちつかず、二兎にとを追う者はいっをも得ずにならなきゃいいがな」

 今がまさにその状況だけどな。俺の所業が運営に報告されれば俺はアカウントを二つとも失い、【学生広場】から永久追放される。

「まぁいいや。――ところで」

 金子が岳志の方へと向き直り、

「昨日は悪かった。この通りだ。大変申し訳ない」

 深々と頭を下げた。

「い、いえいえ、大丈夫だよ。気にしなくていいから」

「【学生広場】上ではつい熱が入っちまったけど、いざ本人とはち会ったら急に罪悪感にさいなまれたわ」

 岳志が笑顔で許してくれたことを確認した金子は気まずそうに早足で去っていった。

「…………で? 俊哉は何か言いたいことはある?」

 その背中を見送ると、岳志が笑顔を消して俺へと向き直る。

 その表情は絶対零度のごとく冷たく無機質だ。

 そりゃそうだよな。俺は岳志を裏から追い詰めた一人なんだから。金子と違って友達の立場でありながら牙を剥いたのだから。

「えっと……」

 続く言葉が出てこない。言い訳を探すも一切見つからない。

「……何も言えないんだ?」

 岳志は目を細めると、俺から視線を外して息を吐いた。

「背後から僕を攻撃していたとはね……正直ショックが大きいよ」

「………………」

 どう弁明しようか悩んでいると、


「俊哉! どういうことよ!?」


 背後から突然、鋭い女性の声が響いてきて驚いた。

「い、稲本!?」

「話は聞かせてもらってたわ!」

 声の主の稲本は目を吊り上げて俺を睨んでいる。激オコなのがよく分かる。

「お前には関係ないだろ……」

「関係ない!?」

 だってそうだろ。お前は俺の幼馴染ではあるけど、今回の件ではなんら接点がない。

「そんなことより岳志――」

「アンタが挫折を味わって苦しんだのは知ってる! けどさ、だからといって裏で友達を誹謗中傷するのが許されるとでも思ってるの!?」

 稲本らしい叱咤しったを真っ直ぐぶつけてくる。

「他人のお前に言われたくはない」

「俊哉に中傷された宮下君は私の友達でもあるの! 他人事ではいられないわ!」

「ぐっ……!」

 あぁ、コイツはこういう女だったな。愚直で、正義感が強くて、お節介。

「まぁまぁ稲本さん」

 興奮状態の稲本を岳志がなだめると、

「で、俊哉。僕に言いたいことがあるんでしょ?」

 稲本に遮られた俺に発言を促してくれる。

「――すまん! 全部俺の甘えた考えが引き起こしたことなんだ!」

「………………」

 俺の謝罪を受けた岳志はなおも感情の読めない視線で俺を見据えている。まるで日下のように。

「他の奴に誘われて最初は気が進まなかったんだけど、書き込みを続けてるうちにお前への嫉妬の炎が燃え盛ってやりすぎちまった!」

 地面に膝をついて岳志に頭を下げた。いわゆる土下座ってやつだ。

「嫉妬……」

「お前は部活に打ち込めていいなって話」

「――あっ……」

 俺の吐露とろを聞いた岳志ははっとなった。

「俺は今の有様だからさ。心底お前が羨ましいんだよ」

 前向きで充実した高校生活が送れてる友達にすら嫉妬する野郎とか、最悪だよな。

「……今日はもう先帰るよ。色々整理させてくれ」

 岳志が困惑した表情で駅へと向かうと、俺の話を岳志とともに聞いていた稲本がはぁと溜息をいた。

「正直アンタがこういう状況になることは予想してたわ。やらかしてから反省しても遅いけど、反省しないで逆ギレしなかっただけマシよ」

「………………」

 なんで稲本は俺の悪行を予想できたんだ? 少々俺のことに詳しすぎやしない? 他でもない俺があんな形で複アカがバレるとは全く想定できてなかったのによ。

 せっかく、園田さんは黙ってくれてたってのに……。

「腐った結果が、今出たのよ」

 稲本の言葉に、ついカチンときた。

「お前に何が分かる!? 何の障害もなくテニスやれてるお前によ!」

 何不自由なく部活に打ち込める状況の奴が上から目線で知ったような口叩くんじゃねぇよ。

「障害も壁もなく順風満帆じゅんぷうまんぱんに行ける人なんてそうそういないでしょ!」

「お前はどうなんだよ!? 説得力ねーんだよ!」

 優等生でロクに苦労もせず、才能にも恵まれた勝ち組が偉そうにほざくな!

 稲本は俺の問いには答えず、

「腐らずに諦めない姿勢が大事でしょ! 成否は関係ない。やるかやらないか! 再起を図ってみればいいのよ! 【学生広場】に逃げてないでさ! 下らないことに費やす時間があるなら、今からでもリスタートしてみなさいよ!」

「やるやらない……!? 再起、リスタートだぁ……?」

 再起なんか――できるわけ、ねーだろうが!

「今更再起を図ったって意味ねーんだよ! どうせ無駄なんだからよ!」

 稲本から視線を逸らして吐き捨てたその瞬間――――


 バチィン!

 小気味よい音が間近で響き渡った。


 稲本が俺の右頬をビンタしたのだ。

「……アンタからは――」

 彼女の声は震えている。

「アンタにだけは、そんなこと言ってほしくなかった! 一番言われたくない言葉だった!」

「なにを……!」

 そこで気がついた。

 稲本の頬に、涙がつたっていることに。

「稲、本……」

「ばか俊哉っ! もう知らないっ!」

 唖然あぜんとしている俺を置いて、涙を手でぬぐいながら走り去ってしまった。

 事件現場に一人取り残され項垂うなだれる。

「……くそっ」

 稲本からの正論攻撃についカッとなっちまった。

「本当、誰かを傷つけてばかりだな、俺は……」

 我ながらどうしようもない輩だ。

「――けど」

 全ては俺が招いた人災だ。

「ケジメをつけるしかない。いや、つけるべきだ」

 鉛のように重い気分が身体を押さえ込んでくるが、全責任は俺にある。筋を通す義務がある。

 なんとか、収束させないとな……。

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