2nd ep.人生は因果応報なり ④

リバー :『その通りだ』


タク  :『運営に問い合わせて確認してもらえば即垢BANになることを恐れずに

     よくやるよ』


タク  :『だが安心してくれ。すぐさまチクるつもりはない』


リバー :『目的はなんだ?』


タク  :『複アカの件は特別に黙っててやるから、これ以上友達の宮下を叩くのは

     やめろ』


リバー :『俺だって叩きたくて叩いたわけじゃないんだよ! 他の奴に

     そそのかされてさ』


タク  :『また、自分は悪くない、ただの被害者ですってわめくだけなのか』


リバー :『宮下の件については加害者だよ! けど、俺にもこうなった理由が

     あるんだよ!』


タク  :『それは独善的な主観でしかない。自分の人生が上手く行かないからって

     誰かに八つ当たりしていい道理はない』


タク  :『八つ当たりしたところですさんだお前の心は晴れたのか?

     さっきの宮下叩きでお前の心は軽くなったか?』


リバー :『それは……』


タク  :『とはいえ、お前を一方的に糾弾きゅうだんしておいて自身の素顔を

     隠し続けるのは公平じゃないか』


タク  :『俺の名前は園田勇実だ。聞いたことあるだろ』


リバー :『園田さんが、タク……?』


 知ってるも何も、今日の昼休みに会話した相手ですけど!?

 マジかよ。俺は高校の先輩と今までタメ口でやりとりしてたのか。まさか自分に近しい先輩が【学生広場】のフレンドだったとは思ってもみなかったよ!

 しかも園田さんはいつからか分からないけど、俺が『COLD』だと看破していた。

 揚げ句の果てには『リバー』までもが俺だと断定されてしまった。鋭い洞察力だ。

 と、感心してる場合じゃない。


タク  :『そうだ。俺はCOLDも宮下もリアルでは誰なのか気づいてたぞ』


リバー :『そうでしたか……』


リバー :『園田さんはいつ俺の正体に気がついたんですか?』


タク  :『同じ学校。宮下って名前のフレンド。お前の表アカのCOLDを

     和訳すると「寒い」になる』


タク  :『更にリバーを和訳すると「川」。これらを合わせると「寒川」になる』


リバー :『さ、さすがですね』


タク  :『いやいや、安直すぎない? もっと捻ってユーザー名つけろよ』


リバー :『ごもっともです』


タク  :『更に言うとリバーの最初のつぶやきの内容を見てお前だと確信したよ』


リバー :『あ……』


タク  :『ひとまずお前のことは運営には言わないでおくし、宮下にも内緒に

     しておく。その間に自分がどうするべきなのかよく考えてみな』


リバー :『……承知です』


タク  :『自分の歩みを、見つめ直せ』


リバー :『……はい』


 ここでDMでのやりとりは終了した。

 そうか。

 園田さんに言われて思い出した。

 俺は『リバー』のアカウントを作った際に、とあるつぶやきをした。

 あれが、俺と『COLD』『リバー』を繋ぐ鍵になってしまっていたんだな。

「俺はどうするべきなのか……」

 どうしたいのか。

 これからも【学生広場】は続けていきたいし、『宮下』や『タク』とも交流を続けたいと考えている。

「だからこそ、岳志に謝罪はできない」

 謝罪すれば俺が荒らし屋三人衆の誰かということになる。すなわち、アカウントを二つ持っていることが発覚してしまう。

 もしかしたら懐が深い岳志は水に流して多重アカウントの件も黙っていてくれるかもしれない。

 けれど散々自分を正当化して暴れておいて、今更「調子に乗っていました、すみませんでした。どうか複アカの件は黙っていてください」とは言えない。

 少なくとも、俺から打ち明ける資格はない。

 だからせめて俺ができることといえば――

「『リバー』での活動を徐々に減らしていくことだけだ」

 急にログインしなくなると二人から怪訝けげんに思われる恐れがある。

 特に『ヨシ』とはリアルでも会ったことがある上に連絡先も交換しているので無言で逃亡を図るのは厳しいし、アイツらにも今までつるんできた恩義がある。カットアウト、ましてや唐突なアカウント削除はできない。

 二つのアカウントを持って、欲張って二つの異なる人間関係を構築してしまった報い、か。

「せめて『COLD』だけは守りたい……!」

 もう【学生広場】で悪さをするのはやめる。今更遅いけど、また知り合いに文字の刃を投げつける可能性は潰したい。

 今日はもう【学生広場】にログインしないと決めて、乱暴にベッドにダイブしたのだった。


    ▲▲▲


 翌日の放課後。

 今日は職員会議で珍しく全部活動が休みなので、岳志と一緒に下校している。

「俊哉と帰るのは久しぶりだね」

「……そうだな」

 ただでさえ岳志は部活漬けな上に冬休みも挟んでいたのだ。タイミングが合うのは非情に珍しい。

「一年生もあっという間にあと三ヶ月を切ったね」

「……早いもんだよな」

 けどさ、今の状況で一緒に帰れることなくない!? タイミング最悪だわ。

 一緒に帰るのはやぶさかではないんだが、少々気まずい。

 岳志は気づいてないけど、俺は昨日岳志叩きに乗じた一人だ。

(昨夜あんなことしておいて、堂々と一緒に帰ってるってのもどうなんだ)

 図々しいのは百も承知だけど、さすがにバカ正直に真実は述べられない。俺の悪行もバレてしまうし、複アカを持ってることまで知られてしまう。

 SNS漬けから抜け出す必要があるのは分かってるが、それでも俺には【学生広場】が必要だ。まだまだ永久追放はされたくない。

「俊哉、どうしたの? どうにも歯切れが悪くない?」

「そ、そうか? 昨夜エロ本を読み過ぎてさぁ。疲れてるんだよ」

「それは欲に溺れすぎじゃない?」

「すまんすまん、ハハハ……」

 エロ本のくだりは完全に嘘だが、心労で寝つけなかったので疲れてるのは本当だ。

「陸上の方は最近どうなんだ?」

「順調だよ。百メートルのタイムが伸びたんだ」

「さすがだな」

 知人と部活の話をする際は常に俺から話題を振る。逆に誰かから俺に振られることはほぼない。

「これからも頑張らないと」

「その意気だ。応援してるぜ」

 二人で駄弁りながら歩いていると――――


「……ん?」

 前を歩いていた別の高校の制服を着た男子生徒が振り向いて俺に手を振ってきた。

「おぉ、金子じゃん」

「聞いたことある声だと思ったら、やっぱ寒川だったか。おーっす」

 男子生徒は金子かねこ芳樹よしきだった。

 コイツは【学生広場】の『ヨシ』だ。

 無造作の髪が地味な印象を与え、見た目では無害な印象だが、【学生広場】上では素行面に難があり、度々俺や『②』と一緒に掲示板を荒らすこともある。

 自ら率先して悪さをすることはなく、いつも主犯格の『②』から乗せられる形で加担して暴れ回っている。

「ここで会うとは奇遇だなぁ」

「今日は部活が休みでよ。こんな日くらい足を休ませないとな」

 金子は岳志と同じく陸上部だ。趣味とかも同じだし岳志を紹介したいのは山々だが、俺が【学生広場】で複アカを持ってるとバレかねない。

 岳志は『COLD』のフレンドだが、金子は『リバー』のフレンドだからだ。

 だからこの二人を交わらせちゃいけない。

 金子の興味が岳志に向かないよう警戒していると――


「それにしても昨夜は傑作だったな。俺たちが暴れた『宮下』叩きスレがわりかしすぐに落ちちゃったもんなー」


「…………えっ!?」

 金子の口から唐突の爆弾発言が飛び出し、それまで俺と金子の会話を静観していた岳志が目を見開いて俺の方を向いた。

 自重を知らない金子はガハハと大声で笑っているが、俺と岳志の顔からはみるみる血の気が引いてゆく。

「お、おい。その話は――」

「『②』の野郎も悪い奴だよなぁ。どこの誰かも知らない『宮下』とかいう奴を気に入らないからってだけの理由で叩きたいと言い出す始末」

「だから――!」

 俺は慌てて会話を停止させようと試みるも、金子のバカ野郎はべらべらと喋る口を閉じる様子は一切見せない。


「お前もいい仕事したよ、なぁ『リバー』?」


「――――――」

 金子から放たれた固有名詞を聞いた岳志は俺の顔を見つめたまま硬直した。その表情は、まさに無。

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