2nd ep.人生は因果応報なり ③

 困った展開になった。

 俺が、岳志を叩くのか?

 岳志は高校に入学してすぐにできた友達だ。その友達に対して攻撃するなんて――


 ――――待った。


「そ、そうだよ。今の俺は『リバー』で、岳志の友達の俊哉、もとい『COLD』じゃない」

 裏アカ『リバー』は普段の寒川俊哉でもなければ『COLD』でもない。だから『リバー』が『宮下』を攻撃しようが、俺とはなんら関係がない!

「そうだ、俺は悪くない……悪いのは全部『②』と『ヨシ』、そして『リバー』なんだからな……!」

 脳裏に浮かんだ別の俺が悪魔のささやきをしてきた。

 表アカも裏アカも俺であって俺ではない。つまり、これから岳志に粘着するのは俺とは無関係な別の誰かなんだよ。

 身勝手で支離滅裂な免罪符を作った気になった俺は心にまとった葛藤かっとうの鎧を引き剝がした。


②  :『【宮下って奴がうぜー】のスレッドを立てました!』


ヨシ :『仕事はえーな! んじゃまカキコしましょうかね』


②  :『モロ誹謗中傷目的のスレで早いうちに運営に削除されるだろうから、

    それまでやりたい放題書き連ねてくれよー』


リバー:『りょ』


ヨシ :『っしゃあ、腕が鳴るぜ!』


 二人は掲示板に次々と岳志への誹謗中傷を書き連ねてゆく。

 あることないこと――「実は腹黒い」とか、「良い子ぶってるけど本性はどうせ悪い奴だろ」とか、お構いなしに書き込んでいく。

 俺も気が進まないながら先ほどの自己暗示を繰り返しながら書き込みを続けるうちに、心の奥底にしまい込んで二度と取り出すつもりのなかった岳志への嫉妬心がよみがえってきた。

 なぜあいつは俺と違って部活に勉強に充実した高校生活を送れる優等生なのか。俺なんか高校に通ってる意義すらない有り様だってのによ。

 俺だって最初はこんなんじゃなかった。だがそれは俺が完全に悪いってのか!?

 周りの大人だって誰も! まともに助けてはくれなかった! 俺の苦悩を理解してくれようともしなかった! それどころか、俺が悪いかのようなまなざしを浴びせてきた!

 だから【学生広場】で鬱憤うっぷんを晴らして何が悪い? ストレスは発散しないと潰れてしまうんだよ。目を背けていた現実をつい思い出しちまうんだよ。

「【学生広場】が俺の厭世えんせいしんを抑える役割を担ってくれてるんだよ……!」

 怨嗟えんさの闇が広がっていくうちに、ふと感じたことがある。

 本当に岳志はこんな俺を友達だと思ってるのか?

 あいつにとって、俺とつるむメリットってなんだ? そんなものあるのか?

 もし、ただの同情心でつるんでるだけなんだとしたら……。

 ――友達じゃなけりゃ……叩いたって構わないよなぁ?

 いや。それ以前に『リバー』は『宮下』と友達じゃない。赤の他人だ。

 俺の同士がいけ好かないと言ってる知らねー野郎なんだ。

 タガが外れた俺は他の二人と結託してレスを積み重ねる。本人が気づく前にスレが運営の手によって削除されるように願いつつも、タイピングする指の動きは止まらない。

(岳志――いや、『宮下』よ、許せ。こうするしかないんだ)

 心の中で謝罪すると多少熱が下がってきたので、「もういいだろ? 書き込み疲れたんで先に落ちるわ」と二人に伝えてログアウトした。

 頭に上った血が元に戻った俺は気まずさを抱きながらも『COLD』としてログインしなおす。


COLD:『ノシ』


宮下  :『あぁ、COLD』


タク  :『丁度いいところに来たな』


COLD:『というと?』


宮下  :『僕を誹謗中傷するスレが立ってて、数人が僕のあることないこと

     書き込んでるんだ』


タク  :『一人は書き込みをやめたけど、他の二人は絶賛レス中だ』


COLD:『それは……酷い連中だ』


 おおう。思いの外早くご本人にバレてしまっていた。

 どんな気持ちで会話を続ければいいんだろう。


タク  :『宮下に暴言を吐いた人物は三人。恐らくはスレ主の②が主犯だな。

     あとはヨシとリバーだ』


COLD:『酷い連中だな。そんなことして何になるってんだ』


宮下  :『僕になんの恨みがあるのか知らないけど、さすがに傷つくよ』


タク  :『本当にな。外道な連中だ』


宮下  :『知らない奴らでまだよかったよ。リアル知り合い、特に友達だったら

     立ち直れなかったかも』


COLD:『そうだよな』


 …………悪い。三人のうち一人はお前のリアル友達なんだよ。

 ま、まぁ、『リバー』の正体が俺だとバレさえしなきゃこれ以上岳志が傷つくことはないよな!


タク  :『書き込みの内容でリバーの正体は特定できた。お前らも知ってる

     人物だよ』


 ――――え?

『タク』の書き込みを見てギクッとした。

 まさかこいつ、俺が『リバー』だと気づいたとでもいうのか……!?


宮下  :『誰なんですか?』


タク  :『その前にそいつに直接問い詰める。確定してから報告するよ』


COLD:『調査が進んだらまた教えてくれ』


タク  :『あぁ。任せろ』


タク  :『リバーも含めたあの連中には制裁を与えないとな』


宮下  :『制裁?』


タク  :『悪いことをしたら相応の報いを受けてもらわないと。被害者だけが

     一方的に苦しむのがまかり通るのはおかしい。アイツらにもそれ相応の

     痛手を味わわせたい』


COLD:『確かに』


タク  :『じゃあ今日は解散にしよう。宮下、気を落とすんじゃないぞ』


宮下  :『うん、ありがとう』


COLD:『そうだよ。やられたらやり返すの精神で行こう! それじゃあな』


『タク』が動くようで、この場は解散となった。

 二人と会話を合わせつつも、心臓はバクついていた。

『タク』の奴、意味深な書き込みを残していったな。

(制裁か……)

 もちろん俺が岳志を誹謗中傷したのがバレるのは嫌だし、制裁を受けるのも嫌だ。

 何よりも、俺が『リバー』だと『タク』にバレたら――その先は考えたくもない。

 俺が全て悪いのは承知だが、それだけは神に祈ってでも回避したい。

 結局『②』が立てた例の掲示板は規約違反で運営から削除され、『リバー』を含めた三名は運営から厳重注意を受けたのだった。

 その後は適当にネットサーフィンをして時間を潰していたのだが――

【学生広場】からDM通知が届いたので『リバー』でログインする。


タク  :『やぁ。はじめまして……かな?』


 タ、『タク』が『リバー』宛てにDMを送ってきた!?

 動揺を悟られないように、努めて冷静な文面で返信する。


リバー :『どなたですか?』


 こういう状況の時に文字だけのやりとりは便利だ。顔を合わせたやりとりだったら狼狽ろうばいを隠せなかっただろう。


タク  :『おいおい、同じ高校の生徒同士なのに酷い言い草だな』


リバー :『同じ高校?』


タク  :『関東中央高校に通う者同士、仲良くしようぜ』


タク  :『いや。既に仲はいいよな』


タク  :『なぁ、COLD、、、、


(――――!)

 やっぱり!

 コイツは俺の裏アカに気づいていた。更に同じ高校ってところまで嗅ぎつけていた。


リバー :『COLD?? 俺はリバーだけど』


タク  :『とぼけてもダメダメ。全てお見通しだよ』


リバー :『アンタが何を知ってるっていうんだ? 変な言いがかりをつけるなら、

     こっちも出るとこ出るぜ?』


タク  :『ふーん。じゃ、出るとことやらに出てもらおうか』


タク  :『ね、寒川俊哉、、、、くん』


「………………っ!?」

 おいおいおいおい!

 俺のリアルまで特定してるのかよ――!

 ど、どう誤魔化すか……。


リバー :『誰ですかそれは? 知りませんね』


タク  :『ハハッ、嘘をくならもう少しマシなのにしてくれよ』


タク  :『寒川俊哉 = COLD = リバー = 関東中央高校の一年生』


タク  :『違うか?』


 タクはそこまで辿り着いてしまったのか……。

 もう言い逃れはできない……。

 もう、観念して認めざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る