第39話 セイコさん家のお宅訪問。

 只今夏休み。


 少し日が傾いて、気温が下がり始める午後3時過ぎ。

 あまりの暑さで何もしてないにもかかわらず喉がカラッカラだ。


 麦茶でも飲むか。


 冷蔵庫に向かうことにした。


 マグカップを引っぱり出し、麦茶を注いでいると、


 ガチャ!


 勝手口のドアが開き、


「あ~痒い痒い!蚊取り線香ぶら下げちょったんに、でったん蚊に食われまくったき。」


 ブツブツ独り言をいいながら母親が入ってきた。

 両手で抱えたカゴには野菜が満載である。

 それを一旦台所に置くと、かゆみ止めを塗りに行く。

 戻ってくると台所に立って何やらゴソゴソやっている。

 おそらく収穫してきた野菜を洗っているのだろう。←バリバリ農薬を使うからよ~く洗っておかないと体に悪い。


 気にもせず麦茶を飲んでいると、


「タカ~?あんた、セイコちゃん家に野菜持っていってきてよ。」


 超絶魅力的な案件の発注、上がってキター!


 ここであからさまに喜んでしまうと一気に恥ずかしい空気に変わるのは目に見えている。

 なのでここは、


「え~、なんで?オレ、木藤さんの家やら知らんばい。」


 ウソをつく。

 そして、あえてイヤそうな雰囲気を醸し出す。

 が、しかし。


「はいはい。しょーもねーウソばっかコキなんなっちゃ。あんたちょっと前、雨降った時、相・合・傘して家まで送っちゃったろーもん?」

 訳:しょうもないウソばっかり言わないの。送ってあげたでしょ。


 何故か全てバレていて相手にもされなかった。

 それだけならまだしも、「相合傘」という言葉がとっても強調されていた。

 ウソをついたことがかなり恥ずかしくなってくる。

 とりあえず、


「は?」


 まだ認めない。

 もしかしたら母親の勘違いか、或いは鎌掛けかもしれないのだから。

 もう少し分からないフリして粘ってみる手段に出る。


 果たしてどう出るか?


「もういいちゃ、そげなクソしょーもねぇ芝居やらせんだっちゃ。だいたい分からんとでも思っちょーん?セイコちゃんのお母さんにぜ~んぶ見られちょーのに。」

 訳:もういいから、そんなクソしょうもない芝居なんかしなくても。分かんないとでも思ってんの?全部見られてんのに。


 なるほど!そういうことか。


 納得である。

 お遣いの話が出た時点で既に誤魔化しても無駄だったということだ。

 ウソで引き伸ばしたためいよいよ恥ずかしい展開になってしまう。


 木藤さんのお母さん、幼馴染っち言いよったもんな。電話とかLINEとかで知ったっちゃろーな。


 どうやらセイコに関するネタはかなり筒抜けのようなので、コレ系の駆け引きは今後一切止めようと誓ったところで、


「お母さん今から用事あるんよ。セイコちゃんのお母さんの実家にこれ持ってったあと、ルミエール行って晩飯の買い物してこないかんき。」


 改めて指令。


 ここで一つ。

 実はこの親たち、自分の子供同士結婚させようと企んでいる。よって、この先こういったカタチでちょいちょいおつかいを頼まれることになる。畑の野菜はある意味お宅訪問の口実を作るため、といっても過言ではない。

 これはセイコの家も同じで。

 といったことを頭の片隅にでも起きつつ、続きをどーぞ。



 それにしても。


 多少…いや、完全に意識しマクっている女の子のお宅訪問である。

 再び食い気味に反応しそうになるものの、そこは思春期真っ只中の中学生ということで、どうしても恥ずかしさが先に立つ。

 よって、


「え~…。」


 ついつい渋い返事をしてしまうのだ。

 しかし、セイコのことを意識しているのは分かりすぎるくらいに分かられてしまっているので、母親はそんなクソ芝居をすべて完全無視。

 とにかく強引に事を進めてくる。

 ブツをレジ袋に入れ終わると、そんな態度には目もくれず


「はい、これ。」


 持たされた。


「今から電話するき、チャリでツーッと持って行ってきちゃんない。」

 訳:自転車で持って行ってきて


 なんという一方的な!


 こちらの都合も聞かずにエプロンのポケットからスマホを取り出すと、即電話。

 すぐにつながって、


「おぅ!マリチン(麻利、という)!今、家、おるとな?」

 訳:今、家にいるの?


 楽しそうに話し始める。

 その間、夏野菜がパンパンに入ったレジ袋を持ったまま立ち尽くす。

 しばらく雑談した後、


「そーな。なら、ちょーどいいな。今からタカ行かすき。ははは、分かった。そげしちょき。ならね。」

 訳:そうしといて


 電話を切ると、


「今、家におるっちやき、サッと短パン穿いて(暑いので只今シャツ一パン一)行ってきて。」

 訳:家にいるそうだから


 あえて「誰が」とは言わないところがまたニクい演出だったりするのだが、アホな孝満はそんな言葉の裏に気付けるワケもなく。

 正式にお宅訪問が決定したのだった。



 自転車で川土手を走っている最中、ペダルを漕ぐたびに太腿の上下でタマ●ンがキョロンキョロン転げることに気付く。

 下腹部に起こる鈍い痛みを堪えつつ視線を下半身に移すと、


 げっ!オレ、なんちゅーカッコしちょーん?


 シマノの村田基氏もビックリするほどの、今にもヨコイナリしそうな(=△、ヨコイナリする=◯)パッツンパッツン具合の毛玉付きお子様半ズボン(ベースがベージュでケツポケットが少し濃い茶色)。

 上はなんかワケ分からんロゴの入ったヨレヨレボロボロ、複数の醤油の染み付きTシャツ。

 端から見ると「イケメンが小汚くてサイズの合ってないお子様服を着用しているの図」であり、とてもじゃないが激しい残念臭がする。


 シクったぁ。


 自分でも残念具合を理解してしまい、後悔したものの、道のりの半分以上来てしまっている。

 引き返して着替え、もう一度出直すといった選択肢はない。

 キツイのは勿論だけど、わざわざ帰って着替えでもしたら、それこそ両方の母親にオイシイネタを追加で提供してしまうコトになってしまう。


 洒落っ気を出して気になる女の子の家に向かう息子、とか…。

 しかも途中まで行っているのに気になったから着替えるために戻ってきた、とか…。


 どう考えてもあの親たちにとっちゃ、爆発的にご飯が進むシチュである。

 そんなことになったら純粋に恥ずかしいし、この残念なカッコは同級生の間じゃもう既にかなり浸透してしまっている。

 ならば、取り繕う必要は無い。

 自転車を漕ぎながら、


 過去のオレ、グッジョブだ!なんか情けないけどね。っちゆーか、木藤さんに会いに行くわけやないんやし。おばちゃんに野菜わたすだけやし。今の時間なら本人もどっか遊び行って家にはおらんやろ。


 誰に対してか分からない言い訳をする。

 しかし、親にしてみれば計画的犯行なわけだから、行けば必ず本人がいるのだけど。


 それから約10分。


 たしかこの辺…この家やったよね?


 無事到着。

 見覚えのある塀の切れ目を曲がった瞬間。


 …へ?


 ブスクレた顔をして庭木に水撒き中のセイコがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る