第34話 ムカデ:二カ所も噛まれた!

 二年生に進級した当初は特に何事もなく平和に過ぎた、が!

 梅雨時になってその悲惨な事件は起きた。


 地形が盆地ということもあって、ニュースが梅雨入り宣言した直後からモーレツな蒸し暑さが襲いかかってくる。


 学校が終わるといつものメンバーでいつもの如く駄弁りながら道草しながら帰る。

 嫌な汗をかき、やっとのことで家に辿り着く。

 特に何も考えることなく、いつもどおりスリッパに足を突っ込んだ瞬間、右足の親指に激痛が走り、


「ぁ痛ぁっ!」


 思わず声が出てしまった。

 スリッパの中にはモゾモゾと動く何かがいる。

 反射的に脱ぎ捨てると10cmオーバーの大きなトビズムカデがウネウネとうねりながら、ものすごい速さで這い出てきた。


「お、お母さん!む、む、ムカデ!ムカデ出た!はよ!はよ!」


 逃がすまいとスリッパでぶっ叩き、大声で母親を呼ぶ。←コレ系はそこまで苦手じゃない。


「マジで?もうそげな季節なんやね。ちょー待っちょきぃよ?」


 台所で何やらバタバタしている様子の母親。


「あ!ちょ!はよせな逃げよぉちゃ!」

 訳:早くしないと逃げちゃうよ


 スリッパで行く手を阻みながら応戦するものの、ヤツの逃げ足は思っていたよりも速く、とうとう逃げられてしまった。

 母親が武器(ハエタタキとフマキラー)を持って駆け付けたときには既にタンスと壁の隙間に入ってしまい、追跡は不可能。


「こ、ここの隙間に入っていったばい!」


「困ったな。ほったらかしちょったらまた出てくるかもしれんばい。」


 たしかに!


 あんなもんに再び遭遇とか、マジで洒落になってない。

 ビジュアルだけでもとんでもなく恐ろしいのに、


 寝ているときに出て来たら?


 とか、最悪な事態を考えてしまう。


 効くかどうかはまったくもって疑問だが、とりあえずスプレー式の殺虫剤を逃げた隙間にガッツリ噴霧した。


 母親は少し心配そうに、


「セイコ、あんたさっき痛いっち言いよったばってんが、どこ噛まれたんね?」


 聞くと、


「ここ。」


 右足の親指を指さす。

 よく見ると噛まれた痕。

 腫れてはいないが、ドクンドクンと脈打っている。


「イチオー病院行っとこうかね。」


 クルマの準備をすると病院へ。



 処置が終わった頃にはある程度痛みはおさまっていた。

 帰ってきて、玄関に並べられたスリッパを見る。


 また入っちょったりして。


 かなりのトラウマになっていた。

 恐る恐る片方ずつ掴み、踵側を下にしてトントン。

 中を覗き込んで、いないのを確認したところで履いた。


 逃走したムカデがどうなったのか、気になってしょうがない。

 警戒心がMAXになっていて、ついつい部屋全体を見回してしまう。




 夕飯の準備をしている間に父親が帰ってきて、


「おとーさん、あんたセイコがムカデに食いつかれてからくさ。さっき病院から帰ってきたところなんちゃ。」

 訳:ムカデに噛まれてね


 報告する母親。


「ちゃんと殺したか?」


「いや、タンスの裏さい入ってどこ行ったか分からんごとなった。殺虫剤はしたけど、多分効いてなかろうね。」

 訳:裏に


「そっか。セイコ、大丈夫か?」


 心配する父親。


「うん。もうそげん痛くないばい。」


「ならよかった。また出て来るかもやき、いっとき気を付けちょかなぞ?出たら呼べよ?」


「分かった。」


 元気なセイコを見て安心すると、父親は風呂に。

 そこで、


 お風呂…入っちょー時に出たら、どげんしよ?ウチ、メガネ外したら何も見えんき食いつかれたか放題やないん?


 大変なことに気付いてしまう。

 一度考えだすともうダメだ。


「もぉ~…何なんよ。」


 完全にビビり上がってしまっていた。

 精神的に非常によろしくない。

 風呂待ちの間、テレビを見ている時ですら探してしまう。


 コエ~。


 とか考えていたら、


「セイコ?お風呂入ってきなさい。」


 ついに順番が回ってきてしまった。

 いつもなら大好きなユッタリマッタリリラックスタイムなのだが、今日ばかりは安心して入浴できる気がしない。


 着替えを用意し、メガネ装着で入ることにした。

 風呂場に入った瞬間、曇って何も見えなくなる。


 あ~ん、もぉ…何も見えんやんか。


 お湯にメガネを浸けて温め対策する。

 警戒しながら髪を洗ったり体を洗ったり。


 なんかもう!


 全然落ち着かない。

 しかもメガネをしているから洗いにくいことこの上ない。


 結局リラックスできないまま風呂から上がることに。




 夕食も終わり、しばらく居間でテレビを見たりしてくつろいでいたが、宿題が出ているため渋々部屋に戻る。


 戻ってすぐは警戒心MAXだったけど、しばらく経つとそれも徐々に薄れてくる。

 宿題を半分ほど終わらせた頃にはすっかり頭の中から消し飛んでいた。


 このコトが致命傷となる。


 無事宿題も終わり、新しく買った漫画をボーっと読んでいると睡魔が襲ってくる。

 時計を見ると11時過ぎ。


 寝よっかね。


 マンガを机の上に置くと、ベッドへin。

 電気を消すとすぐ深い眠りに落ちていった。


 そして家族全員が寝静まった頃。


 寝返りを打ったセイコは右の乳首に突如有り得ないほどの激痛が走って目が覚めた。


「いって~…」


 この痛み、まさか!


 寝ぼけ眼で電気をつけるとベッドの上には大きなムカデ。


 やっぱし!


 流石にメガネ無しでもわかってしまう。


「ぅわっ!」


 普段なら有り得ないような速さで安全距離を取ると、沸々と怒りが込み上げてきた。

 大きさ的には恐らくさっき噛まれたヤツ。


 今度こそやっつけないと!


 部屋のドアを開け、


「おとーさん!ムカデ出た!」


 大声で父親を呼びつつメガネをかけて、スリッパで連打。

 しかし、弾力に富むゴムみたいな体はその程度の攻撃じゃダメージを受けにくく、致命傷を与えられない。

 ベッドから払い落とすとスリッパを履いてフローリングの上で踏みつぶす。

 が、まだまだ元気。

 逃げようとして体をくねらせている。

 汁は出ているものの、そんなに速さは変わっていない。

 逃走する気満々だ。

 一人、戦っているところにやっとのことで父親参上。

 手には熱湯の入ったコップを持っていた。


「セイコ、お湯撒くけどいいやろ?」


「うん、いいよ!」


 バシャ!


 床の上で少し弱っていたムカデに一気にぶっかけると、一瞬で動かなくなる。

 いらない紙ですくい取り、燃えるゴミの袋に入れた。


 やっとのことでムカデ騒動終息。


 でもここで。


 ムカデっち、ツガイでおるんやないと?もしそれが本当ならコイツの相方も出てくるっちゃないと?


 またもやセイコはいらんことを思い出してしまい、


「おとーさん?ムカデっちツガイでおるっちゃないと?もう一匹出てくるんやないと?」


 心配そうに聞くけど、


「そげなんは言い伝えみたいなもんやき、あんま気にすんな。今までムカデ出たとき、たて続けに二回も出たこと、なかろーもん?」

 訳:出たことないだろ?


「…うん、ないけど。」


「そーやろ?出たときは叩き殺してやるき、もう寝れ。明日も学校やろ?」


「うん、わかった。」


 強く否定してくれたことで少し安心できた。

 それはいいとして。


「お前、さっき痛いっち言いよったけど、どこ噛まれたんか?」


 親としては気になるワケで。

 男親に言うには若干恥ずかしいトコロを噛まれているので、


「…えっと…」


 ちょっと躊躇った。

 その表情から全てを察した父親は、


「お母さんに言っちょけ。」


 とだけ言い残し、戻っていった。

 母親は、


「あんた、今度はどこ噛まれたんね?」


 優しく聞いてくる。


「ここ。」


 右の乳首を指さすと、


「なんね。あんた、タカくんに噛まれる前にムカデに噛ませたとね?」


 ニヤケだす。

 考えてみればその通りだ。

 望みもしないヤツに先を越されたことが無性に腹立たしい。


「うるさい!噛ませたんやない!噛まれたと!」


 悔しさのせいもあり、いつもよりムキになってしまう。



 一人になり、噛まれたところに目を移す。

 腫れてポチッとなってしまっている右の乳首。

 アタマを出しているのがTシャツ越しにも分かってしまう。←陥没乳頭なので普段は隠れている。寒かったり感じたりするとアタマを出す。

 全員部屋に戻っていったので、まくり上げて直に見てみると陥没じゃない乳首みたいになっていた。


「あ~んもぉ…最初に噛んでもらうの、タカくんが良かったな。」


 悔しくて思わず独り言。

 ともあれ人間じゃないからノーカン!ということにした。


 今度噛まれるときは絶対タカくんで。


 そう心に誓い、先ほど貰ってきた塗り薬を乳首にも塗った。

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