第31話 嫌われていても。
★朋美の場合。
あまりにもしつこいセクハラのおかげで南小女子全員から完全に嫌われてしまった孝満。
一学期が終わるころには、完全に無視されるようにまでなってしまっていた。
そんな中、事件は起こる。
クラスマッチの練習中、あまりにも運動神経が鈍いため、参加は危険だと判断された孝満は、メンバーから外され応援専門要員(←クラスで一人だけ。勿論特例)に成り下がっていた。
早い段階で敗退し出場種目が終わった治朗と二人、クラスの女子の応援に回る。
とはいっても真面目に応援なんかするはずもなく、ただ体育館の壁に寄りかかり、足を投げ出しダラケたカッコで競技の様子を眺めているだけ…のはずだったのだが。
試合中、目の前で朋美がなんちゃってヤンキー風味の調子こいた女(ガラの悪い地域に住んでいて、友達の知り合いのいとこにヤンキーがいる程度のことで粋がれる、お目出度い人間。北小出身者)から激しく吹っ飛ばされた。
うわっ!危なっ!
バランスを崩し、孝満の方へと倒れ込んでくる。
この勢いじゃケガしてしまうと判断した孝満は、緩衝材の役目をしてあげようと反射的に上半身を起こす。
ほぼ同時に、
「おぇ!」
膝がフルパワーで鳩尾に炸裂し、変な声が出た。
強烈な圧で吐きそうになる。
だが、それだけでは済まなかった。
胸を触らないようにするため(ちょっと前セイコに怒られたのが相当効いた)、腕を曲げずに支えようとしたのがあだとなり、ショックを吸収できず激しく押し倒され、
ゴッ!
鈍い音が響く。
体育館の壁で後頭部を嫌という程強打した。
「アダッ!」
目の前が真っ暗になり、星が飛ぶ。
隣では、
「二人とも大丈夫?」
治朗が心配している。
とりあえず、胸には指一本触ることはなかったため、
…よかった。
安心する孝満。
朋美はというと、今のプレーがあからさまな悪意に満ち溢れていたため、
「あっぶね~…あのクソバカ、むちゃくちゃしやがる!」
ものすごく怒っている。
ぶち殺しちゃー!
目には強い殺意が宿っていた。
と、その前に。孝満を酷い目に遭わせてしまったから、とりあえず謝っとかなくては。
嫌いな人間ではあるがセイコの想い人なので謝ろうとすると、
「ごめん、鈴木さん。大丈夫?」
逆に謝られてしまう。
へ?なんで??痛かったの、こーまんやろーもん。
わざとではなかったのだけど、流石に申し訳なさがハンパなくなってきたため、
「悪い、こーまん!ケガせんやった?」
すぐに謝った。
なのに、
「ううん、オレは大丈夫ばい。どげんもないよ。」
意地でも優しい口調を貫き通す。
心配させないよう振る舞っているのだ。
それが手に取るように伝わってくる。
コイツ、根は優しいんかの?
訳:優しいのかな?
あえて見ないようにしていた嫌いな人間の本当の姿。
すぐに気が付き、心が痛んだ。
胸には触れないよう、細心の注意を払いながら優しく起こしてあげ、コートに復帰させようとしたその時、
ん?
掌がヌルッとした。
見てみるとおびただしい量の血。
今のでオレ、どっかケガした?
立ち上がって全身を見ていると、
「タカちゃん、どげんしたん?」
治朗が聞いてくる。
確認できる範囲に出血するようなケガはない。それらしき痛みもない。
んじゃ、見えんとこ?
そうなってくると、自分では確認するのは不可能だ。
「いや、血がね。オレ、どっかケガしちょらん?」
治朗に頼んで確認してもらうことに。
偶然、掌が目に入った治朗は、
「うわっ、何その血!見ちゃーき、グル~ッと回ってみてん?」
心配しながら見てあげる。
言われたとおりに回って見せるのだが…、
「え~っと…どっこもケガやらしちょらんごたーばい?」
訳:どこもケガなんかしてないみたいだよ
どうやら違ったようだ。
とゆーことは、鈴木さんがケガしちょーはず。
目で追うと、点々と血痕が。
やっぱし!
戻っていく朋美に、
「鈴木さん!ちょ、待った!」
声をかける。
ただ事ではない雰囲気の声に、
「な~ん?」
振り向く朋美。
「どっかケガしちょらん?血ぃ、スゴイことになっちょーよ?こぉ!」
掌を見せて知らせると、
「うわ!何それ?どこ?どこが切れちょー?」
焦りだし、体をよじったりしながらケガした箇所の特定を始める。
そして、すぐにわかる。
肘から二の腕にかけてザックリ切れていた。
ネイルで切ったのだ。
「ここやん!でったん切れちょーし。痺れてわからんやったや~。あのバカ、ゼッテー許さん!今すぐ半殺しにしちゃー!おいこら、きさん!ちょーこっち来い!」
訳:ちょっとこっち来い
怒りが爆発して声を荒げ、掴みかかろうとするが、かなりの出血である。
孝満は、
「打ちくらすとは後でいーき、先に保健室いこ!」
訳:ぶちのめすのは後でいいから
強引に制止する。
そしてケガしてない方の腕を掴み、走りだした。
「ちょ、こーまん?」
思ってもみなかった行動に驚くけど、孝満はそんなことお構いなしに保健室に向かって駆けていく。
コンコン。
ノックすると、
「どーぞ。」
保健の先生の声。
中に入ると、
「スンマセン。試合中、ケガしました!」
とだけ伝えた。
もうこれで安心。
朋美はその時の状況を先生に説明している。
嫌われていることは痛いほど分かっているからこのまま付き添うのは気まずいし、朋美も嫌なはず。
オレの役目はここまで。
そのまま保健室を後にした。
消毒されながら、
あのバカ…ホントはいーヤツなんやんか。それができるんならセクハラやらすんなよ。最初っからちゃんとせぇよ。なら、あげん嫌われんで済んだのに。
訳:いいヤツじゃないか。最初からちゃんとしろよ。そしたらあんなに嫌われなくて済んだのに。
しみじみ勿体無いと思う朋美だった。
この事件を機に、孝満への態度は軟化した。
朋美のケガは保健室で手に負えるような状態ではなかったため、そのまま病院へ。
10針も縫う大ケガだった。
後日、朋美はどうにもケガさせた人間が気に食わなくて、半殺しすることに決めた。
いつものメンバーで喋っていると、エキサイトしてくる。
「あ~!考えただけでもムカついてくる!ブチくらさな気が済まん。今からちょっと行ってくるき!」
訳:ぶちのめさないと
といい残し、ヤツのクラスへ。
他の四人も、
「頑張れよ!」
「ご武運を。」
「ほ、ホントに殺さんとよ?」
「やっしまえ!」
止めるどころかあおり散らかす。
教室は隣。すぐに、
「おい、きさん!ちょー来い!」
呼び出す声が聞こえてきた。
手招きして呼びだすと、
「は~?なんか?」
いかにもバカにした声と表情で近付いてくる。
相手はこの展開を予想していたようで、既に臨戦態勢だった。
よし、殺そう。
すぐさまスイッチが入る。
射程距離に入ると案の定殴りかかってきた。
すぐにケンカだと分かり、周囲が盛り上がりだす。
朋美は体力もあって運動神経がかなり発達している。そしてものすごくケンカ慣れしている。というのもかなり可愛くてモテるから、くだらない嫉妬で嫌な目に遭わされてきたのだ。その度に腕力にモノをいわせ、ねじ伏せてきた。
相手は北小出身者なので朋美の力量は知らない。そのため、グーパンを払い除けられると、途端によろけ、バランスを崩した。その瞬間、足を払って転倒させ、流れるように側頭部にフルパワーで踵を入れた。
まともに食らってうずくまる。
これではまだ弱いと判断した朋美は間髪入れず後頭部を蹴って動きを鈍らせ、腹に蹴りを入れて仰向けにすると馬乗りになる。
顔面のみを滅多打ちにした。
何発目かのグーに、歯が折れた感触が伝わってきた。
おっしゃ!折れたやろ!これでだいぶんやる気削げたの。
顔を庇い、丸まったところで立ち上がると、顔面に蹴り。
重い衝撃が何度も頭部を襲う。
10発ほどキレイに入ったところで完全に意識がなくなった。
コイツの友達は、朋美があまりにも強かったためビビり上がってしまい、手を貸すことすらできなかった。
グッタリしている相手に尚も蹴りを入れていたところで先生に見つかって羽交い絞め。引き剥がされて強制終了となった。その後、相談室に呼ばれて大説教を食らったが、ちゃんと聞くはずもない。そんなことよりも、やり返すことができたので気分は爽快だ。
教室に戻ると他の四人と大爆笑した。
後日、そいつらの集団から報復を受けたが、ヤツラのやりそうなことだったので警戒はしていた。その場で遥花たちと返り討ちにしてやったら二度と関わらなくなった。
この件は無事終息した。
★遥花の場合。
釣り場にて。
「ヤベ…腹がイテー…。」
遥花がお腹を押さえて苦しみだした。
「は、遥花、またぁ~?一気に飲んだらお腹痛くなるっち分かっちょーやん?なんでするんよ。」
「またか?ゆっくり飲めちゃ。」
いつもの如く、朋美とセイコからツッコみを入れられる。
が、
「飲みたくなるんやき、しょーがないやんか。」
全く反省していない様子。
「もぉ~。ダメよ?」
「はよ便所行ってこな、またタレかぶるぞ?替えのパンツやら持ってきちょらんめぇが?」
訳:替えのパンツなんか持ってきてないでしょ?
最早お約束になってきた感のあるうんこイベントだから、誰も驚きはしないものの、緊急事態ではある。
ここ最近は、茂晴が専属うんこ係になっていたのだが、この日に限って用事でいない。
いるのは孝満と良助と鉄兵。
彼らとは仲良くしているものの、別のクラスだし茂晴ほど絡みがないので、ちょっとした壁がある。
女子チームは歩きなので、頼んでもしょうがない。
家の近所とはいえそれなりに距離がある。
公衆便所の方が近いけど、腹の痛くなり具合からして間に合いそうもない。
詰んだ!有吉、なんで今日に限っておらんとよ?
心の中で恨み言を吐いてみたものの、いないものはいないのだ。
そんなこと考えている間にもタイムリミットは刻々と近付いている。
誰に頼もう?
考えるけど、この3人の中じゃ、躊躇なく頼めるのは孝満しかいない。
仕方なく、
「おい、こーまん。腹がイテーきクソしに連れてけ。」
モーレツに上から目線でエラそうに命令してはみたものの、
セイコ横おるし、両片思いやし、断るかな?断らんでもヤな顔するかな?断られたら他の二人に頼むしかないな。二ケツすんの、ちょい気まずいな。
少しだけ心配になってくる。
なのに、
「マジで?いーばい!」
即答されてしまった。
それどころか、
「大丈夫?間に合う?」
ものすごく心配してくれている。
おっと、これは意外。
それはいいが、かなり険しい。
「ヤバい。タレかぶりそう。動けん。」
その場にうずくまってしまう。
「マジで?ちょっとだけ待っちょってね。チャリ乗ってくるき。」
そう言い残すと、自転車を置いてあるところまで女の子走り(←ウケ狙いとかじゃない。素の走り方で、かなり気色悪い)でダッシュし、急いで戻ってくる。
※「乗りぃ!」
※注意!二ケツはダメよ!ダメなのよ!!おまわりさんに怒られるよ!
荷台に座らせると、
「落ちんごと、どっか摑まり?」
訳:落ちないように
嫌われていることは痛いほどわかっているので、あえて体を掴まらせるようなことはしない。←茂晴には摑まることを知っている
「わかった。」
荷台の縁を掴む遥花。
「いい?掴んだ?」
掴んだのを確認すると、
「うん。」
「なら、飛ばすよ?落ちんでね!」
ぶっ飛ばし、なんとか間に合った。
遥花は、
こんだけちゃんとしきるんなら、最初っからちゃんとせぇよ。いらんごと調子乗らんやったら女子から嫌われんやったのに。勿体ねぇ。
朋美と似たようなことを考えていた。
かなりの巻き込まれ体質である孝満は、以上のような女子関係の事件(うんこは遥花だけ)がちょいちょい降りかかってくる。性格的に放置できないし、放置できない距離で起こってしまうため、強制的に関わる羽目になってしまうのだ。
孝満に助けてもらった南小女子達は、優しさに触れてしまい邪険にできなくなってしまっていた。
結果、態度を軟化せざるを得なくなるわけで。
これを機に、完全無視されることはなくなった。
セイコは友達のそんな場面をかなりの確率で目撃してしまう。
自分じゃない誰かのために好きな人が尽くしているのを目の当たりにするのは、ハッキリ言ってツラい。
好きにならんのきゃいーけど…。
訳:好きにならなければいいけど
心配事が劇的に増えるのであった。
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