第29話 ブリブリ伝説

 どうにか公衆便所に辿り着き、入口直前に自転車を止めると、


「はよ行ってこい!」


「うん。あ~…漏れる。」


 内股になりながら駆けこんでいく。

 ドアを閉める音よりも早く、


 ぷぴ~!


 大音量の湿り気を帯びた音。

 その瞬間、南国を感じた。

 まるで赤道直下にある名前も知らない小さな島国の、名前も知らない民族楽器を思わせるような音色だった。

 直後、


 ブリブリブリ!


 ガス混じりのスラリーが噴出する音。


 うっわ~…でったんギリギリやったんやな。っちゆーか、あのタイミングはゼッテー間に合ってないやろ。便器の外に溢したんやないか?


 青褪める茂晴。


 そのあと何度も、


 ぷっ!


 とか、


 ぷぴぃ~~~!


 とか、


 プスッ!プスプスプスッ!


 とか、バラエティーに富んだ音と、


 …あ~~…いって~…


 腹が痛くて悶える声と、


 …んっ…んっ…はぁ~。


 気張っている吐息が聞こえてくる。

 流石にこれを聞きっぱなしはよろしくない。

 本人に申し訳ないと思い、少し離れたところでベンチに座って待つことにした。


 20分ほど経った頃、


 ガチャ。


 ドアが開く音とともにスッキリとした顔をして現れる。

 そして、その一言目が、


「水みたいなクソが出た時っち、肛門拭く時でったんジカジカせん?あれっちゼッテー肛門捲れあがって中から内臓的ななんかが出てきちょーよね?紙が触れただけででったん痛ぇもん、っち、そーでもない?」


 これである。

 男同士でするような生々しいネタをふられ、同意を求められた茂晴は、


「するけど。っち、そげなこと男に聞いてくんなよ!恥ずかしくねぇんか?」


 当然の如く返答に困る。

 なのに、


「別にぃ。有吉もクソタレるやろーもん?それよりも急発進するもんやき、やっぱ少し出ちょったぞ。パンツに付いちょったし。どげしてくれるんか?お気に入りのパンツやったんぞ。」

 訳:有吉もうんこするでしょ


 お構いなしにネタをふってくる。


 全く恥ずかしがる気配のない遥花に茂晴はある種の感動を覚えていた。

 のはいいとして。

 お気に入りのパンツにうんこが付いた、とか言われてしまうとその原因を作ってしまっただけに申し訳なさがハンパない。


「マジか!…それはゴメン。弁償する。っち、女もんのパンツっち高いんよね?小遣い足るやか…。」


 謝ると、


「ウソウソ。ゆってみただけ。本気にすんなっちゃ!弁償やらせんでいいくさ。家帰って洗えばキレーになるし。彼氏でもない人間にパンツ買ってもらうのはさすがに申し訳ないし。それにウチ、すぐ腹壊すきちょいちょい付くし。ウチも急に険しなって、ゴメン。いや~、今日のはかなりヤバかったぞ。あと、片付けよったき時間かかったのもゴメン。」


「はぁ?やっぱ溢したんか?」


「おー!聞いちゃってんっちゃ!久々公共の施設で盛大にやらかしたきね。それにしても参ったぞ。しゃがみよる途中で爆ぜたし。真後ろにぷぴ~!げな。半分以上外したっちゃ。水みたいやったき、こっさい流れてきたっちゃが。おかげで足元大参事。靴にもだいぶん付いたもんね。だき、時間かかったんちゃ。でも、よかったぁ、和式で。洋式やったらケツまでうんこまみれになるとこやったぞ。」

 訳:聞いてよ!こっちの方に流れてきたんだよ。


 衝撃的事実を面白おかしく報告する。


「も~、お前、マジで何しよん?」


「いーやんか。ちゃんと掃除もしてきたんぞ?ウチ、放置するげな非常識な人間じゃないき。溢したら片付ける!これ、常識。それよりも!ウチの屁の音、スゲかったやろ?」


 ニヤケながら感想を聞いてきた。


 コイツ!


 わざと聞こえるように音を出していたのだ。


「は?お前、あれ、わざっとやったん?」


「当たり前くさ。連れてってくれたお礼に聞かせてやったんぞ?ウチの生身のサウンドを!JCの屁の音聞けて嬉しかったやろーもん?」


 平然と答えやがる。

 できるだけ聞かないよう気を使ってやったのがバカみたいだ。

 それにしても、可愛い顔をしているだけにギャップがスゴイ。

 アホキャラだと確信した茂晴は、


「お前ねぇ…少しは恥ずかしがれっちゃ。」


「恥ずかしいき、言うの遅れたんやんか。」


 全然恥ずかしそうではない遥花の態度に心の底から呆れ果てる。

 これを機に、遥花に対しての一切の気遣いがなくなった。




 釣り場に戻ると、


「おかえり。またうんこか?」


 朋美から聞かれ、


「おぅ。今回のは久々にでったんヤバかったぞ。痛くなり出してからが早い早い!一気に来たきの。便所入るなり弾け飛んだちゃ。おかげで床に半分以上溢したき。」


「またか?お前ねぇ…ちゃんと片付けたんか?」


「当たり前て。デッキブラシあったし。こう見えてウチ、マナー良いんぞ?」


「たしかに良いけど…そげギリギリになるまで堪えんなよ。」


「ウチだって女ん子ぞ。男に『クソがしたい』とか恥ずかしいき言いだしにくいやんか。」


「ウソ言え!お前、平気で誰にでも言うやんか!」


「たしかに。有吉?急がせてごめんね?」


「おぅ。っちゆーか、わざっと音出して屁やらすんなちゃ。」


「お前!男の前で一体何しよん?」


「もぉ~、有吉、朋の前でゆーたらいかんっちゃ。朋、怖いんぞ?あとで、怒られるんやきの?いや、ウケるかな~っち思って。」

 訳:朋の前で言っちゃダメでしょ


「そげなことでウケやら狙うなっちゃ!ホント、もー…。」


 女子だけで遊んでいるときのノリをまだ知り合ってから日が浅い男子に惜しげもなく披露していたことを知り、頭が痛くなってきた朋美だった。



 セイコも心配だったらしく、


「ぎゅ、牛乳は給食ん時みたいにゆっくり飲まんと。一気飲みしたらダメよ。」


 珍しくダメ出しをしていた。

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