第21話 初めての二人きり

 学校が色々本格的に動き出すと、プリントなどの配布が多くなってくる。


「はい、これ。後ろに回してくださいね。」


 今日も大量のプリントが。

 セイコはその度に、


「…はい。」


 できるだけ可愛く振り向いてわたす、といった努力を惜しまない。

 その効果は絶大で、バッチシ実を結んでいる。

 振り向くたびに、


 うっ…可愛い!


「カワイイ」を感知する部分に激しい爪痕を残すとともに、心拍数はブチ上がる。

 これはセイコも全く同じで。


 チョンチョン


 背中を突かれると、内心ものすんごくビクッとなりつつも平静を装って、


「…ん?」


 可愛らしく振り向き、


「はい。」


「ん。」


 受け取る。


 配布時も回収時も互いに毎回ドッキドキなのである。




 後日。

 孝満は提出したプリントに記入間違いがあり、放課後職員室に呼ばれていた。

 思っていたよりも説明に時間がかかったため、校舎内にはほとんど誰もいない。

 シンと静まり返った廊下を歩く。

 教室に着くと何も考えずに、


 ガラッ!


 ドアを開けた。

 すると、中には人が。

 ボーっとしていたのかドアが開く音に酷く驚き、端から見ていてもモロに分かるくらいにビクッとしてしまった金髪の女子。

 恐る恐る顔を上げる。

 そして目が合った。

 今の「ビクッ!」を見られたのが余程恥ずかしかったのだろう。再び目を逸らすと真っ赤になり俯いてしまう。

 その一部始終を見てしまった孝満は申し訳ない気持ちになって、


「あ…ビックリしたっちゃろ?ごめんね?」


 咄嗟に謝った。

 するとセイコはますます顔を赤くし、サイコーにテンパりながら、


「…う…ううん。だ、だだ、だいじょぶ。」


 フルフルと小さく首を振り、はにかんだ笑顔で答えてくれた。


 その仕草だけで、もう!

 蕩けて天に召されてしまいそうになった。


 何なん?でったん可愛いやんか!


 落ちてしまいそうになる。←実際はもう落ちている

 それと共に入学式の日に生まれた感情がまた少し育った。




 二人きりの教室。


 会話したい!でも、ネタが無い。でもでも、どうにかしてお近づきになりたい!


 常々、非常に強く思ってはいる。

 またとないであろう大チャンスが到来しているのも分かっている。

 なのに…お互いどうしようもなくヘタレ。


 チャンス到来あらわになった~背中にムーンライムンライムンライ、チャンス到来恥ずかしがったうなじにサンライ~by BARBEE BOYS「チャンス到来」より。


 と歌いたくなるぐらい、深刻な状況なのである。



 沈黙が痛い。

 この状況をどうにかして切り抜けたい孝満は、スンゴイ覚悟の末、思い切った行動に出るのだった。


「ひ、一人でこげな時間まで、どげんしたん?」

 訳:一人でこんな時間までどうしたの


 苦し紛れにひねり出した言葉。

 口に出した途端、


 わざとらしかったか?キモかったか?


 大きな後悔に襲われた。

 けどでも、特に問題はなかったようで。

 先ほどと同じくはにかんだ笑顔で、


「…あ、あ、あのね…えっと、ね?…あ、朝ね、雨降りよなかったきね、か、か、傘、持ってきてないっちゃんね。だ、だきね、さっきね、お、お母さんにね、電話してね、む、む、迎え頼んでね…で、待っちょーん。」

 訳:降ってなかったからね。傘持ってきてないんだよね。待ってんの。


 一生懸命答えてくれた。

 その様子から嫌悪感は無い…ように見える。


 ひとまず安心…したまではよかったが。


 詰まりマクってすぐには出てこない言葉。

 やたら「~ね」が入る喋り方。

 空気が漏れる舌足らずな発音。

 そして小さな声。


 必死さがモーレツに可愛らしく、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる、のは、置いといて。

 純粋にものすごく聞き取りにくい。それはもう、ほぼ何を言っているのか分からないくらいに。


 反射的に、


「は?何ち?」

 訳:何て?


 聞き直してしまい、


 しまった!オレ、感じ悪っ!ゼッテー気にしちょーよね?ゼッテーイラッときたよね?


 後悔。

 すぐに謝ろうとしたけど、それよりも先にセイコの方が「しまった!」の顔。

 そして、


「あ…ご、ゴメンね?き、きき、聞き取りにくかったよね?う、う、う、ウチね、よぉ言われるっちゃん。き、緊張したら、い、今みたいに、こ、言葉、すぐに出てこんしね。は、歯並びも悪いき空気漏れるんよね。わ、わ、分からんかったら、い、いっぱい聞き直してね?」

 訳:よく言われるんだよね


 謝られてしまう。

 そして今度は少し大きめの声で聞き取りにくい理由をゆっくりと説明してくれたのだ。

 顔の前で手を合わせ、申し訳なさそうな顔。

 予想外の展開に焦る。

 どうやらいつものことらしく、聞き返されることには慣れている模様。


「そぉなん?」


「うん。で、でね、でね。あ、ああ、あのね、あ、朝、雨、ふフ、降りよなかったやん?」


 改めて言い直してくれる。


「うん。」


「だ、だき、ね。か、か、傘、持ってきてないんよね。で、い、い、今、お母さんに、で、電話したとこなん。」


 グダグダになりつつも、一生懸命に伝えてくれたことがとてつもなく嬉しい。

 それにしても、ほんわかした雰囲気の穏やかな喋り方と、会話に伴ったゼスチャーだと思われる身振り手振りが可愛過ぎ!

 いちいち心の大切な部分にブッ刺さりまくる。


 いや、これ…ダメやろ。どげな男でも好きになるやろ。


 確信してしまうのは酷く容易だった。

 結果、落ち込む。

 とはいえ今は二人きり。

 このチャンスを逃したくはない。

 まだまだ話していたい!

 でも…


「そうやったんやね。」


「…う、うん。」


 女の子慣れしていない孝満は、無意識のうちに会話を打ち切る方向に持っていってしまう。

 完全に途切れてしまう会話。

 静寂に包まれた。


 気まずいな。これから会話を再開するにはどうしたらいい?


 考えるけど、そんな都合のいい言葉なんて見つかるはずもなく。


 終わった…もう話せる気がせん。これから先、話す機会やら無いやろうね。


 コミュ力の低さを痛感し、ガッカリした。



 それはセイコも同じで。


 草杉くん、せっかく話しかけてくれたのに…もっとお喋りしたいのにな。


 とか考えてはいるのだけど、恥ずかしさが先に立ち、やはり再開につなげるための言葉が見つからない。


 あ~ん、もう…ウチのバカ~。


 痛すぎる沈黙。

 もどかしさがピークに達しそうになったところで、


 …リーン!…リーン!


 着信音。

 黒電話の音だった。


 ん?オレ??


 ポケットに手を入れたものの、振動していない。


 違った。オレじゃなかった。


 とか思っていると、セイコがポケットから電話を取り出した。


 オレと同じ着信音…。


 しょうもない偶然の一致だったけど、それが妙に嬉しい。

 この反応に気付いたセイコは、


 あ…同じ音なんかな?


 予測。

 大正解である。



「もしもし?うん、分かった。教室おる。今から行く。」←相手が親だから詰まらない


 別に聞き耳を立てていたわけじゃないけど、会話の内容から親が到着したことが分かる。


 いよいよ終わった…もう、今後、話すことも無いっちゃろーね。


 哀しい気分になってしまう。

 電話を切ると立ち上がり、


「…お、お母さん着いたみたいやき…か、帰るね。」


 わざわざ断りを入れてくれた。

 そして去っていく。

 数歩歩いたところで名残惜しそうに振り向くと、少し首を傾け見つめてくる。


 仕草がいちいち可愛過ぎるぞ!何、それ?オレのこと好きなん?っちね。いかんいかん。勘違いするとこやった。


 実は大正解だし、真に受けないとダメな場面なのだけど、互いに恋愛に関する経験もないし、知る術なんか持つわけがないから気付けない。

 都合の良い妄想はそこで終わりにし、


「なら、オレも帰ろっかね。」


 少しでも二人きりの時間を引き伸ばすため、一緒に昇降口へと向かうことにする。

 歩き出してすぐ、


 また、オレ!わざとらし過ぎるやろ!キモいやろ!


 後悔。


 なんかもう…なんか…木藤さんと一緒におったら、一言口にする度、後悔しかしてない気がする。


 しかしセイコは、


 やった!下駄箱までは一緒!


 内心大喜びしているのだけど。


 二人、照れながら廊下を歩く。

 こんな時に限って過ぎゆく時間は短いもの。


 あ~ん、もう終わり…。


 時間、早っ!


 互いにガッカリの極みなのである。

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