第11話 名前の秘密

 始まって数日間は一年生だけ給食がない。

 よって午前中で終了だ。


 帰り道。


「アイツ…え~っと、コイツの後ろの席の茶髪で背の高い、アイドルげな感じの…そう!草杉!でったんカッコよくない?」


 気になっている(既に落ちているけど気付けてない)男子のネタになった。


 ウチの後ろっちゆったら、「タカくん」のことやん!

 訳:後ろっていったら


 すぐさま気付く。

 それにしても、この短期間にもかかわらず、友達の間で話題に上がるほどの有名人になっていたとは…。

 あり得過ぎる話ではあるのだけど、今はそのことが問題ではない。同じクラスの仲良し幼馴染である遥花が振ってきたというのが問題なのだ。というのもこの遥花、セイコ的にはトップレベルにカワイイ。

 そんな彼女が放った一言だったから、その衝撃というのはとてつもなく大きくて、


 え~…遥花、今まで男子のことやら話したことなかったや~ん。これっち、ゼッテー好きなんやん!こげなんゼッテー勝ち目無いし。


 みるみる下がっていくテンション。

 つるんでいるみんなも同じことを思っていたらしく、


「それそれ!ウチもそげ思った!」


「確かに!」


「俳優の…誰やったっけ?でったん似ちょーよね!」


 モーレツに盛り上がり始める。


 ほら~、やっぱし~…ぜってーこげなるっち思いよったちゃ。

 訳:こんなふうになるって思ってたよ


 絶望感がすごい。

 落ち込んで黙りこんでいると、遥花が、


「セーシは?草杉、どげん思った?お前、席、前やろーが。」


 直にフッてきた、のはいいとして。


 女の子なのにこのあだ名!



 どうしてこんなあだ名なのかというと。

「セイコ」を漢字で表すと、「セイ」は妖精の「精」で、「コ」は子供の「子」。

 説明だけ聞くと非常に可愛らしくて、本人にもピッタリな印象を受けるのだけれど、書き表すと「精子」。

 よって「セーシ」。

 これが、嫌がっていた「漢字の秘密」なのだ。


 性教育で知識を得て、小学校高学年になるとそういったことに興味を持ち始める。それと同時にこのあだ名で呼ばれ始めた。恥ずかしいので当初から必死に止めさせようとはしているのだが、その努力は今のところ盛大に空回っている。というのも呼ばれた時のリアクションが非常に可愛いのだ。顔を真っ赤にしながら舌足らずの甘い声でムキになるその様は、見ている方にとって覚せい剤並みに強い依存性がある。だから止めてもらえない。


 帰り道とはいえ、周りには北小出身者も多い。

 聞かれて定着でもしたら大変だから、呼ばれる度に厳重注意しとかなくちゃなのだ。



「い、いや、分からんけど。っちゆーか、またそのあだ名で呼ぶ!ほ、ホント、いー加減止めぇっち言いよろーが!」 ←周囲の友達には「ど」→「ろ」、「だ」→「ら」、「で」→「れ」に聞こえている。余談だが、セイコは相手が家族や仲のいい友達に限り、喋り方がほんの少しだけマシになる。とはいえ、スカスカ抜ける感じや舌足らずな喋り方は口の構造上の問題なので改善しないのだが。

 訳:いい加減止めてって言ってるでしょ


 注意された遥花はというと、


「はいはぁ~い。」


 なんとも軽く、いい加減な返事。

 この態度から絶対止めてくれないと確信してしまう。


 ムキになったのを確認すると、もう一人の同クラ仲良し幼馴染である朋美が、


「分からんっち…セーシの真後ろの席やんか。あんだけ背が高いで目立つオトコぞ?マジでお前気付かんやったん?」


 わざわざ「セーシ」呼びして絡んでくる。

 すると、


「あ!こら!朋もっ!またそのあだ名で呼ぶ!」


 さらにムキになる。


 でも、


「草杉タカくん」っちゆー名前なんやね。


 名前がある程度判明したのは大きな成果。あとは「タカ」の前か後ろに続く部分を知るだけ。これは追々わかるだろうから、とりあえず今はこれで満足することにした。←机に貼ってある名前を見ればすぐにわかることなのだけど、ちょっぴりおバカなセイコはそういったことに関しちゃ頭がものすごく回らない。結局その名前も気付く前に剥がされてしまったので、名札ができてきてから知ることになる。


 喜んだのも束の間。


「アレ、だいぶんカッキーもんね!」


 朋美までもがカッコイイとか言いだす始末。

 この朋美もセイコ的にはトップレベルにカワイイ。


 あ~ん、もぉ~。遥花だけやないで朋まで?こげなんゼッテー勝ち目無いやん。完全に無理ゲーやん。


 さらに落ち込んだ。

 そこにトドメを刺すかの如く、


「アレはゼッテーモテる顔しちょーよね!」


 とか、


「いつか告ろ。」


 とか、今ここにいるほとんどの友達が好意を示している。ならば、他の女の子たちにも同じことが言えるはず。しかも、この浸透力である。


 何なん?こげん競争率高かったらウチ、ゼッテー勝ち目無いやん。


 いよいよ絶望的な気分に陥り、心の中でぼやくのだった。



 只今絶賛落ち込み中のセイコではあるのだが、つるんでいる中でも、というか同学年でもブッチギリに可愛くて、最有力候補だったりする。それなのに、本人はいかにも外国人なルックスや胸、喋り方などが大きなコンプレックスになっていて、とにかく自己評価が低い。


 ついには、


 もぉ、見よくだけでいいや。勝手にオキニでおらせてもらっちょこ。

 訳:勝手にオキニでいさせてもらおう


 諦めてしまうのだった。

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