第6話 山手おくさま
「は~、気持ちいい」
休憩前のセキュリティーチェックに並んでいる時、隣の列から聞こえてきた艶声。青息吐息が飛び交う作業場では珍しいなと思い振り返ると、声の主は瞳瞬かせるおくさま。目が合う。
「おつかれさまです」と、声を掛けられてしまった。
「ふうう」と言って、おくさまはラコステのフェイスタオルで項を拭く。
「暑いですね」
「ええ、暑いです」
「ここは、体調不良で早退する人の数、ダントツで多いそうですよ」
「そうなんですか」
「こないだ、営業所の担当の方が見えられてそのように言っていました。扇風機はありますけれど、クーラーないですからね、ここ」
「でも、とっても気持ちいいです」
「いつも、ピック、されていますよね」
「はい」
「ピックって、けっこう、走らなければならないのですか?」
「そうなんです}
「時間迄に商材を、発送作業場へ送らなければならないって聞いています」
「そうなんです。ノルマはないですけど、急がなければならないのは確かです」
「やりがいがあって、羨ましいです。僕にはとても、出来ない」
「私だって、速くできないですよ。でも、良い運動になって」
「ここ、広いですからね。隅から隅まで走り回ると、ずいぶんな運動量になると思います」
汗だくになりながら、一日中走り回る事が可能なウェアハウス。躰を動かすにはまたとない最高の環境。「運動になって気持ちいい」と莞爾する表情。素晴らしい、アクティブ且つアカデミックな発想。
駅近のマンション街区居住者が集う『BB』を始めとした並みいる会員制ジムに通うと云う選択肢を持つ身分乍ら、熱中症訓練道場を喜びに満ちた表情でひねもすのたりと走り回る。
上流階級の腰の低さを此処に垣間見る。『BB』を退けるその意気込みに、思わず頭が下がる。お疲れ様です。また、お会いいたしましょう。
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