第3話 別棟

 ほぼ毎週土曜日に出掛けお邪魔している現場。朝、休憩室のテーブルで頭を揉んでいると、所属する派遣会社の責任者が声を掛けてきた。昨夜深更、九州で面舵を一杯に切った台風が急接近。屋外は無用外出禁止令発令中。

「申し訳ないのですが、今日は『別棟』の方へ行ってくれませんか?」

「『別棟』、ですか?」

 この現場にはここともう一つ作業場があるらしい。

「ええ」

「行った事、ないですが」

「急遽、人が足りなくなって」

「そうですか、大丈夫ですよ。私でもお役に立てるのでしたなら」

「お願いします」

 荷物を再びロッカーから取り出し玄関へ戻ると、既に二台のタクシーがドアを開けて待機している。


 初めてやって来た『別棟』の昼休憩。思わず、両眼を擦りそうになる。まるで大学の学食?IT企業の社食?のような休憩室。パステルカラーのソファーがあちらこちらに置かれている。絨毯敷のスペースに寝そべりヘッドフォンをかけて休憩中の女の子。啞然と立ち尽くすばかり。

…十年程前、ツクツクボウシがあちらこちらの高枝の上で喧しく幹を震わせる頃。ぼたぼたとオイル漏れが止まらない貰い物の自家用車で、小さな港近くの倉庫へ通った。

 二日に一度は配管が詰まるトイレ。最大四トン車限定対応の児童公園サイズのトラックバース。汗まみれの日雇い労働者達がお弁当を食べ小休止をとる『休憩室』には、大手町で不用品となり運ばれた不揃いの長テーブルに、近隣の事務所から搔き集められたパイプ椅子が無造作に並べられていた。…


 十年の間に長足の進化を遂げたともいえる、ウエアハウスの休憩室。


 朝礼が始まる。高い天井から下がるLED照明。ワーカー達の中には、滑らかな浅黒い肌の「異人」も多く混じっている。

 密林を切り拓く大規模プロジェクト現場で黙々と重量物を担ぎ運ぶ労働者達が醸し出す精力漲るアトモスフェア、肌の色の異なる男女達の皮膚から放たれる肉体臭が朝礼場所に満ち満ちている。都心を囲繞する地域に暮らし働く「異人」達は急激に数を増している。

 「彼女彼等」達にとっては、現場で得られる一日分の報酬は、祖国での一週間分。或いは、それ以上の給与に相当するのだろう。

 二千七百年近く続く由緒ある朝廷を戴く瑞穂の国。絶え間無く溢れ拡がる御業の恩恵は、近隣諸国を惹き付けて止まない。

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