第2話 今日の『おカズ』

 翌々週、また同じ現場へ出かけた。イエローの靴紐をジグザグに結んだ黒のスニーカーを見掛けた。滅多に見かけないスニーカーだから『あの娘』に間違いない。

『あの娘?』

 そう、『その娘』だった。こちらに気付いているのか知らぬふりをしているのか、忘れているのか判らない。黙々と手慣れた様子で作業をこなしている。

『先々週以降も、何回か来ているのかな』

 そう思いながらも、言葉を交わすこともなく黄昏が降り始める。 

 帰りのバスを待つ。梅雨らしい霧雨の夕刻。でも、陽は長く、まだまだ天蓋は仄明るい。『乗り切れないかな』と思いバスの前扉からステップを上がると彼女がいた。目が合う。でも、ただそれだけ。

 週末になると三車線をぎっしりと埋めつくすミニバン/SUV/スーパーハイト系軽自動車に行く手を阻まれながら、バスは駅を目指す。毎週末の家族総出でのお買い物を絶対的習慣としている人達が、だるそうに後席のモニターに映る動画を眺めている。

 iPhoneに見入り続ける彼女。激混みの車内。割込むSUV回避の度毎にバスは鋭くブレーキをかける。グラリと揺れる立ちんぼ同士。脚が彼女のスキニーに時折密着して擦れ合う。必死に接触しまいと堪える。右頬を時折撫でる彼女のショートヘア。

 視野に大きく入る彼女のiPhoneの画面はショッピングサイトのようだ。スカート、ポロシャツなどが画面を滑らせる彼女の細い指に従いするすると現れては消え、消えては現れる。

 終点から一つ手前の降車場で席が空いた。彼女は立ったまま。小振りな体型を黒のスキニーが際立たせている。


 終点で降り立つ。自然に彼女を追う形になる。同じ改札口へと向かう彼女。

『帰って、すぐにシャワータイム?それとも?』。スキニーに包まれた華奢な肢体に湧き起こされる妄想。

 『それとも?』、って?ごはんですよ。『今日のおカズは何かしら』と思っただけ。

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