ワンコールワーカー
みう
第1話 現場
「点呼取ります。前の方へ、もっと近くに集まってください」
ユニフォームを着た正社員が、両掌をメガホンにして叫ぶ。
「今日はずいぶん、集まりが多いな」
傍らの、ポロシャツの男が呟く。
派遣会社へ登録、日雇いワーカーとして泥海に突き出た倉庫へやってきた。梅雨に入ったものの、カラリと晴れ渡った六月の土曜日。
遣り繰りが悪いのだろう。生活費がいつも足りなかった。
『給料日前にピンチの方!審査なし/即日振込』
動画を何となく眺めている時に割り込んでくるバナー広告のほとんどがこの類。
『今なら金利一ヶ月間無料!』
毎朝ネトゲに没頭するモダン企業人で溢れる都心環状線車両。ドア上の最新型三連LED画面広告のこのような微笑みも、既に見飽きた。
借金。限度内であれば、自己責任の範囲内。問題無し。
でも、足りないのであれば『そうだ、稼ぎに行こう♪』。ごちゃごちゃ言わず、反吐吐くまで働く。これ、鉄則。そう思い辿り着いたのが『単発日雇い派遣』。登録したて、初体験。一抹の不安を覚えないわけではなかった。
でも若い頃、荷受けから開包・検品・棚入・梱包・発送という構内作業に従事したことがある。『何とかなるだろう』という思いで朝の指定集合場所へ到着した。
物流センター内の『軽作業』と聞いていた通り、仕事内容は至極単純。「新人」は、倉庫の端に集められ、作業内容の説明を受ける。
「お仕事は簡単なことの繰り返しですが、みなさんがやられた作業は、直ぐにショッピングサイト上に反映されます。サイトを開いてお買い物をされているお客様が、みなさんが手にしているハンディーターミナルの画面の向こう側にいらっしゃいます。そのことを考えて慎重に作業を行って下さい」
この日の指導役は、首にタオルを巻き付けた大柄な女性。黒く大きな瞳を鈍く光らせ、新人達に念を押す。
「まだ、ハンディーターミナルはいじらないで下さいね」
指導役の女性が言った途端、「ピッ」と横で音が鳴った。
「もう、やっちまいました?」
振り向いて訊く。
「入れちゃいました」
細身の女の子が苦笑いしている。二十代前半か、半ば位だろうか。黒のスキニーに、イエローの靴紐をジグザグに結んだ黒のスニーカー姿。構内作業には慣れている感じ。
「入れちゃいました」の一言は、妄想癖逞しい老体を優しく刺激する。
『この娘、もしかしたら、かなりお好き?』。刹那、思った。
でも、日雇い派遣とはいえお仕事はお仕事。両頬を軽く叩き邪念をガバリとかなぐり捨て、首に巻いたタオルで顔を拭う女性の説明に耳を傾ける。
驚く程に躰が敏捷自在に動き、気が付くと終業時間になっていた。
帰りの送迎バスの中、あの娘がいた。『おつかれさまです』くらいは声掛けしてもいいかなと思った。けれども、白のブラウスを羽織り黒のキャミソールが透け透けの友達と二人連れ。『友達と仲良くしている女の子に、ジジイの付け入る余地はないね』と諦める。
送迎バスが駅に到着。海岸線から少し内陸に位置する駅構内まで漂い込む潮風。汗に湿った肌がそよそよと洗われ心地良い。
電車を降り、人待ち顔で溢れかえる雑踏をくぐり抜け帰路に就く。交差点を渡り、全面ガラス張りのフィットネスジムの前を通り過ぎる。
土曜日。カラフルなトレーニングギア、ポニーテールが激しく絶え間なく上下左右に揺れている。
『ふんだんに持ちあわせてるのだろうな、この人達は。お金のみならず脂肪も贅肉も尿酸もコレステロールも』
最近急速増殖中の『筋トレ女子』『マッチョ自慢』もたくさん混じっているのかもしれない。ガラス張りのジムを見上げて小首を軽く振り、通り過ぎる。歩速を上げ、1一つ先の交差点を渡る。
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