つぎはぎの大道芸人

今日も一日ご安全に!

 ここは薬草プランテーション。

 街の外壁を囲うように広がる農業地帯、その大部分を占めている区画です。


 薬草はこの街の主要産業のひとつ。ここはその栽培をしているところで、今も数多くの冒険者が働いています。


 そう、僕も含めて。


 はい、Fランク冒険者こと事実上の日雇い労働者、11号です。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

 いえね、僕も薬草採取と聞いて、森に入って図鑑の内容を照らし合わせながら薬草探して駆けずり回る、そんなもイメージでした。


 しかし、実際任されたのはこれ。品種ごとに管理されたプランテーションで機械的に薬草を刈り取る作業です。

 効率を考えたらこちらの方が良いのは当たり前なのですが、ロマンがありませんよねロマンが。


 まぁ、そんな不満は置いておいて、この景色を見てください。

 視界のはるか先まで平行に並んだ薬草畑で埋め尽くされています。いやー圧巻。写真に撮ってSNSにでも上げれば結構な反応をもらえるでしょう。


 そして僕がここにいる理由。それはもちろん冒険者として依頼をこなすのためです。

 Fランク冒険者として今日も今日とて薬草採取に励んでおります。

 Fランクなので薬草採取とドブさらい以外できないとも言います。


 休憩がてらそんなことを考えつつ、ふと横を見やると、僕以外にもFランク冒険者が作業してるのが目に入ります。


 彼らの多くは、最近移り住んできた移民ですね。

 冒険者とは名ばかりに、低ランクの実態は日雇い労働者。この仕事は彼らや僕のような信用のない人間でも働けますが、報酬は少ないです。


 なんでも、市民生まれなら初めからDランクらしいですよ。おお、格差格差……。


 まぁ、そこを気にしていてもしょうがありません。今できる最高の労働に従事しましょう。

 こちとら生まれたときから労働者でぃ!(悲劇)


 それでは気を取り直しまして……。今日は皆さんに僕の秘奥、昨日寝る前に思いついた薬草採取の必殺技をお見せしましょう!


 僕ももう一週間この農園で薬草採取をやっていますからね。生後一週間とすこしなので、人生のほとんどをここで過ごしていると言っても過言ではありません。

 心の故郷です。


 でも、薬草採取ばかりでは稼ぎが頭打ち。

 いいかげん次のステップ進みたいと思っていたんですよね。

 そのために用意したのが必殺技。


 薬草採取は歩合制。2倍の成果を出せば2倍の報酬を得て、2倍の速度でランクアップできます。

 つまり、2倍効率的に体を動かし、2倍の速さで動いて採取すれば報酬は4倍になるわけですね?

 うーん、完璧な理論だぁ……。


 では、必殺技いきます!


 まずは左腕のトゲ鉄球。

 危険なのでいつもは包帯を巻いていますが、それを少しだけはだけてトゲ部分を露出させます。

 そのトゲを薬草の茎に上手く引っ掛けて腕を振り抜く……。すると、切り離された薬草の納品部が宙を舞いました。


 つぎは空中にある薬草に向けて高速で右足を突き出し、優しく掴んで背中の籠へ。

 そして、一連の動作をしながら左足でけんけん移動します。


 端から見れば僕は、「トゲ鉄球を左右にブンブン振り回し、足をジャブのように高速で突き出しながら、片足で移動している」変態に見えることでしょう。

 ですが、これで圧倒的爆速採取が可能なのです! これぞ我が必殺の薬草採取乱舞!


 その効率は初日の10倍以上!

 これならすぐにでもランクアップ間違いなし!

 ガハハ、見晒せ! 僕の異世界労働伝説は始まったばかりだ〜っ!


 と、意気揚々に採取乱舞する僕の視界に、なにか黒い影が掠めました。それと同時に左腕に衝撃が。


 ……ドカグシャッ


 ん? なんかぶつけた?



 クビになりました。


 はい、調子に乗って速度を上げて止まれなくなり、急に出てきた監督官を殴り飛ばした系ゴミクズの11号です……。


 腕を上げ、トゲ鉄球を見つめると、まだ人を殴り飛ばした感触が残っているような気がしました。 


 幸い、ぶつかったのは包帯を厚めに巻いていたところらしく、監督官の怪我は軽症で済んだそうです…。

 ですが、それは本当に運が良かっただけ。

 2m超の身長を持ち、腕に金属の塊を付けた怪人によるパンチです。包帯のクッションがあったとはいえ死んでも何ら不思議ではないですから。

 本当に、本当に死ななくて良かった……。


 今回のことは100%僕が悪いです。調子に乗って型から外れた採取方法をして、人を害するなんて……。


 むしろクビで済んで良かった……。

 もしも殺していたかと思うとゾッとします……。


 でも……。


「フランさんにどうやって説明しよう……」



「すみません、治療費として渡してきたので今日の稼ぎもありません……」

「ふむ、少し待っていたまえ」


 帰ってきて早々に土下座弁明する僕に対し、フランさんは作業の手を止めずに短く答えました。


 ここはつぎはぎ研究所の実験室。

 普段は料理に使われている解剖台ですが、今は正しい目的で使われています。


 正しい目的とはつまり解剖。

 今フランさんが解剖しているのは、人型の狼、でしょうか?

 細身で背の高い人間の全身に毛を生やし、頭を狼に交換、そして尻尾を取り付けたような見た目をしています。

 そんな化け物が、はらわたを晒して解剖台に固定されています。


 心臓がすこし動いている……。

 もしかして、まだ生きてるんですか?

 怖……。


 腹部を縦に割かれた検体は、内臓全体が晒されているにもかかわらず安らかな顔をしています。

 フランさんがその検体に何らかの処置をしていき、そしてしばらく後、こちらを振り返りました。


「とりあえず、その件は了解した」

「申し訳ありません……。その……その狼?は大丈夫なんですか」

「ん? 仮死状態にしたから数日は持つよ」


 そうらしいです。

 あの状態で数日持つんだ……すごいな。

 こうやって仕事しているところを見ると、フランさんがちゃんとした研究者だったことを改めて思い出します。


「さて、しかし少しマズいことになったな」

「はい……、明日はドブさらいの仕事を受けてきます。初めてなのでどれくらい稼いでこれるか分かりませんが……」


 掃除道具ぐらいなら足で操ることはわけないだろうが、慣れてきていた薬草採取よりも効率的には難しい。しばらくは試行錯誤しながらになるだろう。


「ああ、しかし君が思ってるより事態は深刻だ」

「そう……なんですか?」


 そう言うフランさんは真剣そのもの。

 いつになく緊張感のあるフランさんの声を聞き、僕も身をすくめます。


「実はこのワーウルフなんだが、生きている状態はなかなか貴重な種でね。競売で見かけてうっかり熱が入ってきてしまったわけだ」

「はい」


 身構えた僕に、フランさんは素晴らしい商品を買ったかを説明しだしました。

 あの人型狼、ワーウルフだったんですね。

 でも、なぜその話を今?


「いや、本当に貴重でね、次にオークションに上がるのはいつになるか……。もしかしたらもう出ないかもしれない。だから、今でも買ったことは後悔していないよ。買うしかなかった。研究価値を考えるとむしろ安い買い物だったんじゃないかな」


 黙っている僕に対し、フランさんは続けます。

 なんだか今日のフランさんはいつもより饒舌ですね。まるで後ろ暗いことでもあるような……。


 まぁ、さすがの僕も察しました。

 フランさん。使い込んだんですね、お金。

 口ぶりが説明じゃなくて弁明ですからね。


「でも、最近は君の稼ぎも良くなってきた。ちょっと君に無理させれば大丈夫かなと思ったんだ」

「……そうなんですね」


 「ちょっと君に無理させればいい」の辺りで引っ掛かりを感じますが、僕も不注意で仕事を失ってきた身。反論するには苦しいです。


 それに、僕がちょっと頑張ればなんとかなるのであればそうしましょう。

 仕事をクビになってしまった汚名返上の機会と考えればちょうどいいです。


「それで、いつまでにいくら用意すればいいんでしょう?」

「……明後日までに3万G」


 ふーん、3万Gですか……。

 明後日までということはつまり1日につき1万5千G。

 僕が薬草採取で稼いでいた額が1日30G……。


 僕がメチャクチャ無理をしたとして、何とかなります……?

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