軌道に乗って
「まさか
「一応ユスポフ公爵家の血を引くというのに、地に落ちたものだな」
「実に卑しいですね」
「皇帝に怪我をさせただけでなく、ついに物乞いにまで成り下がりましたか」
アルセニーが貴族達の家にまだ使えるが捨てる予定の物品を貰いに頼み込んだら、そのような言葉が返って来た。
しかし、いちいち気にしていてはやっていられない。
アルセニーは毒気のない笑みで「確かにそうですね」と返すのみである。
アルセニーが頑張った甲斐あり、まだ使える不用品はそこそこ集まった。
そして次は売り先である。
アルセニーは帝都中心部に行った際に、売り先の候補を見つけていた。
商売などで成功して財を成した裕福な平民の中で、特に見栄っ張りな者達に手紙を出し連絡を取るアルセニー。
見事に彼らの見栄や欲望を刺激し、売り上げを得ることが出来た。
「アルセニー様、流石でございます」
「ありがとう、パーヴェル。でも、たまたま上手く行っただけかもしれない」
アルセニーは上手くいって嬉しい反面、この売り上げがこのままが続くかは不安だった。
しかし、この事業はそこそこ軌道に乗った。
そこでアルセニーはまだ使える中古品を売るユスポフ商会を立ち上げたのである。
その売り上げにより、アルセニー達の生活にはかなり余裕が出来た。
そしてアルセニーはある人物達に連絡を取るのである。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数日後の朝。
「おはよう、タチアナさん。君に会わせたい人が二人いるんだ」
「おはようございます、アルセニー様。
挨拶して早々、アルセニーからそう言われてきょとんとヘーゼルの目を丸くするタチアナ。
「そのうちの一人が今日の午後、この屋敷にやって来る」
アルセニーは意味ありげに微笑むのであった。
そして午後になった。
「タチアナお嬢様、お久し振りでございます」
「ラウラ……!」
タチアナはユスポフ子爵邸にやって来た人物を見て、驚きと嬉しさで涙を流す。
アルセニーがユスポフ子爵家邸に呼んだのは、かつてキセリョフ伯爵家でタチアナを彼女の叔父達から庇い解雇されてしまったラウラであった。
アルセニーはマラカイトの目を優しく細める。
「タチアナさん、彼女にはここに住み込みで働いてもらうことになった。君の侍女として」
「アルセニー様……! ありがとうございます……!」
タチアナは一瞬驚きヘーゼルの目を大きく見開くが、すぐに嬉しそうな表情になった。そして心配そうにラウラの方を見る。
「ラウラ、あの後……キセリョフ伯爵家を解雇された後はどうしていたの? 酷い目に遭ったりはしていなかった?」
「そんな、大丈夫でございましたよ。幸い、実家の両親も健在でしたし、しばらくは家のことをやったり、近くの食堂で働いたりしておりました」
ラウラは穏やかに微笑む。
「そう……。ラウラ、貴女が元気そうで安心したわ」
ホッとしたような表情になるタチアナ。
「タチアナお嬢様、それはこちらの台詞でございますよ。私はあの後お嬢様がキセリョフ伯爵家で酷い扱いを受け続けていると思ったら、心配で仕方ありませんでした。それに……」
ラウラは若干言いにくそうな表情になる。
「もしかして、自殺未遂のことかしら?」
さらりと『自殺未遂』の言葉が出るタチアナ。その表情は、穏やかで吹っ切れたようであった。
タチアナがゴルチャコフ公爵家の
タチアナの表情を見て、意外そうに目を丸くして頷くラウラ。
「それならもう大丈夫よ、ラウラ。あの時は、もう死んでしまいたいと思っていたわ。でも、ここに来て、アルセニー様やパーヴェルさんにも良くしていただいているわ。それに、まだ個人的な趣味の領域だけど、新しく有機化学や薬学の勉強も始めたの。毎日が楽しいわ」
タチアナは明るく微笑んだ。ヘーゼルの目はワクワクしている様子である。
その様子を見てラウラはホッとする。
「左様でございますか。お嬢様のお元気そうなお姿を見ることが出来て安心いたしました」
「それとねラウラ、お嬢様呼びはもうやめてちょうだい。
クスッと笑うタチアナ。
(そうだった。タチアナさんは一応……私の妻なのか)
自分に言われたわけではないが、アルセニーは少しドキリし、鼓動が速くなるのであった。
「では……タチアナ様とお呼びいたします」
ラウラは柔らかな表情だった。そしてアルセニーの方を見る。
「アルセニー・クジーミチ様、この度はタチアナ様のお世話を出来るように手配していただき本当にありがとうございます」
「いや、こちらこそ急な申し出に答えてくれて感謝する。この屋敷の使用人は男のパーヴェルしかいなかったから、タチアナさんには少し不便をかけたと思うし」
アルセニーは少し申し訳なさそうな表情だ。
「そんな、とんでもないことでございます。アルセニー様には有機化学や薬学の本を頂いたり、パーヴェルさんには準備などを手伝っていただいているので、至れり尽くせりでございますわ。本当にありがとうございます」
タチアナのヘーゼルの目は、真っ直ぐアルセニーを見つめている。
アルセニーはほんの少し頬を赤らめ、マラカイトの目をタチアナから逸らした。
「これからはタチアナ様のお世話を精一杯努めて参りますので、どうぞよろしくお願いします」
ラウラはタチアナとアルセニーを交互に真っ直ぐ見つめ、真剣な表情であった。
ユスポフ商会の売り上げが多くなり安定したことで、アルセニーはタチアナの為に侍女を雇えるようになったのである。
パーヴェルやラウラの給金を安定して出せるようになっていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます