第4話 ガル子、街なかを走る
煌々と灯りが照らす喧騒の繁華街が広がっていた。
栗毛のトイプードルがフールにトドメを刺した。フールは黒い影を発散させて消滅した。その近くには銀毛のトイプードル、さらにその少し離れた場所に黄金色のゴールデンレトリバーもいた。
「あれが噂の新人ね」
白と黒のツートンカラーに黒の額に眉だけが白い。小柄な体に全身短毛で黒く短い尻尾がくるりと巻き上がっていた。
高層マンションから見下ろす白眉のチワワは目を細めた。
灯りに誘われるように人が群れていた。ひと際大きな建物の中に大勢の人が入っていき、また大勢の人が出ていく。人間が一度に運ぶ鉄車が行き来していた。
銀毛はほとんど手を出さず、栗毛のトイプードルひとりで倒していた。周りの人間の誰ひとりもそれに気付いていなかった。なかなかの手際の良さだった。
「行くわよ、テト」
チワワの隣にいた漆黒のドーベルマンは黙って頷いた。
筋肉の付き具合がはっきりと分かるほど隆々としていた。隣のチワワに比べると、ふたまわり以上、体付きは大きかった。
「ふーーっ」
ようやく目の前の決着がついた。冷や冷やするところもあって、ココは息を深く吐いて安堵した。その時、ふと視線を感じて振り返る。そこには高層マンションがあるだけだった。
一瞬、何が起こったのか、白黒のボーダーコリーには分からなかった。
道を渡ろうとした時、突然何かが突進してきた。躱すことができなかった茶白のラフコリーは吹き飛ばされた。
赤い車が停まり、中から若い金髪の男が降りてきた。
「●▼◆○○」
若い男は何かを言葉を発し、そのまま去っていった。
残されたボーダーコリーは恋人のラフコリーに近づく。横たわったまま全く動かなかった。
「ジョイ、いつまでそんなところで寝てるんだよ。さあ立って。早く次の町に行くんだろ」
首を口に咥えてジョイを立ち上がらせようとする。地面に真っ赤な血が広がっていた。腹部が割け、血が止まらない。
「痛い・・・痛いよ・・・」
小さな声で恋人が答えた。
「助けてくれ。誰か!」
ボーダーコリーは、恋人を咥えたまま叫んだ。
道の真ん中でいる2匹を車が避けて通る。いくら叫んでも人間は誰ひとり立ち止まってはくれない。
ボーダーコリーはラフコリーの赤い首輪を引きずって道の端まで移動させた。内臓の一部がボタボタとこぼれ落ちた。昨日まで一緒にいた恋人からは段々と温もりが消えていく。
「ダメだダメだ。頑張れ、ジョイ」
どうしてこんなことになった。人間社会で長年暮らしていれば生きていくための処世術くらい何となく分かってくる。
揃いで着けている赤い首輪は人間との友好の証。これがあれば人間に敵意を向けられることが少なくなる。車というのは人間が乗り物。遠くまで移動することができて速くて硬い。道を渡るときは車には気を付ける。そんなことは分かっていた。分かって気を付けていたはずなのに注意が足らなかったのか?
「アル、私もうダメみたい・・・。今まで一緒にいてくれてありが・・・」
「そんなこと言うな。朝からうまいもんでも食べよう。おれが取ってくるから」
これまで出会ってからずっと一緒にいた。いろんなところをふたりで旅するんだってここまで一緒にやってきたのに。
目の前で横たわる恋人の鼓動が止まった。
「ジョイ・・・」
ボーダーコリーの目から涙が溢れた。
あの赤い車のせいだ。憎い、憎い、憎い・・・。
「・・・力を・・・」
いきなり背後から声がした。目の前の恋人は、冷たく肉塊と化していた。
「・・・その願い。叶えてやろう」
身体に何かが触れた瞬間、黒く視界が歪んだ。
赤い車に乗った若い金髪の男は道を急いでいた。
前を行く車の後続にピタリと付けあおり運転を繰り返し、前後の車に出来たわずかな隙間を縫って車を追い抜いていく。
「ちくしょう、パチンコ屋の開店に間に合わねぇじゃねえか。いい台が取れねぇ」
朝から犬をひいちまって車は凹んじまったし。ついてねえ。5万は勝たねえと。
金髪の男は近道しようと細い路地に入った。車が離合できないほど狭いが、目的地までずいぶんと短縮できる。
「なんだ?」
黒いセダンが道を塞いでいた。見たことも無い車種だった。外車だろうか。1車線の道幅では躱しようがない。
「どけよ、こっちは急いでんだよ」
金髪の男はクラクションを連発した。
黒い車はようやく動き出し、バックした後、いきなり前進して男の車に衝突した。
一瞬、金髪の男には何が起こったのか理解できなかった。再び黒い車は一度下がって距離を取り、加速しては何度もぶつかってくる。そのたびに車が衝撃で揺れた。
「何なんだ。こいつ、頭おかしいのか」
バックで狭い路地から出た。その間も黒い車は突進を繰り返してくる。赤い車のバンパーが歪んだ。
金髪の男は狭い路地から出るとアクセルを踏み込んだ。一気に加速して黒い車を引き離す。法定速度を超えて先行車を次々に追い抜かしていく。
信号が赤に変わるタイミングで交差点を飛び込んだ。後続する黒い車は赤信号でもスピードを緩める様子は全くなかった。
金髪の男がバックライトを見ると他の車にぶつかりながらこちらに向かってくる。
「や、やばい・・・」
金髪の男は恐怖を感じて、更にスピードを上げた。
その時、突然横の脇道から白い車が出てきた。車を避けようとして急ハンドルを切った。その瞬間、アスファルトとタイヤの摩擦のバランスが崩れた。
赤い車はコントロールを失い、スピンして電柱に激突して止まった。電柱が折れて、赤い車にもたれかかるように大きく傾いていた。
金髪の男は車の割れた窓からなんとか這い出た。その頭から出血していた。赤い車はプスプスと煙を上げていた。
黒い車が追い付き、男には目もくれず赤い車に衝突を繰り返す。赤い車は徐々に原形を失くしていった。
これはきっと夢だ、悪い夢だ・・・。こんなことが現実にあるわけがない。
そこで金髪の男の意識は途切れた。
人だかりができた目の前には赤い金属の塊があった。少し離れた建物の影から隠れて3匹のイヌがその様子を窺っていた。
辺りにはフールの匂いが色濃く残っていた。「くっせー」と鳶色のアーガイル柄のパーカーを着た、銀毛のトイプードルは言葉を漏らした。
「ココさん、どういうことなんっすか。このフールは郵便局に恨みでもあるんすかね」
鉄の塊には辛うじて郵便局のマークが読み取れる。タイヤは不規則な方向を向き、車の原形を留めていなかった。
「正太郎は物知りだね、郵便局なんてよく知ってるね」
黄金色のゴールデンレトリバーは感心した。人間が作った郵便局はモノを届けるための仕組み。イヌには関係がない。
「そいつらはいつも家におれの飯を届けてくれるから」
「食い気は大事だよ。ケモノの生きる本能だからね」
ココにそう言われて、正太郎にドヤ顔で胸を張った。
「赤い車・・・」
すぐそばで栗毛のトイプードルが呟いた。
共通しているのはどれも赤色。この光景を見るのは、これで3台目だった。
「そうだね、このフールは赤い車に執着しているようだ。それにしても・・・」
匂いを追っているが、相手が速過ぎる。後手後手だった。全く追いつけていない。
「赤い車を待ち伏せしたら?」と正太郎が言う。
「数が多過ぎる。いったいこの街に何台赤い車があるのか、想像もつかない」
正太郎の案は却下された。
「このままではらちが明かない。ここは手分けして探そう。敵の正体が分からない分、危険だが、その方が見つけられる確率が上がる」
「私はやらないよ」
ガル子は首を振った。
「えーどうして?こんなやつ野放しにしておいたら町がめちゃめちゃになっちゃうよ」
「ここは私のテリトリーじゃない。テリトリーにフールがいたらやるけど、ここはテリトリー外。私は勇者やっているけど、別に好んでフールと戦いたいわけじゃない。だから今回はやらない」
「じゃあね」とガル子はその場をから去ろうとした。
「ガル子ちゃんの家、赤い車があるよね」
ガル子はドキリとした。
「ガル子ちゃんの飼い主はご年配だから自分で運転はしないとしても、あれは大事な車じゃないのかな」
ココのやつ、いつの間にそんなことまで。
確かにガル子の家には赤い車があった。今の飼い主がもう乗ることはない。ガル子もよく乗って色んな所に連れて行ってもらった。もう動くことはない。今も庭の片隅に置かれたままだった。
「この町から赤い車が無くなったらガル子ちゃん家の車も狙われてしまうかも・・・。何事もなければいいんだけどな」
チラリとガル子の顔色を窺う。
「わかったわかった、やればいいんでしょ」
ココを睨みつけて答えた。
「今のところ、これ以外にいい案が浮かばない。ボクは国道の方に行くから、ガル子ちゃんは海側。正太郎は山側を頼むよ。一人で相手しようなんて思わずに見つけたら遠吠えで合図する。はっきり言って今回の敵は強い。くれぐれも無理しないように」
「ガル子、危なかったらおれがすぐに駆けつけるからね」
正太郎はどさくさに紛れてガル子に身体を摺り寄せる。ガル子は正太郎の首筋に思いきり噛み付いてやった。
遠くから救急車のサイレンの音が近づいていた。その場から3匹は一斉に音も無く消えた。
銀毛のトイプードルは散歩でもこんな山道まで来たことがなかった。知らない獣の匂いよりもフールの匂いが色濃くなっていく。
イヤな予感しかしない。
「ひょっとして、おれって貧乏くじ引くタイプ」
正太郎の前に黒い影が見えた。それは見た目には車の形をしていたが、匂いはフールだった。重い体当たりをするたびに赤いスポーツカーの形が変わっていく。
正太郎は遠吠えしようとして思い止まった。
待てよ。まだ気づかれていない?わざわざガル子たちを呼ばなくても不意打ちならオレ一人でもやれんじゃね。
正太郎はもてはやされる自分の姿を妄想した。
赤いスポーツカーにぶつかった直後であれば動きが止まっている。正太郎は壱尾鎗を構えた。
影になって中は見えないが、窓の部分は金属ではなさそうだ。そこに狙いを定めた。
『壱尾槍』
正太郎の尾から真っ直ぐに相手に伸びていく。
壱尾鎗が当たる瞬間、タイヤの部分がハの時に開いて車高が下がった。高い金属音ともに壱尾鎗は相手の天井の表面を滑るように弾かれた。
「外されたのか」
仕方がない。正太郎は遠吠えしようと息を大きく吸い込んだ。
ウソだろ。目前に黒い影があった。予想以上に動きが速い。
横へ飛んだが、躱し切れずに相手の突進が後ろ足に当たった。正太郎はゴロゴロと草むらへ吹き飛ばされた。
痛みを感じる余裕もなく、正太郎を追いかけて黒い影が突っ込んでくる。足場が悪くても関係ない。
壱尾鎗を地面に突き立てて空中へと逃れた。そうしていなければ轢かれていた。確実にぺちゃんこにされていた。
空中で正太郎は遠吠えした。正太郎の声が四方八方へと木霊する。
「さあ、これで仲間が来るまで時間稼ぎするのがオレの仕事だ」
着地すると同時に正太郎はビリビリとその身体に静電気を纏わせる。
『雷猿』
電撃が効くのか?
「出し惜しみしてる場合じゃねえな。攻撃は最大の防御」
正太郎は壱尾鎗を構える。
壱尾鎗と黒い車が真正面から激しくぶつかった。
栗毛のトイプードルが駆けつけた時には銀毛のトイプードルは地面に横たわっていた。すでにフールの気配はない。
「すまねぇ。時間稼ぎもできなかったな」
「もういいから。正太郎、喋るな」
肩甲骨、上腕骨、大腿骨、手根骨・・・。正太郎の全身の骨が砕けていた。
「ガル子、敵は強いぞ。ココさんが来るのを待て」
「何も喋るなって。あとのことは任せて」
まだフールの匂いが辺り一面に色濃く残っている。ガル子はその匂いの痕跡を追いかけた。
一足遅れで黄金色のゴールデンレトリバーが現れた。
「正太郎、大丈夫かい。ずいぶん派手にやられたみたいだね」
「ココさん、早くガル子を追ってください。おれのことよりガル子を・・・」
「ダメだよ、正太郎。まずはきみの治療からだ。それにフールを見つけたらすぐに知らせてって、ぼくはちゃーんと言ったよね」
あ、あれ?ひょっとしてばれてる?
ココの両の前足が水色に仄かに灯る。
「痛くしないから。ぼくっていつも優しいだろ」
「ココさん、言っときますけど、ぼくはケガ人ですからね」
本当だろうか。治療系のケモ力を使っている姿なんて一度も見たことがない・・・。
ココの前足が正太郎の体に触れて、正太郎は悲鳴をあげるより前に意識を失った。
フールの臭いに交じって潮の匂いが漂っていた。海が近い。
栗毛のトイプードルが追い付いた時には黒い車が赤いSUV車を立方体の鉄塊にしていた。
乗っていた人間はとっくに逃げ出したようだ。近くに人の気配はない。
「よくも正太郎をやってくれたね」
ガル子はすぐにでも飛び掛かりたい衝動を抑えて、遠吠えした。
それでも黒い車は構うことなく、突進を続けていた。
こちらに気付いているのか気付いていないのか。気付いていないわけがないか。舐められているな。
「おいコラ、無視すんな」
ガル子は飛び掛かって黒い車体に噛み付いて・・・、目の前に火花が散った。
硬い。硬すぎる。牙が全く通らなかった。これではエネジードレインもできない。爪を立てようとするが、爪も刺さらず表面を滑るだけだった。
黒い車は勢いよく車体を反らせてガル子を振り払った。ガル子は高く空中に放り出された。
なんてチカラだ。
着地のタイミングを狙って黒い車が突っ込んでくる。
ガル子の体が薄緑色に光る。ふわりと体が軽くなる。落下のタイミングを遅らされて衝突を回避した。
黒い車はすぐに反転してガル子に向き直った。再び突進してくる。
ガル子はグリーンフィルで空中に浮遊する。
牙もダメ、爪もダメ。おまけに足を地に付けての戦いは分が悪そうだし。浮いているだけでは勝てないし。どこか弱点は無いのか。
ガル子は回想する。黄金色のゴールデンレトリバーの言葉を思い出した。
「これ以上高くするのは止めようよ」
言われるがままにガル子はケモ力を使って、空高く銀毛のトイプードルで持ち上げた。
「そうそう、うまいうまい。モノを動かすのは基本中の基本だから。強ければ重いモノも持ち上げられる。強ければ遠くにあるモノにも影響を与えられるようになる。あとはイメージだからケモ力はそれに応えてくれる」
ココはそう言っていた。
黒い車はガル子の真下でキュルキュルと後輪だけをすべらせて。回転していた。
人の車を模しているのならタイヤはどうだろうか。本体よりも柔らかい素材でできているはず。しかし止まっている車ならまだしも走っている車のタイヤに噛み付くことなんて不可能だ。まずは動きを止めないと。
空からガル子はボロボロになった赤い車をケモ力を使って持ち上げようと試みた。
「重い・・・」
私のケモ力じゃ無理だ。どこか一部だけでも・・・。
赤い車の前のボンネットが外れた。それを空へと持ち上げる。黒い車はボンネットに向かって空にジャンプして追いかけてきた。
獣の本能として、これに執着する気持ちは分かる。狩りの途中で邪魔されたら尚更だ。
予想通り、黒い車は空中では地上のようには自由には動けずその動きが鈍っていた。
今しかない。ガル子はボンネットを持ち上げながらグリーンフィルで空気を押し固めていく。ほんの少し逸らせるだけでいい。間に合うか。
黒い車は赤いボンネットを目掛けて、こちらにまっすぐに向かってきた。ガル子に迫る目の前で黒い車は宙返りした。ガル子の作った見えない道に乗り上げてコントロールを失い、そのまま真っ逆さまにズドンという地響きと共にアスファルトにめり込んだ。
ガル子はこの機を逃さなかった。ひっくり返った黒い車のタイヤに噛み付いた。牙が喰い込む。
これならエネジードレインで・・・。
黒い車から黒い影で出来た4本の手足が生えていた。その手で振り払われ、重たい一撃がガル子の側腹部を捉えていた。ガル子は建物の壁まで吹き飛ばされて打ち付けられた。グリーンフィールが衝撃を和らげてくれたものの、内臓までダメージを受けて激しく嘔吐した。
次の平手の一撃を身をかがめてかろうじて躱す。頭部の毛を掠めるくらいギリギリだった。後ろの壁を粉々に破壊した。
しかし次の平手は躱せなかった。ガル子は再び吹き飛ばされた。地面をゴロゴロと転がる。皮膚のあちこちが地面に擦れて破れて裂けた。もう立てなかった。
そこに黒い車の影の手が空に向かって伸びる。それが振り下ろされようとしていた。
ヤバ・・・。死んじゃうのかな・・・。
その時、ズダダダダダと辺りに銃声が響いた。黒い影の腕が貫通して穴だらけになる。黒い車の本体はカンカンと金属音を立てて弾丸が弾いていた。
「っもう硬いなぁ」
知らない声だった。ガル子の視界に黒い輪郭が映った。
背は黒、腹は白、小柄な白眉のチワワがそばに立っていた。その小さな口からさらに小さな銃口が覗いていた。
「だ、誰?」
「リイフよ、覚えなさい。あなたを助けてあげる勇者の名前よ」
相手を牽制しながらリイフは手早く治癒を施す。ガル子の痛みが和らいだ。
『七式ショットガン』
銃口の形が変わった。その体は朱色に発光していた。単発だが、先ほどより威力は増した。当たるたびに黒い車の車体が凹む。
「ほんと硬いわね」
再び銃口が変化した。口径が今までよりも大きい。
『七式バズーカ』
よほど防御に自信があるのか、先ほどまで一発も相手は躱す素振りさえ見せなかった。リイフは狙いを相手に定める。
「逃げないなら楽で助かるわ」
撃つ瞬間にリイフは足を踏ん張った。その反動で3メートルほど後退した。
弾頭は車体に当たると爆発した。爆風でリイフの体毛がなびく。黒い車は大破して1/4の部分を失っていた。
「これでトドメよ」
銃口が再び変わり、光がリイフの口の中に集まっていく。
大破した部分が黒い影で覆われ、黒い車は車体を復元させた。リイフに突進して襲い掛かってくる。
リイフと黒い車の間に、短毛の漆黒のドーベルマンが割って入った。
迫ってくる相手との体格差は十倍以上あったが、その前足で相手を受け止めた。黒い車のタイヤがキュルキュルと空転する。
「テト、浮かせて」
テトがふっと力を抜いて、黒い車の下部に潜り込む。下から突き上げるように蹴りを放つと、黒い車の巨体が空中に浮きあがった。
リイフの口元が輝きを増す。
『七式レーザー』
リイフは剥き出しになった黒い車の腹部にレーザーを打ち込んだ。
「あなたの無念は私が背負ってあげるから」
ジュッと蒸発する音がして、黒い影は縦方向に真っ二つに引き裂いた。切り口から黒い影が霧散した。辺りからフールの気配が消えた。 赤い首輪だけがその場に落ちた。
「ねぇ、生きている?」
リイフは地面に転がったままのガル子に声を掛けた。
「あれは私の獲物だったのに、邪魔すんな・・・」
ガル子はそれでも立ち上がった。足がプルプルと震える。立っているだけでも体中に激痛が走る。
「素直にお礼も言えないの。行くよ、テト」
「待て・・・」
ガル子はふらつきながらもリイフに噛み付こうと牙を剥いた。ケモ力をふり絞ってグリーンフィルを展開させる。少しだけ痛みが和らいだ。
テトが間に割って入ろうとするところをリーフは制した。
「ボロボロのくせに、キライじゃないよ、そういうの」
「うるさい」
ガル子はリイフに飛び掛かった。リイフはその動きに合わせてカウンターを狙っていた。
ふたりの距離が重なる瞬間、黄金色のゴールデンレトリバーがガル子の後ろからその身体を組み伏せた。
ココの下敷きになったガル子は身動きが取れなくなった。ちょうどリイフの目の前にココの顔があった。
「やあ、リイフ。久しぶりだね」
「ココ、邪魔すんなよ、いいとこだったのに」
「弱いものイジメするなんて君らしくもない」
「興が覚めた。帰るよ、テト。じゃあね、またね。トイプーちゃん」
リイフとテトはその場から一瞬で消えた。その場にはふたりの残り香だけが漂っていた。
「ココ、離して。何で止めんのよ」
ガル子はココの下でまだもがいていた。
「さてと、どうしたものか」
ココは前足でガル子を押さえつけながら、後ろ足で頭を掻いた。
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