第4話
まだ閉まっている正門前で、待っていると5分もせずに雄太が来た。
うぃ、と適当な挨拶の後、さらに5分後くらいに先生が出勤して来た。
「あんた達、早いわね」先生は門を開けながら、意外そうな声を上げた。僕も雄太も部活動には所属していないし、どちらかと言えば朝ぎりぎりに学校に来るタイプの生徒だから、不審に思ったのだろう。
「先生に会いたかったからっす」と雄太が適当な言葉を吐いて誤魔化していた。
「あんた、気持ち悪いからそういうこと言わない方が良いわよ」と言い残し、先生は足早に昇降口へ去って行った。
雄太と二人になってから僕が「完全に同意」としみじみ頷くと、「お前のために誤魔化してやったんだろうが」と雄太が怒った。
僕らは歩いて昇降口に向かった。
「てか、さおりは?」
「言いだしっぺが来てないってどういうことだよ」スマホを確認するが、やっぱりさおりからの連絡はない。
「ま、せっかく来たんだし僕らだけでも張り込みするか」
「あんぱんも買ってきちゃったしな」
「言っとくけどそれ必須アイテムじゃないからな」
校内に人影はない。僕と雄太の歩く音がしん、と静まり返った空気に呑み込まれる。早朝の学校は、由緒正しい神社のようなどこか神聖な雰囲気が漂っており、それが却って不気味だった。
雄太と雑談しながら、のんびりと外階段を上がり、昇降口から校舎に入ると、件の下駄箱前にやって来た。
その頃には半分張り込みのことを忘れており、僕も雄太も会話に夢中になっていた。
「でさ、風呂から出るじゃん? したら姉貴がさ――」と話ながら僕が何気なく下駄箱を開けて、言葉を失った。
僕の様子を見て、雄太も僕の下駄箱を覗き込み、「げっ」と声を漏らした。
僕の上履きの上に薄黄色の封筒置かれていた。置かれたというよりは、放り込んだのかもしれない。その封筒は上履きの上から半分落ちて、斜めになっていた。
ラブレターをそのままに、僕はそっと下駄箱を閉めた。「どういうことだよ」
「俺に聞かれても」と雄太が肩をすくめる。
「昨日、昇降口の施錠の時にはなかったよな」
「だな」
「今日の朝は僕らより先に登校した奴いないよな」
「な」
「な、じゃねぇよ」
「俺に当たるなよ」
このラブレターはあり得ない。物理的に不可能だ。密室殺人――いや人は死んでいないから密室告白だ。密室で告白していったい何のメリットがあるというのか。差出人のアリバイでも成立するのだろうか。
そこで、差出人、という言葉に思い至って、僕は慌てて下駄箱を開けてラブレターを取り出した。
「空白だ」と反射的に声が漏れた。
「空白?」
「うん。差出人の名前は何も書いてない」
「毛虫じゃなくて?」と片眉を上げる雄太に僕は毛虫不在の封筒を見せた。
「中身は?」と雄太が訊ねる。
僕はいつものとおり、丁寧に封筒を開けて中身を読んだ。読んでいるうちに奇妙な感覚に襲われてきた。何が、とは分からないが、何かが引っ掛かる。内容的にはいつもとそう変わらない。大好き、あなた無しでは生きていけない、などの大袈裟な愛情表現が記されているだけだ。だけど、文末だけは少しいつもと違った。
『これまで名前を伏せてきたけれど、やっぱり直接告白したいです。今日の放課後、屋上前の階段踊り場で待っています』
後ろから手紙を覗き見た雄太が「良かったじゃん」と言った。
「何が」
「だって、今日その差出人に会えるんだろ?」
僕はもう一度手紙の文末に視線を落とした。この手紙のとおりならば、謎のラブレター事件も今日で解決となる。告白にイエスと答えるかノーと答えるかは、相手が誰か確定するまでははっきりと決められないが、何となく僕はイエスと答えるような気がしていた。
「多分だけどさ」と口をついて出た。「僕、差出人、分かったかもしれない」
雄太も察しがついていたのか、「まぁ、この状況でラブレター出せる奴は1人しかいないよな」と苦笑した。
その日から僕とさおりの男女の交際が始まった。
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