39番ホール すべての旗に背いて
さあペアゴルフ準決勝第1試合は早くも2ホール目、コネクテッド7番ホールへときています。
すでにニッポンペアが1ポイントのリード。これは今後増えることはあっても減ることはありません。長かったメダルへの道もあと2ポイント。早ければあと2ホールでメダルが確定します。
「今度はどんな種類の鳥を飛ばすつもりがありもうすか?」
「ん? 鳥の? 種類?」
「きっとアルバトロスやイーグルのことを言っているのかと」
「そりゃ〜内緒でしょ」
ポロンスキー選手の腕!?
あれ見てよ、彼の前腕を!
ポロンスキー選手が腕まくりしてボロンと前腕を出したわよォ!
上腕より前腕の方が太いじゃない。もうステキィーーッ!
暑いのかしら? 暑いのね?
たぶん人より暑いのよねえ。体脂肪低そうだもの。
いったいどんな鍛え方したらああなるのかしら。
上野くん……。
あの恵体に加えてのあの腕ですか。そのような方と戦わなければならない高校生ふたりの身を案じてしまいます。
中国があやつる雑技はおよそ同じ体格の選手同士でくりだすもの。それがあれほどの体格差となったらどうなるか。
その答えがまるでハンマー投げのようなデュアルショットだった、ということだな。
上野さんがおっしゃるにはまだ本気で振っていないとのこと。
不気味です、実力の上限が計りしれないというのは。
チェレンコフ選手なんかはロシアの英雄、PGAでもおなじみの選手よね。レギュラーゴルフの世界ランク2位。ポロンスキー選手でも525位だもの。
大空ちゃんたちって今なら何位くらいにランクインするかしら?
彼女たちはプロではありませんからね。ブラジルペアを退けた時点でウォレスの36位よりは上に数えられるかもしれませんが、同じ大会に出場したのは今回が初ですから何とも。
そろそろペアゴルフでも独自の世界ランクがほしいわね。各国でプロが立ち上がってきたのだから、オリンピック以外の世界大会ももっとたくさんあっていいはずよ。
ツアー。
だな?
アタシ発起人になろうかしら?
今みたいなホールとホールをくっつけたのではなくって、ペアゴルフ専用のコースで。今後伝統になりうる名門コースを見つけて。
だったらスポンサーも探さなきゃよね。
そうそう、今のうちに招待選手のツバつけとかなきゃ。
ハッ!
オリンピックが今日と明日で終わっちゃう。各国のゴルフ関係者と話をしようと思ったら……。
これから忙しくなるわよォ!
上野さん、両目が$になっています……。
あらあらごめんなさい。ついよ、つい。
「ここはティマーカーの形がいいよね。第4の改でいこっか」
「ええ。すみませんね、楽ばっかりさせてもらって」
「なに言っちゃってんの、ここで温存しとかないとあとが続かないもんね。美月ちゃんの全力こそがボクたちの秘密兵器だよ」
打ちました水守と大空!
息はぴったり、ティマーカー反射雷獣ショット! コースの中ほどまで運ぶ算段でしょうか。
実にいい方向性です。
うーん。
なんだかめちゃくちゃ飛んでない、あれ。
たしかに。
いつにも増して高い。あれじゃまるでアイアンじゃないか。
いつもそうなんだが、迫撃砲のような軌道を描いて飛んでくなぁ、あの子たちのボールは。
きっちりとフェアウェイを捉えてきました水守・大空ペア。
いったいどれほどの精度で打ち出せば600ヤードもの先でフェアウェイに乗せることができるのでしょうか。
考えたこともないわね……。
おそらく角度で言ったら1度とかそれ以下じゃないかしら。機械のように正確に当てるわねあの子。それも飛んできたボールを瞬時に打ち返してんのよ?
あの子たちが日本国籍でよかったと思うわぁ〜。大空ちゃんなんか長く拠点にしてたアイルランド国籍だっておかしくなかったんだから。
長く離れてはいても故郷は故郷だったのでしょう。
帰るべき場所はずっと長崎の西島にあったと。
「どうされました? そんなに落ち着きはらって?」
「どうしてだろ。なんだかもう、まるで負ける気がしなくなってきちゃった。今ならどんな相手が向かってきても勝てる、そんな気がする」
「実に頼もしいことです。あと2勝、それでずっと目指していた頂点に。ですが。なんだか寂しい気がしますね、祭りが終わってしまうようで」
「美月ちゃん……」
互いの仕事を讃えあうティグラウンド上の水守と大空です。
ただいまのニッポンペアの第1打はどうなりましたでしょうか。飛距離は出ましたでしょうか?
ちょっと何これ!?
650!?
650ヤードって書いてあるわよ!
650ですか!?
たしかによく飛んでいるとは感じましたが、テクニカルショットでそこまでの数字は世界でもトップクラスです。
ほんとにすごいわぁ。でも惜しい! 世界一には届かないのよね。第3位。
にしてもよ。
これまで水守ちゃん大空ちゃんペアのあのデュアルショットは、せいぜいが600ヤードだったじゃないの。それがどうして650も!?
まだ進化しているんだろう、驚くべきことに。
筋力も体力も1年前とそれほど変わってない。むしろ病み上がりの美月くんは著しく低下していて、総合的に見たら昨夏より戦力は減。
だが現実はどうだ。ボールは以前よりも高く遠くへと飛ぶ。精神が肉体を凌駕したのか? 一段も二段も能力を引き上げた。経験値なんてそんな安いもんじゃない。緊張をどこかへとやってリラックスをし、毎度最高のパフォーマンスを最高の精度で。
ゾーンに入っているのと同じだが、おそらくは常駐させている。
常にゾーンの状態でプレーしていると!?
凄まじいまでの集中力、それもあのふたりゆえに為せる業。
おっと、続いてロシアペアです。
「あのように小柄でよく飛ばす。相手にとって不足はないがな」
「ああ。また本気を出さなければならない時がきたか」
「そうらしい。永遠に訪れてほしくはなかったその時が、また来てしまったようだ。だがやらねば」
「わかってる」
「?」
「なんだったの美月ちゃん?」
「途中からロシア語でしたのでわたくしにも。ですがなにか深刻な印象を受けました」
「真剣じゃなくて深刻か。なんだかイヤな予感がするね」
おおお!
出ました!
見たァ!?
イギリス戦に続いて日本戦でも!
眼福よォ!
ポロンスキーがチェレンコフを軽々と振り回します!
人がまるでヌンチャクのよう! むちゃくちゃです!
「私は開眼したのだよ、中国へ行って。彼ら雑技が見せる槍さばきにヒントを得てな!」
「だからって、人をあんな棒っきれか何かみたいにふり回すだなんて!」
「チャイナは技に溺れたのだ。本来リフト系ショットの最適解はジャイアントスイングであるべき。それをせずにあんな宙に放るなどと、エネルギーのムダ遣い以外のなにものでもない。最も効率が良いのは巨大な円を描き、遠心力が最大となる運動! ハンマー投げである。ゆえに!」
「むうううぅぅぅううううんんん!!!」
行ったァーーーーッ!
力技、しかし効率を究極にまで極めた様式美がそこにはあります!
これも非常に力強い! 弾道は低めながら、また吹きはじめた風をものともせず突き進んでいきます!
落着したのはラフにもかかわらず、ニッポンペアのボールをオーバーテイク!
まあ飛距離だけを言えばそうなんだろうが。いくらファーストカットと言えどフェアウェイにボールを置くことはなににも優る。
ラフの芝1本をボールとクラブの間にはさんだ結果、過去にどれほどの悲劇を生んだか。
競技ゴルファーは先人の教訓を今一度思い起こすべきだ。それはレギュラー、ファスト、ペアの区別にかかわらず。
つばめくんの脅威のフェアウェイキープ率99.9パーセント。その結果として常にベストな2打目以降が打てる。これこそがニッポンペアの最強の武器なのかもしれない。
「少し中和剤を飲んでおくか?」
「いや、ここはキープしておこう。あちらは刻むだろうが、こちらは2オンしようじゃないか」
「決まったな、それで——」
行ったッーー!
ニッポンボールがコネクテッド7番ホールを突き上げる!
「なぜにあのような小さき体であれほどのボールが打てるのだ。理解しかねる」
「すべてが噛み合った奇跡のようなショットだ」
「それをずっと続けている。文字通りのバケモノだ」
っと!?
オン確実と思われたボールが奥の林へと消えます!?
「あちゃー! やっちった」
「つばめさん? 本来ちょうどいい距離ではなかったのです? グリーンセンター狙いがどうしてオーバーの、しかもOBになってしまうのです?」
「ええっと!? さあ、自分にも? どうしてだろうね?」
「つ・ば・め・さん!」
「は、ハイッ!」
珍しく怒っていますねえ水守が。
大空が気をつけの姿勢で説教を受けています。
「ど・う・し・て・オーバーされたんです? 1打目を余分に飛ばしたのですから、2打目は普通に打てばよい簡単な場面じゃありませんか。力まれたのです?」
「う〜んと、その逆? リラックスして軽〜く打ったらなんでかあんなに飛んじゃって。嘘じゃないよ? グリップなんかミートした時にゆるませたくらいなんだから」
「それって——」
「どうするね、ジャパンペア。このまま続けるのかな?」
「いいえ、ギブアップを宣言するつもりです」
「それは結構」
さあ、今ホールではニッポンにミスです。これまでの水守と大空であれば苦戦するはずの距離をなんと大オーバーさせてしまい、相手に1ポイントを献上する形になってしまいました。
さっき1ポイントをもらっていただけに残念よねぇ。あっさり同ポイントにしちゃった。
しかしこれでスタートに戻っただけです。ここから心機一転、ふたりには仕切り直してほしいところ。
何があったのかしら。
これまで何度かみてきたデュアルショットだけれど、あそこまでの距離が出る技じゃなかった。
トップじゃないのは確かなの、弾道はいつも以上に高かったから。だったら何?
アタシにはわからない。
推定距離が出ましたが、なんと先ほど自ら出した推定記録とほぼ同じだそうです?
600以上ってこと!? それを普通の二人羽織で?
いったい何が起こっているの……。
「なんだかわかったような気がする。どうやったら遠くにボールを飛ばせるのか。どうやったらボールの反発を最大化できるか。美月ちゃんだけに教えるね。あのね、ミートした瞬間にクラブが変形するのを待ってあげるの。それで元に戻るのと一緒に振り抜くんだ」
「それって? どんなタイミングの、どんな長さの、どんな力加減の話を?」
「ええっと。うんと? やっぱりわっかんないや」
飛距離に関して突然の覚醒をみせたニッポン代表が、逆にポイントを失いました。
もったいないことをしたなぁ。
ですがご覧ください、1ポイントを献上したニッポンペアが明るい笑顔で元気に前をゆき、1ポイントをもらったロシアペアが深刻な顔をして後ろを行きます。
さっきとはまるで逆の構図よね。
ポイントは並ばれても精神状態では日本がリードかしら。
「あんなものに頼らねばならんとは。たとえどんなに非難されるとしても突っぱねるべきであった。こんなに愉快な対戦になるのであれば正々堂々で戦いたかった」
「飲んでしまったんだ、もう遅い。しかしその考えはどうだかな。楽しくなければどちらでもいいことになる。イギリスとではどうだったんだ。あれはアレがなければあそこまでの接戦を演じることはできなかった」
「彼女らと戦っているとそういう気分にさせられるということさ」
「ふん。それより、やはり追加しろとの指示だ」
「しかし!? 我らはすでに飲んだぞ?」
「そうサインを送ったが、飲めとの指示だ。どうもサポートチームを飛びこえて指令がきているらしい。現場の混乱がニュアンスから感じとれる」
「それでもだ、もう一度確認してくれ。これ以上は身体が持たんのだぞ」
「確認はする。それでも命令がきたのならそうすべきだ、大尉殿」
「まったくどうなっているんだ我が祖国は。スポーツに戦争を持ち込むなと、あれほど言っても届かんのか」
「だったら金メダルを獲ったお前が将来大統領になって止めてくれ」
「そうしよう。そのためにはここを勝ち、明日も勝ち、大統領戦でも勝たねばならない」
「大丈夫さ。俺はお前に一票を投じるだろうから」
「そいつはどうも、副大統領」
ロシアペアが乾杯してあおりますスポーツドリンクを。
いったいなにを祈念したのか。まるで挑戦者の眼差しとなったロシアペアの反撃が、ここから始まるのだと思うと身震いがいたします。
開き直った実力者は怖いどころじゃないわよ。そもそもが世界ランカー、立場は本来まるで逆なの。それが胸を借りるつもりで次のホールから向かってきたとしたら。
恐ろしいわ、どんな戦い方を見せつけられるのやら。油断したら根こそぎ持ってかれちゃう。
ロシアペアが不気味さを帯びてコネクテッド8番ホールを目指します。戦士の目がまるで前をゆくニッポンペアの背を射るよう。
あの変化に水守と大空は気づいているでしょうか?
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