38番ホール 動乱への誘い

 さあ準決勝戦が始まります。オナーはニッポン。


「1209ヤードだって。どうしよっか」


「左右が狭いですからね。確実に600ヤードを飛ばしつつ方向性に優れる技で」


「だったら壊れた人形かな。第2改でいこう!」


 たんたんとルーティーンをこなします水守・大空ペア。緊張は微塵も見受けられません。


 そこがあのふたりの本当にすごいところなのかもしれないわね。

 ふつうこれだけの大舞台なら緊張するなって方が難しいの。それなのにあんな、実家でスマホをいじってるくらいのゆるみっぷり。

 頼もしいったらないわ。


 まったくの想像ですが、もしかしたらふたりがそろいさえすれば、地元の学校で練習している時のような安心感があるのかもしれませんね。


 共依存、と表現したなら暗雲が立ちこめるような不穏さをまとうのよね。逆に二人三脚、とゆえばほっこりとした気分に包まれる。

 ふたりだけの世界。ふたりでひとり。まさにそんな感じのペアよね。


 そんな実家で過ごすふたりが打ちます。メダル獲得を賭けた大一番がいよいよ始まります。


「開幕のォ! ブロークン・マリオネット・オブ・ブリッジヘッド!」


 今日も冴えてるぞニッポンペア!

 方向性はもはや言わずもがな、距離も想定したであろう中間地点をめがけてまっしぐら!


 あれは2打でグリーンをうかがう戦略ね。


 いいキックがあったな。

 落ちた地点がちょうどグリーン向きの傾斜になっていたから、余計に距離が延びた。2打目は楽に打てそうだ。


「やったね美月ちゃん!」


「ええ」


 水守と大空が場所を空けますと。

 登場しますのはロシアペア!

 イギリスを破っての準決勝進出を果たしましたロシアとの一戦です。

 これまでゴルフではあまり注目されることの少なかったロシアですが、どういったペアなんでしょう上野さん?


 どうやら脳あるタカは爪を隠すだったらしいの。

 必要以上の力をひけらかさない、最小限の労力で勝ちを収める、真の実力を秘匿する。いくらでもゆいようはあるわね。

 ようはこれまで本気を出さなかったってこと。そこまでしなくったって勝ってこれた。あの子たちが今日戦うのはそんな相手なのよ。


 ゴルフにおけるイギリスは至高であり続け、アメリカが最強であることには変わりありません。しかしそれら強豪国でも保持し得ない、圧倒的飛距離を獲得した選手がここにいます。

 ロシア代表ポロンスキー、チェレンコフペア。


 準々決勝では途中から、キャリーオーバーがかさんだところからまるで人が変わったかのように飛ばすようになったわね。やっと本気を見せた感じ。

 あのホール以降のロシアはもうすごかったわ。鬼気迫るものがあった。

 あれはもうほんと。

 ゾッくぅとしたわよねぇ……。

 それに食らいついていったイギリスがまたすごかったんだけど、さらに突き放したロシアの暴君ぷりったらもう……下品な話で申し訳ないん——


 下品な話になるんならそこでやめてくれ。

 高木くん、進めて。


 はい。

 大会随一の身長を誇るセルゲイ・ポロンスキーはなんと2メートル12センチ、バスケットボール選手としても通用しそうな逸材が選択したスポーツはゴルフでした。


 シングルでは世界ランク入りしていても優勝はまだないみたいね。レギュラーでもファストでもそれほどパッとしない。

 ただ、ドラコン大会には常連で、よく出場していたわ。あれだけの身長よ、見覚えないほうがおかしいもの。

 ツボにはまると圧倒的な数字で優勝していたわね。


 そんなポロンスキーとペアを組むのは、超有名選手ヤーコフ・チェレンコフ。比較的小柄ながら、レギュラーゴルフで世界ランク2位の実力者です。

 先ほどご紹介しましたポロンスキーとチェレンコフが並び立ちますと、両雄はまるで映画ツインズのようになります。

 現在レギュラーゴルフ世界ランキング1位のジャガー・ウッドに続く2位は彼。ジャガーが劇場型のゴルフを展開すれば、チェレンコフは精密機械のようなショットで常にジャガーにプレッシャーを与え続けていました。

 ジャガーが2位に終わったメジャー大会は5度ありますが、そのいずれでも競り勝ったのは彼、チェレンコフです。


 ジャガーねえ、なんだか懐かしい名前を聞いたように錯覚したわ。

 腰痛で手術して、一度復帰したのにまた休養中なのよね。破竹の勢いでメジャーを獲り続けていたのがずいぶん前のよう。

 彼というライバルを失ったチェレンコフが強敵を求めてペアゴルフに進出してきた。彼の電撃移籍にはそういった意味合いもあるのかもしれないわね。


 そのチェレンコフがPGAを離れて鳴物入りで移籍した先はRIBゴルフでした。

 ペアゴルファーを強力に短期間で育成すると謳い、オイルマネーによって世界中のレギュラーゴルファーがファストゴルフに流れた事件がありました。世界で最初の国際大会はRIBゴルフの手によって。


 グギぬギギギぬねぬ!


 RIBとはリブステーキが語源で、邪魔な骨を除去した、つまりゴルフから冗長な部分を切除したものが進化したゴルフ、RIBゴルフであると。

 ファストゴルフがオリンピック競技名に採択された今も、彼ら一派はRIBゴルフと呼称しています。


 まったく、ファストゴルフってちゃんと呼びなさいってのよ。誰あろうアタシが考えたのよ? ロビー活動がんばったんだから。

 そもそも中東主催なのにリブステーキでRIBだなんて。英語じゃないの。それに骨つき肉なんだからよけいなものがまだついた状態じゃない。謎だわ。

 んう?

 そうなると、中東は資金を提供しただけで、仕掛け人は別にいる? 英語圏の?


 そこが気になりますか?

 ですが本当の火付け役は我が国でした。世界で最初にファストゴルフが興ったのはニッポン、最初の公式大会もニッポン発でした。


 それを国際大会で出遅れたもんだから。グヌヌ。

 そもそもジャパンマネーが昔みたいに強ければこんなことにはァアアアッ!


 ドウドウです、上野さんドウドウ。

 さあロシアが打ちます、彼ら独特のデュアルショットで。


 そうでもないわよ?

 あのデュアルショットに先鞭をつけたのは彼らでも、アマチュアを含めると今後のスタンダードになりそうな感じ。お父さんが息子と戯れて、高校生が同級生と、って動画はよく見るようになったもの。

 サイクロンの次のポピュラーなショットに収まりつつあるわ。


「改めてふり返れば。イギリスのプレーは驚嘆すべきものだった。飛ばすべきところに飛ばし、落とすべきところに落とし。あれぞ王者、あれぞゴルフの真髄というものを目にした。ブラジルのカップイン精度も高い領域にあった。君たちに敗れはしたが、アプローチの頂点を究めたすばらしいラウンドだった。アメリカは言わずもがな。もちろん、君たちの飛距離にも目を見張るものがある。しかし。いずれも至高ではなかった。いずれも完璧でなかった。この意味がわかるかね?」


「すご、英語も上手だこの人たち」


(少しだけクセがありますね)


「では完璧とはなんぞや。ペアゴルフにおける完璧とはなんぞ」


「ペアゴルフはその性質上コースは長大で、最長は1マイルをも越ゆる。ゆえにそれを制すのは飛距離。飛距離を制した者がペアゴルフを制す。では飛距離とはなんぞや?」


「飛距離とはパワーだ。圧倒的なパワーが飛距離を我がものとす。ではパワーを体現する打法とは?」


「人体が重量物を遠くへ投げようと欲したとき、ハンマー投げの一連の動作が理想。ハンマー投げこそが至高なのだ」


「ゆえにお目にかけよう、これが! ロシアの!」


「目にも見よ! この鍛え上げられし肉体美よりいずる、無限の仕事量を! ウオオオオオオオ!」


 チェレンコフの両足をポロンスキーが掴んで振りまわします! チェレンコフの手にはドライバー!


「なにあれ! なんなの!?」


「あれがロシアペアのデュアルショットです、ハンマー投げを模した。ネットやニュースではジャイアントスイングショット、略してGSSと」


「だからって? それを人間でやる!? ハンマー投げを人間に置き換えてやる?」


 何度見ても異質よね。あれで正確なショットが生まれるのだから脅威だわ。どうかしてる。


 その派手さからジャイアントスイング系に分類されてはいますが、その実あのフォームはハンマー投げです。支えるのは一般的な太ももでなく、足首。

 まず最初は体を固定してチェレンコフを振りまわします。そこですでに驚きの光景なのですが。

 ここからさらに自身も高速で回転し、遠心力を最大限に高めていきます!


「オオオオオ! ボストーク1号!!!」


 行ったァーーーー!

 ユーリ・ガガーリンを世界初の宇宙飛行士にしたロケット、その名を冠した一打がコネクテッド6番ホールを貫いてゆくゥーー!

 本コース屈指の狭いフェアウェイに、ロシアの一撃が炸裂しましたァ!


「ウォオオオオオオオオオ!!!」


 ものすごい雄叫びね。雄々しさにキュンキュンしちゃう。


 しかし大切なパートナーを放り投げましたが……。


 ああ、あれ?

 カメラはボールを追うからVTRにはあまり写ってないのだけど、どうも毎度らしいのよね。

 ポロンスキー選手が学生時代までやっていた競技ってハンマー投げだもの。あれだけの渾身を振り絞ってスイングしたら、チェレンコフ選手を保持できる腕力なんて残されてるはずがない。

 だったら離すよりほかないでしょ。


 まあ華麗に着地もできていますから。これ以上は外野が詮索しても仕方がないのかもしれません。


「フッフフ、見たか。これが現時点で世界最長のショットなのだ」


「すっご、ティグラウンドがズタズタじゃない」


「オゥ、これだけがネックよ。グリーンキーパーには悪いことした思うちょる」


「ほんとだよ。時代はSDGsだよ」


「ノゥ、あなたたちもマリオネッ・ショッ打つとき地面をめちゃめちゃ削っとる。おあいこ、おあいこ」


「ふふん。にしても。世界最長か、勝てるかな」


「つばめさん? まさか。他国の試合を見てくださいとあれほど」


「だってマコっちゃんとヤマトくんさえ見とけばいいかなあって。きっと決勝で当たるし、どれだけ強くなったか気になってて」


「ふぅ、もういいです、それでも勝ってしまうのがつばめさん、ですよね?」


「そゆこと〜」


 でもあれ、大丈夫だったかしら?


 たしかに。最初から左に飛び出して、最後にぐんと曲がってラフに入りましたよね。右に海、左はブッシュです。どちらもOB、ボールはブッシュの方へと向かいましたが。

 OBになるほど曲がっていったようには映像では見えませんでした。ドローンとジャッジが確認のためにボールを探しています。

 っと!?

 白旗が振られていますか!?


 !!!

 徹底抗戦の合図よ! 相手を一人残らず地上から殲滅するという——


 あれはOBですね。ロシアの第1打はOBになりました。


 急にあしらいが上手になってきたじゃないか。いいぞ高木くん、その調子。


 ヒド!

 にしても。

 準決勝まできたペアが、スタートホールでいきなりOBなんて出すゥ?

 でもこれで日本は世界一に一歩前進ね。


 ところがそう簡単じゃなさそうだ。

 見てよ2打目地点にいるふたりを。

 1ポイントを先取した高揚は微塵も感じられない。むしろ戦慄しているよ、ロシアの距離に。


「えっと? なにあれ」


「ですよね」


「ちょっとちょっと、ここってだいたい600で合ってるよね? だったらなんであんな遠くで旗が振られてんの? いくらなんでも飛びすぎじゃない?」


「先ほどは会話に夢中になってボールのゆくえを真剣に追ってはいませんでした。もちろん途中から遠すぎて見えなくなるので、仕方のない面もあったのですが。それでもボールがどれくらいの勢いで飛んでいくかには注目してもよかった。なるほど、そういうことですか。わたくしもあの特異なデュアルショットに惑わされていたと」


 ロシアが放った、OBとなったボールの推定飛距離が出ました。なんと!?

 691ヤードです!?


 690ぅぅ!?

 OBだから非公式とはいえ、昨日アメリカが出した世界記録があっさり抜かれちゃってるじゃないのよさ!

 690って、それ本当? フォントゥーなの!?


 残念ながら。

 ボールが木などに当たってコースに戻っている可能性に基づいて、ボールを探しに向かっていたのですが。発見した位置からティグラウンドは、GPS計測で691ヤードであると。


 ふむん。

 それこそなにかに当たって延びた可能性もないではない。にしても……。

 さすがはイギリスを倒した暫定王者ね。実力はやっぱり本物か。


「そんなに力まなくったってここは2打狙い、でよかったんじゃない?」


「そうはいかん。君たちは隙あらば直接カップを狙うてくる。であるならばこちらもそれ相応の心構えで臨まにゃならん。このホールはゆずるが、次からは全部獲るつもりで臨む所存」


「へえ。負けないよ、こっちだって!」


「今さらだが。よい試合にしよう」


「健闘を祈る」


「ええ」


「ありがとう。でも勝つのはボクたちだ!」


 ニッポンはコース中ほどにつける第1打を放ち、ロシアはコースの7割ほどを目指す作戦に出ました。

 結果はロシアのみOBとなりギブアップを宣言、ニッポンが先制の1ポイントを獲得しました。

 幸先のよい出だしとなった水守・大空ペアに、ロシアの規格外の飛距離が陰を落とします。コネクテッド7番ホール以降の展開やいかに?

 第34回ロサンゼルスオリンピック、ペアゴルフの決勝に進むのはロシアか、それとも我らがニッポンか?

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