24番ホール フォローバックがとまらない

「なんでボクたちのオリンピック出場権が危ないのさ」


「怒らないでください、まだそうと決まったわけではないのですから。順を追ってご説明します。かつてバシュタールの惨劇というものが起きてですね」


「なにそれ」


「やっぱりご存知ないのですね……。その日は奇跡的に風のない日だったそうです。ただでさえ短いホールが、いつも荒れ狂っている風を失うとどうなると思います?」


「それは……」


「イーグルラッシュです。ほとんどのペアが毎ホールでイーグルを奪いあうとんでもない大会になりました。まだパットをしていた時代にですよ?」


「うええ、そりゃあ大事件だ」


「でしょう? あんなものはゴルフとは呼べません、ただのドラコン大会です。駆け引きも戦略もない、ただ正確に打てた方が勝つ比べっこ勝負。1日で6アルバトロス、32イーグル、95バーディはペアゴルフの汚点とさえ」


「うはあ、それで惨劇、か」


「それ以降、国内外のペアゴルフを誘致したいゴルフコースの拡張計画が進んでいるのです。その結果として、実力がそこそこの選手たちは取り残されることになりました。優劣を競い合うスポーツ競技としては当たり前のことではあるのですが」


「なるほど、じゃあボクたちは実力がそこそこの選手ってわけ。それでボクたちがオリンピックに出るのに反対、舞浜学院を出せって論調になるわけか」


「春を制したのは舞浜ですしね。わたくしたちも夏の大会で成長し、世界にも通じるショットを編みだしてみせました。ですが量産までは。真の実力差は明らかです。視聴者の目にも、わたくしたちが毎度綱渡りをしながらショットを放っていたのは周知の事実ですから」


「え? バレてるの?」


「ええ、バレバレですとも。同じだけ飛ばすにしてもその精度、頻度、確実性でどちらが優るか。全日本オリンピック委員会がどんな判断を下すか、わたくしたちは裁定を待つ身です」


「むむむむむ」


「見守りましょう、わたくしの予測が当たっていれば、たぶんそれに先駆けてこの番組でほのめかされるはずです」


「!? CMが終わった! 始まったよ!」


 今日はスタジオに全日本プロペアゴルファー協会の理事であります、上野真冬さんをお招きしております。

 よろしくお願いいたします。


 よろしくぅ。

 今日はなんでもしゃべるわよ。そのつもりで来たわ。


「ほんとだ! なんでもしゃべるって!」


「しぃー」


 はは、お手やわらかに。


 こちらこそよ。


 さっそくですが、上野さんが解説をしておられました、1ヶ月間の延期という未曾有の危機をのりこえた高校生ファストペアゴルフ大会について。

 ようやく終わりましたね。


 そうなのよ。いろんなことの起こる大会だったわあ。

 台風直撃に噴火、今日はそろそろ季節はずれとなる残暑だったわね。ほんとぅーに暑かった。大会側が用意していた無料配布のペットボトルが全部なくなるほどだったのよ。


 文字通りの熱戦であったと。

 そんな中で頂点に立ったのは、男子ペアがひしめく中での長崎東西高校、女子のペアでした。


 あれはもうほんと、みんなの願いが結晶になったようなペアよね。

 考えが柔軟な高校生の発想力、それを技にまで昇華できる実力と努力、大会中のここぞの場面で用いる胆力。

 それらはなにも長崎東西に限らず、参加したすべての高校がそうだった。高校生ならではの熱闘が毎日続いたわ。もうね、お腹いっぱい。感無量よ。


「いやぁ〜、それほどでもぉ〜」


 これまでは地域ごとに小規模で行われていたペアのゴルフ大会ですが、ついに全国規模の大会が、高校野球と同じく春夏そろいました。

 試合内容も従前のファストゴルフから離れ、新たな技術収斂が起こり、ペアゴルフとしての進化がいよいよみえてきたという印象です。


 視聴者の方に向けてご説明すると、春の大会までのペアゴルフはあくまで個人競技の延長だったわ。多少協力する場合がある程度の。

 例えるなら春大会までの舞浜学院、あるいは国内大多数のプロペアゴルファーのようなプレーよね。堅実につなぐスタイルのゴルフだった。ハザードに捕まっていれば出し、グリーンを直接狙えなければ横に出して。

 それが今のように盛り上がるきっかけになったのは、SNSでトリックショットの動画が流行したこと。2019年の大幅ルール改正をきっかけに、SNSでトリックショットを披露する動画が多数投稿されたのがペアゴルフの興り。今もそうした土壌から日々、新しいショットが生まれているの。世界は先を行っている。

 ペアゴルフのらしさが光ったという点に注目するなら、1回戦で長崎東西ペアが使ったデュアルショットがその最初の発露だったように思うわね。


 まさに今大会で活躍した高校生たちが、日本のペアゴルフ界の先頭に立った印象です。


 そうなのよ。事実、SNS動画でブームを引っぱってきた子たちが今、ペアゴルフ界を牽引してる。だから若い子たちにペアゴルフの上級者が多いのよ。


 なるほど。


 すでにソロゴルファーとして活躍している選手がこれからペアを組む相手を見つけ、デュアルショットをマスターするのは容易ではないわ。それくらいペアゴルフは分岐して進化したの。今夏はその節目となったように思うのよ。

 ソロゴルファーが不振を理由にペアに転向できるのはたぶん今年が最後になったわね。だって来年からはこの大会をくぐり抜けた、あるいは触発された選手たちが闊歩する時代になるもの。

 ペア戦国時代の到来よ。


 上野理事は先日、新しい時代の到来をデュアルショット元年と表現していらっしゃいましたね。

 ところがそうしたレベルアップによって懸念点も浮き彫りとなりました。すでに高校生にすら国内のゴルフ場は狭いと。

 今選手権大会には国内では最長クラスである皐月の佐野をあてたわけですが、それでも短かったように見受けられました。


 各校、各選手とも工夫をこらしてどんどん飛距離を伸ばしているからよ。来年には、18ホールで10000ヤードを超えるゴルフ場が相次いで誕生するって噂もあるみたいね。


 10000ヤード!

 それはとてつもない距離ですよ?

 今パパッと頭の中で電卓を打ちましたが、平均550ヤード越えです。550といえばソロゴルフのパー5の距離に相当します。

 それが毎ホールですか、ははぁ。


 推して知るべし、よね。

 ところが世界はその上をゆくから手をつけられないの。最初は洒落もあったと感じているのだけど、1マイルを謳うホールだって出てきているのよ? 1ホールだけで1760ヤード以上。

 そんなホールを内包したら合計で10000なんてすぐよ、すぐ。通過点でしかないわ。


 いやあ、おそろしい世界です。そんな時代がすぐそこまで来ているんですね。

 さて。

 上野さんも覚悟してきたとおっしゃったように、ここから本題に入るのですが。

 優勝校である長崎東西についての談話はこの番組よりも前の時間でお伝えしましたので、この番組では来年のオリンピック、2028年夏季ロサンゼルスオリンピックについて焦点を当ててお聞きしたいと思います。

 ズバリ、本日の試合直前に発言されました、オリンピックの出場権に関して言及された件について。

 その後いかがでしょうか。


「きたッ!」


「……」


 なかなかの反響があったわよね。Xのトレンドにも上がってたとか? 

 アナタのゆわんとしていることは分かってるつもりよ。そこは心苦しいのよねアタシも。

 本来なら文句なし、今大会優勝の副賞として、長崎東西にそのチケットを渡して終わりなのだけれど。

 これは本来アタシが墓まで持ってゆかなければならない話なのよ。でもゆうわ、舞浜学院と長崎東西の栄誉のために。

 んま、今日はこれを広く発信するために、この番組のオファーを受けたのよね。眠いのに。


 おお。

 その、内容とは?


 実はね、舞浜学院は千葉県大会を優勝した時点で、全国大会への出場権を獲得した時点でオリンピック代表に内定していたのよ。アタシの独断でそう決めたの。なぜなら、いま国内であの子たちよりも優れたペアゴルファーがいないから。

 実力は春大会の制覇で折り紙つきだったわよね? さらにあの子たちにオリンピック出場を前にして箔をつけさせるため、あるいは実践経験を積ませるため、アジア予選の前哨戦とするために春大会と夏大会を企図したのよ。

 あけすけに言えば、舞浜学院のための出来レースだったってわけ。


「んんん!!!! んんんんんんん!!!!!!」


「ごめんなさいね。お口が自由ですとうるさいので。もう少しだけ、黙っていてもらえますか?」


 おお、なんと……!


 んあのね、誤解だけはしないでほしいのよ、ペアゴルフ全体を盛り上げたい気持ちに嘘はないから。これからも絶対に盛り立てていくし、当然毎年開催にするつもり。必要な施策はどんどん取ってく。制度も、施設だって用意する。ルールもどんどん国際準拠のものに変えてくわ。シャクだけど。

 ただ今年の主役だけが大会前から決まっていたってだけ。


 その主役が、ペアゴルフ界に彗星のごとく現れた二宮姉弟だったと。春の大会で猛威を振るった姉弟は夏大会でも健在、他校とのレベル差は歴然でした。まるで異質、まるで将棋の藤井八冠のようでありました。

 ではそこに? 意図せず長崎東西高校が現れたと?


 その通ぉり!

 まさかまさかのスタア誕生だった。

 赤井さんは彼女たちを流れ星と表現していたわね。裏でコソコソ動き回っていた悪の上野真冬サウルスは、まんまと長崎東西という名の巨大隕石によって絶滅させられてしまったというわけ。

 個人的に応援はしていたのよ? だってかわいいもの。かわいいは正義よぉ〜。

 それが誤算も誤算、めざましいスピードで大会中に成長して、ついに頂点にまで上りつめて。

 完全な想定外だった。でも嬉しい想定外よ、それだけはまちがいない。

 オリンピック直前で、日本は世界と戦えるレベルの選手たちを、大会を経ることでなんと2組も用意できたわ。これで密かに温めていた計画を4年早めることができるってわけ。

 アタシは最初からずっと、ロサンゼルスの次のブリスベンに焦点を絞っていた。でもこれで遠慮する必要がなくなったわ。

 改めて。

 打って出ましょう世界へ。4年早めた2028年夏季オリンピックに。ロサンゼルスオリンピックに、二宮姉弟と大空ちゃん水守ちゃんペアで!

 まだまだ荒削りでもったいないのだけれど、あの輝きを、来年のオリンピックでこそ見たいわ。


「キタぁあああああアアアアア!」


「…………」


 これで舞浜学院に出場権を与える件に合点がいきました。つまりは事象が逆で、二宮姉弟のレベルにある水守・大空ペアにも出場権を与えるのだと。


 その理解で正しいわ。


 しかし舞浜はともかく、長崎東西高校はオリンピックに出られますでしょうか。


「んう?」


 無茶をくり返す大空選手はともかく、水守選手は深刻な故障をかかえているように見受けましたが。


 そこなのよ。

 だから今は保留としたいのよ。だってそうでしょう?


「ぇ」


 大空ちゃんはいいの、時間さえかければ治るもの。でも水守ちゃんのはそうじゃない。

 彼女の体調不良は暑さや緊張によるものではなかったことが大会後に明らかになったわ。オリンピック代表選手に関する事項なのでこうして開示せざるを得ないのだけれど、彼女は根治不能なタイプの持病を抱えているの。


 それは!?

 いったいどういった種類の病気なのでしょうか。


 アタシの口から言えるわけないでしょうよ。


 ですが全国制覇してみせたトップアスリートでもあるのです。高校生とまだ若い。

 期日までには体調をもどし、また元気な姿を見せてくれる可能性が大いにあるのでは?


 う〜ん。まあそうね、そういうことにしておきましょう。


 ふくみを持たせましたが?


 黙秘するわ。

 とにかく、今は水守ちゃんの体調快復を信じて待つ。外野であるアタシたちにはそれしかできない。来年の夏に間に合うと信じて、ね。


 そうですね。

 では最後にひとことお願いします。


 いつも応援ありがとうございます。高校生たちの活躍に、これからますます面白くなるペアゴルフにご期待ください。

 あの子たちは、水守ちゃんと大空ちゃんは必ず元気になって戻ってくるので! そして金メダルを獲ります!


 上野さんありがとうございました。以上、予定を大きく変更してお送りしましたスポーツコーナーでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る