23番ホール 風は翼にのる、翼は……

「オレのクラブはボールに当たった一瞬だけボールに押されて速度を落とす。真琴のヘッドはそこで追いつくんだ。信じられるかい? ま、それだけじゃなくてあいつのヘッドスピードの方がちょっとだけ速いんだよね」


「なに言ってんだ、0.2m/sの差は大きいぞ。天と地ほどに」


「クソ真琴、0.2くらい誤差だっての。みてなよ、来年までには追い越してやるから」


「それじゃ私が空振りするだろ? バカめが」


「どっちがバカなんだか。真琴が先に打ってオレがあとから振れば解決じゃないか」


「おまえに後ろから小突かれるなぞ恥辱でしかない。おまえが0.2速度を上げるなら、私も0.2上げてみせる」


「なにを〜?」


「負ける気がせん」


「あははは!」


「仲のよろしいことで」


「そんなことより、水守は大丈夫なのか。無茶ばかりしおって」


「ええ。もう少ししたら薬が効いてきて楽になります。それと同時に立てないほど眠くなってしまうのが困りものなのですが」


「眠いくらいどうだっていいよ。いつだってボクが支えるよ?」


 選手たちがまもなく到着します。仮設3番ホール。おっと?

 やはり仮設3番も延びますか。


 そりゃあ延ばすでしょうよ。聞いて驚きなさい、1241ヤードよ、1241。


 公式戦で1241ヤード!?

 たったいま手渡しで届きました新資料に目を通しているところです。普通の丸々ふたホール分よりも長いじゃないですか。


 だって名物ホール改修の機会だもの、ただでさえ延ばしたいところ。

 さっき裏から関係者に聞いてもらったのよ。実は来期に予定されているプロの大会で披露するつもりがあったみたいね。それに向けて準備していたのを急きょ延長戦のために開放することにしたらしいわ。


 ははあ、ずいぶんと思いきりましたね。

 あれだけ見事に、たったの2打で攻略されてしまうとゴルフ場関係者も脱帽、秘蔵っ子を引っぱり出さざるを得なかったと。

 しかしこれは英断ですよ。より本大会に華を添えることになります。


 そういうことね。

 他のゴルフ場が軒並み1000ヤード越えを作るのなら、佐野コースは1200の大台に乗せてくる。これはただの妄想の言葉遊びだった。まさか本当に実現するとは。

 言霊って時々びっくりするほど仕事をするわよね、不思議だわぁ。


 そのまさかの1241ヤード、パー8。

 世界最長クラスとされる1マイルにはまだ遠くおよびませんが、堂々の現時点国内最長ホールのお披露目です。その前人未到のホールに高校生の頂点が今から挑戦します。


「この戦いはさ、もうどちらかがオストリッチを出すまで終わらないんじゃないか?」


「押すとリッチに? おジイな院長先生に気をつけるように言っとかなきゃ。それはどんな手口の新型サギなの? そこんとこ、詳しく!」


「いや、ぜんぜん違くて、英語でダチョウのこと。コンドルのさらに上、マイナス5打で上がるとオストリッチっていうのさ」


「へえ〜、ヤマトくんは物知りさんだね」


「大和はこう言いたいんだろ。パー8の3打上がり、つまりこのホールを2打で乗せた方が優勝だと」


「こっちはもう、1周目で2オンさせちゃってるもんね〜」


「距離は超延びたんだぞ、さっきやっとだったおまえらなんかで届くのか? 私らはオーバーしたからちょうど良さそうだ」


「なにを〜お!」


「お、やるかアァ〜ン?」


「いえいえ、話が進みませんから茶番はそのへんで」


「ちゃ! チャバン!?」


「ひどいよ美月ちゃん」


「ウフフ、時間は限られていますからね。すでに双方ともに消耗し、先ほどまでのショットはもはや望めません。わたくしは体調をそこね、つばめさんはどこかを痛めてて。あなたがたも腕が万全ではなくなったのでしょう? 替えのクラブもなく。ですから二宮大和さんは、乗せることができた方が優勝だとおっしゃったんです」


「ま、そゆことかな。さすがは水守さん」


「ふうん、そっちもこっちも限界ってことか。打算なし、とことん挑戦して終わろうってわけだね。いいよ、このホールで決着つけよっか。その方がわかりやすい」


「私らは国内最強だ。来年のオリンピックには私ら姉弟が行く。そして証明してみせよう、双子のペアゴルファーが世界最強だということを」


「双子だから最強ってのは論理がおかしいでしょ。いっしょに産まれてないとあなたたちに勝てないとでも? あなたたちよりも一緒にいた時間が長くないと優勝できないとでも? ボクたちは物心つかないうちに出会い、別れ、大きくなってから再会した。それでペアゴルフ歴はふたりとも半年もない。でも勝つよ。そんなボクたちが勝つ。あなたたちのその、鼻っぱしらを折り散らかして」


「フフ、言うじゃないか。期待してるぞ」


「いいねそれ。敗北を知りたい」


 さあ。長崎東西が準備に入ります。


「参りましょうつばめさん」


「ほいきた!」


 なにか思いつめたような表情なのは、水守の体調ゆえか。それともこれからの試技に身構えているのか。繰り出すのはあの、ティマーカーを用いたショットか。


 あれもこのゴルフ場だからこそ使えた戦法よね。

 ティマーカーはそもそもテーパーのついた木片だったり、金属のプレートだったり形状はゴルフ場によってさまざま。あのショットに適した形状を使っているコースなんてそう多くないわ。

 1ヶ月前にここで戦った時のことを覚えていたんでしょうけど、もし噴火の影響で他のデザインのものに差し替えられていたらアウトだったわよ長崎東西は。

 事実、間に合わなかった新品のサンプルをみたわ。新デザインはプレート状だったもの。


 事実はそうだろうが、現実はそうならなかった。無事だったティマーカーをかき集めたら足りたからだ。

 あのマーカーはこのコースの歴史になる。生き証人で、語り部だ。そしてあの子らのショットをサポートすることで歴史の一部になった。

 今さらかもしれんが、あの子たちにはなにか、やはり運命みたいなものがあるんじゃないのか。


 そうかも……しれませんね……。


 ついに最終ホールとなるのか。決着の舞台になるのかもしれない、2周目の仮設3番ホール。

 もくもくと長崎東西がアドレスに入ります。


 本来あれくらいの緊張感はあった方がいいわね。


 あの配置はやはり例の。ティマーカーを利用したショット。

 ついに長崎東西が未知の1241ヤードに船出、おおっとこれは!?


「!?」


 水守ちゃんが!? 倒れるわ!


 スイング中の水守が体制を崩す! ところが大空もすでに試技に入っているぞ!? 

 もちろん空振りは一打にはなりません、しかしボールを指向したスイングから3秒が経過すれば一打となります!

 ここで日本独自のルールが長崎東西の足を引っぱる? どうする大空、万事休すか!?


(これはもう! 止まれないいいいいいいいいいいい!)


「……2っ……!」


「美月ちゃん!? わかった!」


 水守がそのまま打つ? 体勢を崩しつつもそのままクラブを振りにいく!

 がしかし、大空とはタイミングのずれが生じているが!?


「うぁぁぁぁああああああ第4の奥義・改ッ!」


 大空の咆哮、しかしヘッドスピード60メートル毎秒超えのスイングは簡単には止められないが!?

 水守の努力むなしく大空のクラブが先に振られるっ……!


 いや、違うぞ!?


 クラブを地面に突き刺しました!? これは!?


 これまでにも何度も見てきたじゃないか、茅ヶ崎の雷獣ショットだよ。いつもは美月くんのサポートの下だが、今回はタイミングを遅らせるために敢えて。

 果たしてその衝撃にひとりだけで耐えられるのか!? つばめくんッ!


「バイアフリンジェンス・オブ・オートマタァ!!!」


 それでも当てたァ!

 人形師のいない人形だけでしっかりとミートしてみせたァ!

 なんとこの状況下でも水守は的確にボールを大空の下へ! 一方の大空は、急きょ自らも故意にタイミングをずらした上で前に飛ばしてみせました!

 即席の超必殺技はいったいどこへ向かってボールを飛ばしたのか!?


 ううん、案外悪くないわよ?

 さすがは大空ちゃんよね。どんなにタイミングを狂わせられてもひざは微動だにしてなかった。水守ちゃんへの信頼がただ信じて待つという行為に結実した。

 その答えがこれ。もしかしたら意図したままに打つよりも飛距離が出ているんじゃないかしら。


 チャンピオンティよりもさらにうしろ、ストロングティより打ち出したボールが落着した先は?

 なんとフェアウェイだ! 全長が延びたにもかかわらず、およそ1周目と同程度の地点に!

 本番に強い長崎東西はなんと、トラブルにも強かった!


 だけど水守ちゃんの体調は依然心配よね。自力で立ってはいるけれど、どこか普通じゃない空気は常にまとってる。

 このホールで決着がつくような流れになるのだとして、本当にもう一度クラブを振れるのかしら?


 心配されますね水守。

 続いては舞浜学院の試技です。


 え待って。

 あの雰囲気、やっぱり異常よね。あんな怖い舞浜見たことない。

 そもそも両校がともに異常よ。


 異常、ですか。


 だってそうじゃない。

 アタシが思うに、おそらく両校とも2打でオンさせるのを目指しているんじゃないかしら。それほどの覚悟がティグラウンドに充満してる。長崎の鬼気迫るショットはそれを体現していたわ。


 まさかですよ上野さん。

 それを前提として、仮に600ヤードを放てたとしても、それをたとえ2打連続で打てたとしても1200ヤードです。1241ヤードには届かないんですよ?


 そうなのよ。その差41ヤードは果てしなく遠い、いわばベルリンの壁の向こう側のようなもの。

 もちろん正規の手続きを受ければ徒歩でだって、車でだって国境を越えることは可能。でもそれらは刻んだり、アプローチで乗せたりを意味するわ。つまり3打目でのオン。

 だけどあの子たちがいま目指しているのは2オンなの。600ヤードを超える、言わば密出国による国境線の強行突破なのよ。

 水守ちゃん大空ちゃんは橋頭堡を築いてみせたわね。600ヤード越えを実現してみせた。

 舞浜はどうかしら?


「さっきと同じ攻め方なのは癪だが、使う順番を入れ替えることはできない。なぜならドライを打ったあとでは満足なショットが打てなくなるのと、クラブを失ってしまうこと。だからツヴァイが先で、ドライが後だ」


「それでいいよ。あちらさんにはもう一度が難しそうだしね。オレらが2オンしたなら勝てる」


「今回だって当然、確実に飛距離は足りる。だが、おそらくは乗らない」


「はあ!? どうしてさ? いつになく弱気じゃないか」


「おまえにだって本当はわかっているはずだ。ドライには精度がまるでない。飛距離は申しぶんないが、方向性と着弾後のランに大きなばらつきがでる」


「じゃあどうするのさ」


「だからこうしよう。ドライバーはこの際失ってもいい、可能な限り距離を稼いで2打目を楽にする。つまり、ドライが先でツヴァイが後だ」


「ハァ!? ドライが先ぃ!?」


 食ってかかるような二宮弟の表情。それを二宮姉が静かに、黙って見すえます。


「そうしないと負けるってことだね……」


「そうだ。おまえも自ら決断しろ。ドライが先か、ツヴァイが先か」


「とにかく飛ばしにさえ成功すれば第2打が確実なのと、グリーンに乗せるための第2打の精度がイマイチなのと、ね。どっちも博打にはちがいない、その上で勝てるみこみがあるのは」


「ドライ。だろ?」


「しょうがないね、真琴の賭けに乗ろう!」


 舞浜が打ちます。

 この特徴的な構えはクラブを合わせるショットか、それとも同時打ちのショットか?


「この試合最後のドライだ、喰らえ長崎!」


「やあああああああああ!」


 打った舞浜、ティグラウンドに爆発のような火花が炸裂する!

 ボールは!?


「フォアッ!」


 二宮弟から鋭いひとこと、ギャラリーに対して打球を見定めて身構えるよう指示が飛びました!

 ボールは大きく右へ出ている!? これはトラブルだ!


 まあでも大丈夫じゃない? 舞浜のショットは隣のショートホールに飛んでったけどOBじゃないわ。

 ペアゴルフはさまざまな創意工夫のショットがのびのびできるよう、意図的にOBには寛容に設定してあるの。

 と言ってもレギュラーゴルフと比べてってだけよ。池やクリークは動かせないから、それらは変わらずそこにあるわ。

 国際大会もほとんどは同じ考えなのよ。意図せず準拠してるかたち。

 小さくチマチマきざむゴルフなんて今の時代求められていないもの。パットもそう、画ぢからが弱い。ペアゴルファーには堂々と、楽しく挑戦してもらいたいから。

 海外には、あの子たちも真っ青になるような奇想天外なショットが次々に産まれてる。右にも左にも、時にはうしろにも飛んじゃうみたい。

 午前中はもうちょっと楽観できるようなゆるんだコメントをしたわ。でも600ヤードが普通と言われるような時代が、すぐそこまで来ているのかもしれない。


 それは楽しみと言いますか、恐ろしいと言いますか。

 どうしてそれがお分かりに?


 そうね、オンナの勘ってやつかしら。

 距離はこれからのペアゴルファーのひとつの指標になるかもしれないわね。

 まず高校生は400ヤードを超えうるか。

 次に500ヤード、そして600。

 世界はもう600ヤード時代だもの。パー5以上のホールを回る前から落とすのが確実視されるようなペアなら、もう世界では戦えないということよね。

 全日本高校生ペアゴルフも、2年目からは早くも戦国時代到来とゆったところかしら。


 ゴクリ。

 では両校は600のチケットを持っていると。


 ふふ、そうね。現時点ではファーストクラスと言ってもいいわね。


 それはすばらしい!


 ただし。

 あの4人には是が非でも操縦席に座ってもらいたいの。次代をになうパイロットとして。

 その資質は十分あると思うのよ。


 いいじゃないか戦国時代。やってこいこい、ゴルフはまだまだ面白くなる。


 日本のゴルフ界の未来は明るいですね!

 さあ、カメラでボールを追いましょう。

 ゴルフは飛距離のみで結果が左右されるものではありませんが、第1打はどちらがより飛ばしたのか!?


 飛距離に関してはやはり舞浜ね。でも隣のホールまで行っちゃったから、グリーンまでの距離なら長崎の方が近そう。勝負は舞浜が勝って、有利なのは長崎かしら。


 だろうな、舞浜はそもそもフィジカルがまるで違う。長崎より50ヤードほど先だろうか、曲がりはしたが700近く飛んだかもしれないな。

 隣のホールのグリーン手前にまで飛んでるじゃないか。


 700ですか!


 彼らの運がいいのは、ここは復旧作業に着手していないにも関わらず、この1ヶ月間の風雨で自然と洗浄されているところ。きちんと芝も刈ってくれている。だからこそOBに指定されていないんだが、あそこならなんの憂いもなく打てるだろう。


 舞浜のボールは無事、コースコンディション的にも問題なく2オンを狙える状況ということですね。

 では双方がグリーンの射程圏内と。


 ただしあの2組だからこそ成し遂げられるであろう、という条件つきなのよね。なにせ600よ、600。


「あなたたちのクラブをダメにするショット、覚悟をみたよ。すごい気迫だった」


「まあね。でも課題の多いショットだよ。現にひどい所に飛んでった」


「あはは」


「でもOBじゃなかった、チャンスはある。でしょう?」


「分かってるじゃないか」


「だいぶ飛んだからね。これでどうにか届くかも、スプーンのツヴァイでも」


「ボクたちだって乗せに行くよ、挑戦するに決まってる」


「もちろんだ。私たちもこのホールの、次のショットで決める」


「じゃあ。グリーンで会おうね」


「ああ!」


「もう気の抜けたコーラみたいなショットを打つんじゃねえぞ」


「そっちこそ!」


 ここで2台のカートがそれぞれのボールを目指して別れます。

 いよいよ次で決まるのか、全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会決勝が、決着の時を迎えるのか?


 可能であれば次打のために600ヤードをこえて打ちたい。それが両校ともに実現したのよ。あれらはきちんと勝利のための布石になったわ。

 両校とも2オンが現実的な位置。ううん、ペアとはいえ600ヤード先のグリーンを高校生が一打でうかがえる奇跡の時間。

 考えてもごらんなさい?

 絶好のコンディション。

 品のいいギャラリー。

 最高のポジション取り。

 至高の選手たち。

 このゴルフ場全体がゾーンに入ってでもいるかのような不思議な空気。

 決まるわよ、次で決まるに決まってる。


「どう、美月ちゃん」


「そもそもわたくしの発病後におけるすべてのショットは、固くて開かない瓶のフタを開けるときのコツだったのです。体への負荷は本来、それほど大きくはありません」


「そ。じゃああと1打だけ、お願いね」


「ええ」


「ボクらもあの人たちみたいに覚悟しなきゃ。クラブを失うくらいのショットを、ここで。だから。ごめんね美月ちゃん、たぶんこれで美月ちゃんのウエッジをだめにする」


「いいの、それはいいのです。でも大丈夫ですか、金属製のウエッジですよ?」


「まあね。なるべく見ないようにして振るよ」


「それと、これはさすがにちょっと」


「ええ?」


 水守と大空が何やらおもしろいことをしていますね? お互いをロープで、腰のところでつないでいます。

 全国大会決勝の緊張感の中で。長崎東西は自由です、自由の翼を持っています。

 時折ふらつく水守のために大空が用意したのでしょうが。あれは、フフ、なんと申し上げたらよいか。フフフ。


 あの子たちらしい、わよねえ。


「いいじゃない、まるで電車ごっこみたいで。それかパズーとシータみたいで」


「ですからそれが恥ずかしいと」


「でもこうでもしないと美月ちゃん、もう自分ひとりじゃ立ってられないでしょ? 文句いわずほら、最後の一打、打っちゃおう?」


「ふふ。そうでした。打っちゃいましょうか」


「直前までしがみついててね。つばめという名の見張りの凧は、すっごく揺れると思うんだ」


「ええ、ご随意に」


 水守・大空ペアがそうしている間に?

 舞浜が打ちますね。林でお互いのプレーが見えません。そのため舞浜も同じタイミングでアドレスに入った。


 クラブを重ねて打つのもどうかとは思うのだけど、輪をかけて異常なのはむしろこのショットよね。

 だってそうでしょう? ほんの一瞬でもずれようものならどこに飛んでいくかもわからない。現にこれまで2度披露してて、すでに1度はミスしてる。クラブを損なわないのが利点ではあるものの、それでも技の難易度は桁が違う。

 タイミングだけでゆえば本大会最高難度じゃないかしら。


「さっきよりも本気で振れよ大和」


「そんなこと言っといて大丈夫なのかい? ドライの後遺症、あるんでしょ?」


「ふっ、誰に向かって」


 双子の間にアイコンタクトが出た!


「いけよ!」


「ツヴァイ!」


 ミートの瞬間にヘッドがかち合ったか!?

 火花が散り、打音とは異なる小さな鐘のような甲高い金属音が鳴ったァ!

 ヘッドを衝突させるショットとは音が違いましたが!?


 でも飛んでるボールには影響ないみたい。めちゃくちゃ飛んでるわ。だったらほんの一瞬だけ触れる程度に当たったんじゃないかしら。


 最下点でクラブが最接近したんだ。触れるか触れないかがベストだとすると、今のは理想のショットにもっとも近いスイングができたんじゃないだろうか。


 およそベストなスイング、ボールには影響なかったとの見方のとおり、先ほどの打球に負けないくらいの大飛球が飛び出しました! これはグリーンまで届きそう!


 こっちも打つぞ、長崎が打つ!


「いきましょう!」


「オゥケイ、やろう! 勝つにしても負けるにしても全力で! 乗せる! 乗せれば勝つ! 乗せるつもりで打つ! だからあなたの名前はオストリッチ!」


「第2の奥義・改三!」


「ブロークン・マリオネット・オブ・オストリッチ……!」


 水守のウエッジを放り投げてからつかみ、地面に突き刺したぞ大空つばめ! しかし鋭利なエッジは地面を掘って進むが!?


 それでもシャフトをいつものようにしならせられたらいいという考えなんだろうよ。どうなってんだまったく、練習もせずに。

 シャフトがしなるのが先か、地面が尽きるのが先か。どっちだ!?


 結局地面を突き抜けて、ボールに当たる! クラブはそのまま、フォロースルーもせずに放ってしまったァ!?


「オロロ!」


「今はがまん! さ、お早く!」


 うしろでヘロヘロの水守ちゃんからドライバーを受け取ったわよ大空ちゃん!?

 ボールはっ!? どこ行ったの!?


 上空!?

 かと思いきや、地上2メートルくらいの超低空です!

 ところが!?

 落ちるのが!?

 遅いような、気がします!?


 それほどまでの激スィ回転なのよォ!


 さあ、すさまじいまでの回転を保持して落ちてきたボールに対し、無慈悲とも言えるドライバーの鉄槌がいま、下されます!


「まだです、今ッ!!!」


「ウィズ!」


「菩薩掌!」


「サイクロン!!!」


 長崎もいったーーーーッ!


 そうか!


 どうかされました赤井さん!?


 たしかにつばめくんほどのセンスがあればサイクロンはいつでもできた。アイアン系に対するイップスもあろうが、あと先考えなければ一打くらい振れないこともないんだ。なぜ今までそうしなかったか。

 あれをみてごらんなさいよ、放り投げたウエッジが見るも無惨な姿に。


 ああ! 放ったウエッジのヘッドが折れ、別々に飛んでいます!


 それほどの鋭角的打ち込みだったんだ。地面を掘ったときよりもさらに打ち込んだんだよ、ボールをミートしたあとで。

 これまでつばめくんは太ももばかりが注目を浴びてきたが、手首もこりゃ相当なもんだぞ。

 だがおそらく、それも今ので失われた。アプローチの名手、美月くんもウエッジを失っては点睛を欠く。

 ということは?

 たとえそうなってもいいとの覚悟のショットなんだ。結果がどうあれ、やはりこの一打で終わるぞこの試合!


 予期せぬ事態にカメラがてんやわんやです。なんとボールが2球同時に飛んでいます! グリーンを目指して!

 舞浜高校は右から、長崎東西は中央から!

 それらはグリーン手前で落着し、広いグリーンの上を高速で転がるゥ!

 もしやイーブンか? それ以前に、オストリッチ達成なるのか!? それも両校同時にか!?


 ちょっ、ちょっと待って?

 あれもしかしてまずくない? ボール同士が当たりそうよォ!


 っと!?

 当たってしまった!? そのまさかが起こってしまった!


 嘘だろう? こっちではすり抜けたように見えたが。交差したように見えた。

 そっちでは当たったように見えたのか?


 はい。画面ではそのように。


 カメラでは当たったように見えたということか。こっちも確証が持てないんだ、なにせ音が遠すぎて聞こえなかったから。


 っと!?

 ひとつはグリーンの傾斜の作用で外に出されました!

 もうひとつは上り勾配に負けて止まりましたが。


 ゴクリ、ということは……?


 すなわち、グリーン上にボールは1個! グリーン上に残ったボールは1個だけ!

 これは大変なことになりました! 


 ではどっちの高校のボールが残って……?

 どっちの高校のボールがこぼれたの?


 この瞬間に優勝校が決定ーーッ!

 っとと、先走ってしまいましたが、それでよいのでしたっけ上野さん? この場合のルールをご教示ください。


 まったく想定していなかったわけじゃないわよ、ちゃあんとルールでうたってある。

 もしも止まっているボールに他者のボールが当たった場合は、双方に無罰で救済が与えられ、当たったボールはそのままプレーを行うことができ、当てられたボールは元にあったと判断できる位置へ戻して再開できる。

 すなわちレギュラーゴルフと同じルールなの。

 一方で、どちらもが動いているボールだった時。この場合は双方が無罰で、両方止まった位置からの再開となるわ。つまり。


 グリーン上に乗っている方が優勝で間違いない。

 あとはそれが、どちらが放ったものだったのかということだ。

 さっきボールは当たったのか、すれ違ったのかということだ。


「さすがのつばめさんでも両校白いボールでは相手が悪いですか」


「いや〜、そうでもないよ? はっきりとみえてるんだけど、ちょうどメーカーの名前の向きが悪くって」


「600ヤード先なんですよ? 呆れました、さすがです」


 ひとつの大仕事を終えた大空、水守をカートに座らせ、ひもを外します。

 水守も最後まで闘いぬきました。立派でした。


「じゃあね、美月ちゃんはカートでゆっくり来て? ちょっと行ってみてくる」


「ええ。どうぞご随意に」


 大空が走る!

 急に大空がグリーンに向けて駆け出しました、が?

 どういった行動でしょう?


 ボールを確認しに向かっているんじゃないかしら。


 隣のホールでは二宮弟も走っている! こちらもまた同じ理由からでしょう。


 ははは。

 安全速度制限のカートよりも高校生の全力疾走の方が速いからなあ。

 走れ若人、オリンピックは君たちのものだ。


 はたしてグリーンに残ったのはどちらだったのか!?


 ちょっと待って! グリーンわきにいるジャッジを誰か止めて!

 ボールは1個しか乗ってないの! だからもう勝負はついたの!

 最終的に試合終了のコールはジャッジにしてもらわなきゃならないけれど、ボールを確認して歓喜するのも悲嘆するのも、ここは選手たちにゆだねてあげてぇっ!


 悲痛な上野さんの叫びがグリーンにまで届くでしょうか。

 そうしている間にもジャッジがグリーンへと駆けよります。


 まったく同意見だ、無粋なジャッジめ。

 その役は俺に任せてもらおう。なあに、荒事にするつもりはないよ。


 どこからか手に入れたセグウェイを乗り捨てた赤井さんが、ええっと。

 こちらからは羽交い締めにしているようにしか見受けられませんが……。


 俺に構わず行け! 二宮くん! つばめくん!


「え、いや。えっと。あ、はい……」


「ありがとう赤井のおっちゃん!」


 素直に受けとる大空と、得体の知れないものを見るような二宮弟です。

 グリーンには同時にたどり着いた両校、黙ってボールを見下ろします。パー8の仮設3番ホール2周め、オストリッチを達成したのはいずれの高校か!?

 両者目を合わせ、お互いうなずきましたが?


 ご、ゴクリ……!


 ボールを高々と力づよく、拾い上げたのは大空ァ!

 グリーン上のボールは長崎東西の放ったものでした! 水守・大空ペアの優勝ーーーーッ!

 長崎県代表・長崎東西高等学校が第1回大会の覇者となりましたァーーーー!


 ぼべでどう大空ぢゃん! 水守ぢゃん! ああああばばばばば!


 上野さんが大号泣です。

 見守っているこちらも苦しい闘いでした。見守る戦いでした。


 涙がどまだだぐだるでじょ! あだだだあああああ! ぼべでどうぶだりどもおおおおお!


「オレたちは水守さんの体調がどうあれ、手は一切ぬいてないからね」


「知ってるよ」


 両校握手です。


「必殺技、叫んだほうが気持ちいいっての、今なら少しわかるかな」


「でしょう? ぜっんぜん気持ちよさが違うもん。もっといい名前つけようよ、ツインズショットとか、双頭の荒鷲とか」


「はは、考えとくよ」


 ここでカート組が追いつきます。


「ダメだったか」


「うん。あそこで当たってさえいればもしやってところだった」


「当たるのを期待している時点で負けだ。おめでとう大空さん。水守さん」


「えへへ、ありがと」


「ありがとうございます」


「だけど来年は負けない。君たちは1年生で私たちは2年生だ。来年また、ここで会おう」


「できれば決勝でね。1回戦とか準決勝だともったいないから」


「ええっと、それは————」


「ええもちろん、ここでお会いいたしましょう」


 興奮冷めやりませんが。

 これより表彰式へと移ります。


 いろいろあって長引いちゃったものね。急いでやんないと日が暮れちゃう。ここはまだ照明設備が復旧できていないから。

 屋内でやってもいいのだけれど、せっかくなら決着の舞台となった仮設3番のグリーンでやりたいものね。


 なお、3位決定戦は北端商業が完封にて仙台育米を沈めました。すばらしい内容のワンサイドゲームでした。こちらのもようは配信にて、詳しくお伝えいたします。

 さあ優勝旗です!

 立てない水守の代わりに、大空が。

 疲れ果て、身体を痛めた大空が旗の重さでよろめきます。


「重っも……。ぐおぉ地味に痛い」


 はは、あんなに小さかったんだよなあ。

 よく戦った。

 よく勝ったなあ。


 カートに座ったまま歩けない水守のところへ、大空が優勝旗を届けます。


「おめでとう美月ちゃん」


「おめでとうございますつばめさん」


「あはは、やっと半分だね」


「やっと半分ですね」


「あーのさ。やっぱね、第2の奥義・改三。サイクロンじゃなくてタイフーンホバークラフトの方がよくなかった?」


「それをわたくしに選べと?」


「うん」


「どちらも嫌に決まっています。決まっていますが。今の方が……。まだ……」


「がまんできるってことね、って。寝ちゃったか」


 水守の満足そうな寝顔をカメラが捉えました。やりきった水守を大空が支えます。片手に力尽きたパートナー、もう片手には優勝旗。


 映えよね! ゔ映え!


「っとと!? あれれ美月ちゃん!? 寝ちゃったの美月ちゃん様!? インタビューはドーンとお任せだったんじゃないのう? どうしていま力尽きちゃったのかな? お〜い! ハロー? ハロー? もしもしもしもし? おお〜〜い?」


 高校生たちがまさに全力を出しきって躍動した大会でした。第1回にふさわしい内容で、人々に勇気と希望を与えて閉会できることを誇りに思います。

 上野さんありがとうございました。


 ごちらごぞよう! 最後はぜんぶまがぜぢゃっでごべんでえ!


 いいんですいいんです、理事の大役もお疲れ様でした。

 赤井さん、たいへんお疲れ様でした。

 赤井さんは結局、長崎東西とその他合わせて本大会の全日程を共にしました。そのあたりいかがでしたか。


 まあ言っても3日半、大会1回分くらい歩いただけだがね。これで孫への義理を果たせたよ。しかし得たものは想像以上だったかな。

 『ファストゴルフなんて』とか、『ペアゴルフなんて』と言うゴルファーはまだまだ多いし、ペアでのラウンドが禁止されているゴルフ場もないわけじゃない。

 そうして倦厭する人たちの目に、彼ら彼女らの躍動がどう映ったか。

 ペアゴルフもまたれっきとしたゴルフだよ。高校生たちがこの夏、それを証明してみせた。感無量だよ。


 おっしゃるように、まさに熱闘と呼んでふさわしい大会となりました。

 さて、決勝戦前の上野さんの言葉がそのまま通りますと、長崎東西がオリンピックの代表として名を連ねることになるんですけども。今後はそのあたりにも注目して高校生ファストペアゴルフを追いたいと思います。

 実現すると信じて待ちましょう!


 そのことなんだが。

 いや、いい。めでたい、このまま終わろう。

 高木くん締めてくれ。


 ええっと、はい。

 それでは。

 第1回全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会の全日程をここ、皐月ゴルフクラブ佐野コースよりお届けいたしました。みごと優勝をきめたのは、長崎県代表・長崎県立長崎東西高等学校でした。

 それではまた来年、第2回大会にてお目にかかりましょう。さようなら。

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