7番ホール せめて、人間らしく

 明けて台風一過です。

 風の残り香は未明まで。たしかな8月の日差しと、猛烈な暑さが戻ってまいりました。


(いつもの、あの音楽)


 大会3日目。最終日です。

 昨日までとはうって変わっての陽気、皐月カントリークラブ佐野コースにしっかりとした残暑がもどりました。本日の予報は午前中でも33度越え、午後2時には36度の予報となっております。

 最終日も解説は元プロゴルファーで現在全日本プロファストゴルファー協会初代理事の上野真冬さん。

 コースレポートは全日本ゴルフツアー機構会長兼シニアプロゴルファーの赤井勇さん。

 進行はわたくし東中央テレビの高木翔でお送りいたします。

 よろしくお願いいたします。


 はい、よろしく。


 んよろしくお願いしますぅ。

 昨日の雨はアタシの髪をクリックリにしてくれてホント散々だったけれど、それでもいくらか涼しかったもの。

 選手たちはようやく気持ちよくクラブをふれる反面、今度はむせかえるような暑さとも戦わなきゃならないわね。


 そうですね、この暑さに対処できるのか、北・北海道代表の北端商業高校。コースではすでに30度を越えているとの情報です。


 じゃあ体感温度が最悪だわ。

 ゴルフ場は風が通りぬけても湿度がね。地面が昨日の台風でしっかりと水分を蓄えているから、空気の密度が圧倒的よ。見ているだけで蒸れてきそう。


 気の毒に感じますね。

 さて、各校に詳しく触れてゆく前に、まず昨日の放送についてお伝えしなければならないのですが。

 昨日は午前中の2回戦のみを放送し、その後の3回戦は配信のみで映像をご提供いたしました。地上波でご覧の方々には2回戦のあと突然4回戦となっております。

 申し訳ありません。この辺り、テレビに携わる者としてたいへん心苦しく感じています。


 地上波で追っている方には、2回戦を勝ち上がった高校の半数がいきなり今日になって姿を消したことになるものねえ。いくらネットで見れるって言っても、ねえ?

 ここは民放の痛い脇腹よね。たったの3日とはいえ朝から日が暮れるまでだもの、まったく理解できないではないの。でも来年からはきっちり、ワクを確保してもらいたいわよねえ。

 たとえ深夜であっても、短く編集しててもいいと思うの。

 編成の方? 聞いてるでしょ? あのとき『高校野球と同じに』ってお願いしたの覚えてる? アタシいま、理事として発言してるからね。来年は頼むわよぅ!


 私からもお願いいたします。

 さあティグラウンド。

 これから第1打を打ちます長崎東西高校へ、拍手を送りながら北端商業高校のエース小泉が近寄ります。


「いんゃあ、すんばらしい! ナィススイング!」


「え、そう? 素直にありがとうって言うよ?」


「ジュニアからやってる子って独特の振りをしてるじゃないですか。そこいくとあなた、そのお身体でいてかたちは男子プロのそれ。一皮どころか全身ずる剥け。トップのかたちなんてなまら完璧じゃないですか。いったいどなたに師事されて?」


「トップの? 指示? ええっと……」


「顧問の先生です? それとも近隣のティーチングプロ? スクール通いですか? 血縁に著名な選手が?」


「おっと、ととっと」


「そんな性急ではこちらも戸惑ってしまいます。それに今は対戦中。どうぞ私語は慎まれたほうがよろしいかと」


「そんなぁ! 僕かぁね、あなたがたと1日楽しく回りたいんですよ。もちろんおおいに鎬を削りながら。ちょっとした会話くらいは構わないですよね? ね?」


「どうしてボクたちの対戦相手は会話したい人たちが多いのかなあ」


「ね。彼らなんて普段から共学でしょうに」


「あなたがただってお互いおし黙って、ギスギスしながら回りたくはないでしょう? ほら、きのうの難波実業さんとはあんなにも楽しそうに回っていたじゃないですか。観ましたよォ録画して。僕らにもおんなじに接してもらえたらなあって。3年生とか1年生とか気にしなくてもいいですから。ダメかなぁ?」


「まあ。別にいいけど」


「そう来なくっちゃ! いんやあ、今日は楽しめそうだ!」


「なんだか、調子狂うなあ」


「ええ……」


 今日も談笑から始まりますか長崎東西は。


 あの子たちにはなにか、人をひきつけるものでもあるのかしら。


 相手の北端商業もまた会話しながらのラウンドを好む高校です。ところが気になる点も。


 気になる?

 そんなデータあったかしら。


 これはほかの数値データとは少し性格が異なるのですが。

 どんな名門校も名選手も、北端商業と当たるとスコアを平均0.4打増やして敗退します。


 うむん?

 気づいてなかったわ、対戦時の相手校の成績ね。

 ふむん。

 全国レベルの子たちがひとホールあたり0.4も? しかも平均の話なのよね?

 そこまで数字に出るとなると……たしかに異常よねえ。


 いえ、北端商業が何かを仕掛けているなどという証拠は一切なく、特に小泉に関しては今大会屈指の名選手のひとりでもありますし。


 もしかしてぇ、呪い? 北端商業は呪術のたぐいにでも長けているのかしら?


 ハハ、それじゃ呪力に秀でた呪術高専が優勝しちゃうじゃないか。

 ゴルフの勝敗は単純なゴルフ能力の優劣で。選手たちも当然わかっているさ。


「聞いたところによると、組み合わせ上からあなたがたが毎度オナーになってスタートしてるって聞いたんですけど」


「ほへ?」


「? そうですね?」


「ところがそれって、ルールで明確に定められているわけではないらしいんですよ。ご存知でした?」


「はあ」


「スタートならどっちが先に打ってもいいし、フェアウェイ上でもボールを探している状況なら準備ができた方が先に打ってもいい。打順って、今や昔ほど厳格ではないんだそうです」


「へー、そうなんだ。それで?」


「おチビさんは話がわかる人っぽいですね」


「お? おち?」


「あっと、気を悪くしました? ごめんごめん、僕らがムダに、でかいだけ。字あまり。そこで提案なんですけど、僕らが先に打ちましょうか? 毎日最初の一打があなたがたからでは気疲れしちゃうでしょう?」


「そんなでもないけど。ねえ?」


「はい」


「まあまあ、そう邪険にせずとも。これはあくまで善意から。よかれと思ってご提案させてもらっておりますよ? えぇ。いかがです? たまには気楽に2番手というのも」


「う〜んと。どうしよっか美月ちゃん」


「そうですね。先制すればプレッシャーを相手に与えられますし、ミスをすれば落ちついて対処する機会を相手に与えることになる。もちろんそれは両校に言えること。どちらも同じ条件ではあります」


「んで? どうされます? どちらが先に? どうぞご用命を」


「じゃあいいよ、そっちが先に打ってよ」


「ほいきた! うけたまわりましたよぉ〜」


 あら?

 オナー交代のようね。


 長崎東西と北端商業の間でなんらか取り決めたもよう。組み合わせ順なら長崎東西が先に打つところ、北端商業がアドレスに入ります。


 この辺り自由になって本当によかったと思うわ。何でもかんでもルールでがんじがらめなんて息が詰まっちゃうもの。

 ゴルフって、発端はもっと自由なものなのよ。ひとつの穴に向かって球打ち遊びを延々やるだけの。打順なんて本当はいらないものなのよ。


 北端商業の小泉、ボールの前にクラブも持たず、腕組みのまま仁王立ちしましたが?


「なにあれ?」


 あの高校はいちいちパフォーマンスが上手よね。まるで艦橋に突如現れたガンバスター。

 次の対戦相手だもの、分析していて当然なのだろうけど。それでもいざその目でみると相手校は面くらう。アタシはそんな場面を何度も見たわ。0.4打差は、存外あそこから出ているのかもしれないわね。

 北端はいつも相手の想像を超えてくる巧者なのよ。威圧するの。圧倒的な圧力で圧迫するのよ。とても高校生の試合運びとは思えないくらいに。


「そいじゃあいきますよ。こんなのは、どうかなぁ!」


 小泉の目くばせに応じた鈴木が、天高くクラブを投げました!


 ドライバーをあんなに。これまでで一番高く放ったわね。


「いったぞ、小泉くん!」


「ほいほい~、お任せください生徒会長ぉ~」


「学校の外で俺を役職名で呼ぶんじゃないよ」


「ほいほい鈴木さぁん」


 これまでにも見せたショット、しかし高さが段違い。滞空時間は当然長くなる?


「さあ! 行ってちょうだいよぉおおお、ほいぃぃぃ!」


 打ちました小泉、これはいい!

 北端のふたりが見せる変則のデュアルショット・天秤打法!

 落ちてくるクラブを手ぶらのダウンスイングの途中でつかみ、ふりおろす力を倍化させて放つ小泉・鈴木ペアのスーパーショットがさく裂!


 あれも二人打ちには違いないだろうよ。現にクラブを宙に放ったのは鈴木の方だった。

 正確に小泉の待つボールの直上へと。仕切り直してもボールを目指していなければ即座に空振りとはならないが、毎度あの精度で放るのはそうとう難しいはずだぞ。

 それにしても野球の天秤打法をゴルフに流用するとはな。しかもペア用にアレンジして。


 ボールは無風のフェアウェイを、強めのドローでコースなりに飛ぶ!


 このホールは左ドッグレッグだものね。きれいにコースに沿って飛んでったわ。

 すごいわね、プロでもあれだけ意図して曲げられる選手は多くないわよ。


 グリーンを? うかがうか?


 とてもドライバーの角度とは思えないわね。なんて高さなの?


 あれならランも最小ですむ。案外乗るんじゃないか?


 佐野の15番は1オンが難しいとされているホールのひとつです。

 どうだ!? 乗るか?

 ボールが落ちてくる! 最終日の1組目、そのスタートホールに北端商業の白球が、矢のようにつきささって?

 たったのひと転がり!

 やってのけました小泉・鈴木ペア! 北端商業1オンに成功! いきなり先制のイーグルを奪取ゥ!


「……」


「ウッソでしょ? そんな簡単に?」


 乗ったわね。ずいぶんとあっさり乗せてきたわ。

 グリーンは一見受けているように見えて傾斜がきつめ。しっかりと安全な手前に乗せてきたわね。


 ?

 なにやらティグラウンドが騒がしいですね?

 赤井さん、何があったのかお伝えいただけますか?


 ギャラリーの方からヤジが飛んだんだよ。北端の今のショットが長すぎたんじゃないかって。


 長すぎた? 3秒ルールですか?

 たしかに体感では長めであったように感じはしましたが。

 ところがジャッジには依然動きがありません。北端ペアも当然の表情、むしろ1ホール目のリードに大喜びです。


 これは……。

 今年だからギリギリセーフ、ってとこかしらね。


 どうされました上野さん、何か不都合でも?


 いえね。

 まあいいでしょ、本当はまだ秘密なのだけれど。

 来年からは1秒間に500回、自らの位置を送信する慣性計測ユニットセンサーがボールに内蔵される予定なの。サッカーとかと同じに変わるのよゴルフも。

 ボールを探して何分とかそんなルールは来年で撤廃するし、今みたいな3秒の計測も自動でできるようになるの。だから今年は人間のジャッジが3秒を判定する最後の年ってことになるわけ。まあ、グリーンに乗ったかどうかが瞬時にわかるようになって、情緒もへったくれもなくなっちゃうのが玉にきず。

 それに伴ってスイングの基準を来年度に改訂する予定があるのよ。

 現行は、最初のスイング開始から最後に打突するまでを数えて3秒。

 来年からは最初の打突から最後の打突までが3秒。つまり国際大会に準拠するかたちになるの。なんで発祥の地である日本の方が合わせなきゃならないんだか。シャクよねえ?


 なるほどですね、日本の現行ルールではスイングも時間に含みますから、ボール内蔵のセンサーによる判定が難しいからと。


 それに試技に許される時間が短すぎたと言われているのよね。当初5秒ルールを採用していた国もあったと聞くし、より単純で明快な最初の打突から最後の打突までに統一される流れなの。

 ま、シャクなんだけども。

 なので、実は来年度以降の方が事実上一打にゆるされる時間が延びるのよ。それを知っている関係者であれば、その辺りを加味して若干甘めの判定をしている可能性はあるわ。


 すでに大会は4回戦に突入しています。ジャッジの顔を覚えていたのでしょうか北端商業は。その上でギリギリ許容される最長のデュアルショットを決めてきました。


 北端の思い切りのよさがここで出たな。まだスコアゼロ同士、仕掛けるに最適ではあったが。あそこまで高く投げ上げたなら届くとよんで、実際にやってのけた。

 4回戦でここまでのかけ引きがみられるとは。高校ゴルフもいよいよ仕上がってきているな。


 続いて長崎東西の第1打は?


「第2の奥義!」


「マリオネット・オブ・イーグル!」


 2回戦で初披露したショットを惜しげもなく!

 あの技ですと彼女たちのドライバーでも届く距離になります!


「あれれ? おっかしいなあ」


「どうされました?」


「うーんとね、なんだか違和感? ちゃんと打てたんだけど、なーんか引っかかるような」


「それって?」


 長崎東西の第1打もいい、ボールはグリーンに落着!


 でもグリーン奥に直接落としちゃうと厳しいわよ。このホールは手前から乗せてかないと。あそこだともしかしたら——。


 グリーン最奥までのぼったボールは?

 やはり戻されます。グリーンの傾斜に負けてボールは手前へと。


 ずっと傾斜してる上に芝が逆目だから、段の上にのぼっちゃうとそれ以上に戻されるのよ。勢いがめちゃくちゃつくの。

 

 徐々に加速する長崎東西ボールの運命は?

 ああ、グリーンからこぼれました!


「うっそでしょ! それでも手前には残ると思ったのに!」


「届いてはいましたね。傾斜で戻ったようにみえました。ドンマイです、次のホールで取り返しましょう」


「うん……」


 今の一打に首をかしげる1年生の大空、長崎ボールはグリーン手前のフェアウェイに。


「やりましたね会長!」


「だーかーらー」


 スタートホールを手中におさめましたのは北端商業! まず1ポイントが北端に加算されます!

 CMをはさんで、選手は16番ホールへと向かいます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年10月10日 03:11
2024年10月11日 03:11
2024年10月15日 03:11

私はつばめ、ペアゴルファーつばめ! おれごん未来 @oregonian

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画