4番ホール 今にも落ちてきそうな空の下で
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さすがと言ったところでしょうか独学館高校、すばらしいショット、今大会初のアルバトロス達成でした。
さて、映像は変わって1組目です。
12番ホール。長崎東西が映ってきました。台風の中、バンカーにつかまってしまいました水守・大空ペア。果敢にドライバーでアドレスしますが。
本当にドライバーなの? ムチャするわぁ。
でもそうした果敢なトライをする姿勢こそアタシは好きなのよ。
他の組を追っているあいだに難波実業はなんと2ホールを連取、早くもこの対戦に王手。レギュラーゴルフの名門校はやはり、ファストゴルフでもその存在をありありと示します。
一方の長崎東西。スタートホールに続き11番も落とし、もしこのホールも落とそうものなら敗退が決まってしまう場面。水守・大空ペアには正念場です。
あそこからグリーンへはウッド以外で届かないのが痛いわね。
1メートル半はあるじゃない。あの高いアゴを越えられるかしら。心配よぉ。
うーん、どんなにロフトを寝かせたとしてもウッドではあの高さは厳しいでしょう。クラブフェイスをひらけば飛距離が落ちて届きません。そもそも右に出てしまいますし。
長崎東西、ここ佐野コースの刺客12番ホールを攻略できるか?
「おいおいおい、せめて名物ホールの14番までは行ったってや? このままやとこのホールで終わりやで」
「ねえちょっと、邪魔しないでくれる? それとも、地元ではスイング中にチャチャを入れるのもマナーのうちなのかな?」
「コンノ……! せっかく純粋に心配しといたっとるのに」
「にしても困ったよなあ、ここらには跳ね返してくれるもんはあらへんしやな。自分らの得意技は封じられてるとみてええんやろか。お手なみ拝見や」
「頼むからワイらには当てんといてくれるか? 自分らの打球はさぞ痛いやろしなあ」
「ぐぬぬむぅ!」
「さ、交代しましょう」
制限時間ギリギリまで可能性を探っていた大空があきらめてバンカーを出ます。水守とバトンタッチ。
やはりウッドはやめるようですね。どうやら普通に打つもよう。
表情はすぐれないわね。
水守がバンカーから出したボールを、即座に大空が打ちます。
オーソドックスなペアの連続ショット。華はないけど手堅さはあるわ。
距離はあるが? どうだ?
ああ〜、オンならず! 距離は届いたが風に負けた、読みきれなかったか?
いや、砂だろうな。
バンカーの濡れた砂がおそらくボールにびっしり。どれだけ回転を伝えられたかわからんよ。だから届かなかった。
なるほど、砂ですか。
先に2打目でグリーンを外した難波と並び、これで12番ホールはおそらくイーブン、長崎東西はさらに半歩後退となります。
ダークホースと一躍注目され始めた同校が、今後どのように戦うかが注目されますが。
本来ならここでアドバイスのひとつでも受けたいところよねぇ。
ペアゴルフではキャディが居ませんから。
芝の上では選手ふたりの判断がすべてです。普段は監督である教員も、試合中はギャラリーと同じ外野からの応援。
それにしてもどうした水守・大空ペア。2回戦になっていちじるしく精彩を欠いています。本大会唯一の女子ペアの快進撃もここまでか?
両校が無難にグリーンに乗せてホールアウトします、12番。
このホールは痛み分け、キャリーオーバーの1ポイントをプールしつつ互いに0.5ポイントを加算。難波実業が合計2.5ポイントとしてこの対戦に王手。長崎東西はこの試合初のポイントとなる0.5ポイントを獲得。しかし長崎は、3ホール目にして早くもあとがなくなりました。
あっぱれなのは難波よね。常に前にでることで相手に先に打たせてる。あとに打つ方が短い距離で簡単だし、もし相手がグリーンからこぼせば安心して挑戦できる。この強風の中、どの程度曲がるのかを把握したあとでね。
それに難しいホールほどスコアがいいのよあの学校は。実力も試合巧者っぷりも断然難波が上よね。
ベタ褒めじゃないですか上野さん。
でもアタシ、あの子たちキライ!
あらら。
ふてぶてしいじゃない。今も得意の話術であの子たちを惑わせているに違いないもの。
水守ちゃんに大空ちゃん、いい? 平常心よ、平常心んん!
このホールは難波の1打目が深いラフにつかまり、初めて長崎東西が前をいく展開となりましたが結局、このチャンスを活かすことができず。
本大会唯一残った女子ペアの快進撃もここまでかしら?
1打目がね、飛んでいった先のカート道上のキックがまさか、鋭角に跳ね返ったんだよ。あわよくばその向こうへって狙いがあったんだろうが。
現実は、台風で折れた枝に当たって無念のバンカー。不運だったなあ。
ともあれ12番でようやく、この試合初めてのポイントを得て13番ホールへと向かいます。
ここで切り替えられるかどうかだ美月くん、つばめくん。
見てるぞ。
見届けましょう。
このまま難波実業の完勝となるのか、それとも長崎東西が巻き返すのか?
ところで、水守にはなみなみならぬものが赤井さんの中にあることが分かりましたが、大空の方はいかがですか?
ああ、彼女は天才だよ。ゴルフのじゃないよ? 努力する天才。異質なまでの、ね。
異質、ですか?
幸か不幸か、彼女はウッドに関してだけ人並み以上のものになった。この『だけ』ってところが残念だがね。あの身長からしたら、あの飛距離は破格にちがいない。
だが、それだけ。
ウッドだけ上手でもゴルファーとしての大成は不可能だ。それなのに、好きだったんだよなあ、彼女。飛ばすのが。誰よりも圧倒的に好きなんだ。
ここだけの話だと先に断っとくが。
彼女、早くに事件で母親を亡くしていてね。もしかしてゴルフあるいはウッドは、亡くなった母親との対話の意味もあったんじゃないだろうか。いつもドライバーを振り回して、嫌なこともつらいことも全部ボールに乗せて飛ばして。何もかも忘れて、打って打って打って。
ええっと、赤井さん?
そうやってどうにか笑っていたら何もかもが向こうからやってきた。チャンスもパートナーも。ペアゴルフなんてこれまでになかった、彼女のために興ったのかとさえ思えるような競技が。彼女を世に出せと、それが必然であるかのように。水守という、大空の欠けたくぼみにピタリとはまるパートナーを得て。
彼女のウッドは無敵だよ。少なくとも日本国内では。
あのう、すみません赤井さん。
赤井さん?
赤井さぁん!?
ダメね、こちらの声は聞こえてないみたい。
才能なんかむしろない方なんだよ。普通なら実をつけることのない努力なんてできっこないんだ。
だが彼女の場合、生活のすべてがドライバーだった。起きて寝る以外がドライバーショットだった。それが彼女の背骨で、唯一の生きる目的。
だったら強いよ。何もかも失った彼女にはそれしか残ってなかったんだから。
赤井さあん!?
ねえあなたたち、いったん音声切った方がいいんじゃないの?
赤井さん!!
赤井さん!!!!
ん? どした?
あ、ようやくつながったみたいです。それほどまでに大空のことを。
しかし赤井さん、その個人情報はまずくなかったですか?
やっぱりまずいか。いろいろとせせこましい世の中になったもんだ。
じゃあここは後で編集しといてよ。
いえ、昨日と違って収録ではないんです。今日は土曜日なので生放送なんですよ……。
えっ、そうなの?
ありゃりゃ、そりゃあ。
…………。
まずいことしちゃったなあ。
ええ、本当に……。
一旦CMを挟みます。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
えー。
先ほどは放送内で選手個人の情報を憶測混じりでお伝えしてしまいました。ここにつつしんでお詫びいたします。
なお本番組はこれ以降、個人情報保護に配慮した放送を徹底いたします。たいへん申し訳ありませんでした。
ん申し訳ありませんでした……。
申し訳ありませんでした。
つばめくん、済まない!
では。
気を取り直して選手たちの動向をお届けしましょう。
再び1組目を捉えました。状況はどう変化しましたか赤井さん?
1打目を打ち終わって難波が前、長崎がうしろ。それぞれ残りは330ヤードと340ヤードってところか。
今から長崎の打順だな。
13番ホール、パー5の第2打を水守・大空ペアがどう攻略してくるか。
もしこのホールを長崎東西が落とすかイーブンとするようであれば、難波実業のワンサイドゲーム、勝ちが決まります。
この強風だ、普通に打っては届かんぞ。届かねば負ける、2打では負けるんだ。
ここは絶対にふたり打ちが必要な場面。ところが彼女らのふたり打ちは跳ね返す障害物が不可欠。
どうするか。さっきみたいにあきらめるのか。それとも。
もしこの13番ホールもまた同スコアとなれば再び両校が0.5ポイントを獲得、合計3ポイントとなる難波実業の勝ち抜けが確定します。
つまり、このホールを長崎東西が奪取できなければ敗退が決まる場面、おそらくこの第2打が勝敗を分けるでしょう。
最後になるかもしれないこの一打で、長崎がどのようなショットを見せてくれるのか?
カメラが大写しにしましたのは長崎東西高校の大空です。1年生。
見てください、この窮地においてなおもこの表情。険しい表情で仁王立ちの大空はなにを期するか?
ペアを組む水守に比べ、この選手はいろいろと顔に出ます。どう捉えますか上野さん。
あれ、たぶんあの子のルーティーンよ、たぶん。
まったくポイント差に動じていないわね。たんたんとルーティーンをこなしてる。追い込まれたことで逆にすっごく集中してるわ。
わずかに口もとをむすんで、目線は高く遠いグリーンへと。
長崎東西のふたりには今、なにが見えているのかしら。
まだまだ秘策あり、ということでしょうか。
わからない。でも、まだあきらめていないことだけは確かね。
彼女たちがこれまでに見せた技術から考えますと、先の11番と同じく、あの距離は手を出せるものではないと考えますが。
この試合ではすっかり鳴りをひそめているものねえデュアルショット。まだ一度も出してないもの。
たぶん前方にボールをはね返してくれる障害物がない、それか、きちんと打てたところで狙いたいところまで届かないのね。
ええ、おそらく。今のところじっと耐えるゴルフが続いています。これから打つ第2打に注目したいところですが。
長崎東西にとって正念場となるこのホール、どう攻めてくるのか。
皐月ゴルフクラブ佐野コース、13番第2打。
「なんや長う考えとるとこ悪いねんけど。少し先にあるワイらのボールからでもムリやでここの2オンは。さっきと同じにここも大人しゅう3オンにしときぃや。そいでワイらの勝ちやで」
「ううん、乗せる。乗せて次のホールに望みをつなぐ」
「ほ、それはそれは。お手なみ拝見といこうやないか」
長崎東西の長考が続きます。
デュアルショットが必要な場面に、長崎東西はどんな答えをみちびき出すのか。
デュアルショットとひと口に言いますが上野さん、最初の興りと今とでは大きく様変わりしています。
最初は直接グリーン方向を狙えない場合に横へ出したり、ライの悪い場所からの脱出に用いたりと比較的単調でしたが、徐々にデュアルと名乗るにふさわしい連携技へと進化してきました。
さっきの、12番の長崎東西みたいな難度の低い技ばかりだったものねえ。それが今や。
国内のプロもそうだけど、世界は特に顕著よね。
ペアのスケートと同じなのよ。リフト技の発展や、スロータイプのジャンプとか。初期には考えもしなかった大技が、年を重ねるごとに次々と生まれて多彩になった。
ペアスキージャンプなんかは競技が興ってから数年で、ビンディングをはずす技すら出てきたもの。ペアゴルフもいよいよその域に達しつつある。知ってるでしょ? 世界はもう。
アタシは信じてる、ペアゴルフもきっとこれからもっともっと、もおおっと、今からじゃ想像もできないほどに多彩な技で盛り上がるって。
おお……!
ま、洗練された先では画一化が起こるのだけれど。そうゆう意味では今からが一番多彩で面白いのよねえ。
きっとこれから愉快で斬新なデュアルショットがどんどん生まれるわよ。そしてすぐに淘汰される。そのはかなくて可憐な花火を。一緒に楽しみましょう?
さあ、その一端となるようなデュアルショットを1回戦同様この試合でも見せてくれるのか、長崎東西高校?
「美月ちゃんは知ってる?」
「? なんです?」
「昔のサッカーの偉い人が残した格言があるんだ。『ゴールが見えたらシュートを打て』。たぶんお父ちゃんはそれをまねたんじゃないのかなあ? ある日こう言ったんだ。『ピンフラッグが見えたらグリーンをねらえ』、だってさ。まだお母ちゃんが生きてたころ……。バカみたいだけどでもね、それって案外当たってると思うんだ。今がその時じゃないのかなあ」
「ええっと? ゴールが見えたらシュートを? サッカーのゴールって常に視界に入るものではなくって?」
「世の中には地平線からのぼってくるサッカーゴールもあるらしいよ? 実際にはシュートコースがあれば打てって意味だとは思うけど。それとゴルフも一緒だよ。旗が見えたのならグリーンを狙おう。それはゴルファーの本能だよ」
「ですがこの距離で、ね。すでに2.5ポイントのビハインド、このホールは引き分けただけで即座に負け。おそらく、わたくしたちはこれをグリーンに乗せることができなければ敗退が決まるシチュエーション。実にヘヴィです」
「ボクたちはここで立ち止まってなんていられない。だって来年を待ってたらオリンピックが終わっちゃうもん! だから美月ちゃん、冒険するならこのホールしかないんだよ! 今から打つ、このショットしかない!」
「そう……なのでしょうね。このまま何もせずに敗れるくらいならダメで元々、挑戦した方がいくらかまし」
「そういうこと。一か八かやってみようよ!」
「わかりました、いつも以上にシビアではありますが。やってみましょう」
おっと?
これまでにない新しい配置です。水守が前でボールの位置、大空が10ヤードほど後ろでアドレスに入るもよう。
ん素振りしてるだけじゃないのぅ?
いや、違うな。そのわりに本気のルーティーンだし、今のアイコンタクトには鬼気迫るものがあった。
なにかしら仕掛けるつもりがあるぞ、彼女ら。
さあアドレスに入ります長崎東西。
「あなたに当てるつもりで打てばいいのね?」
「うん、思いっきり。できれば腰より下にしてくれるとありがたいかな。無理?」
「誰にものを。スネに当てて骨折しないでくださいまし」
「そっちこそ!」
気合いの発声一発、大空がカッパを脱ぎ捨てましたが?
何をするつもりでしょう?
わかるわアタシ……!
あんなに薄くて軽くてもカッパは少なからずスイングの邪魔をするものよ。時にはこすれる音すらプレーヤーの気を削いでくる。
ふふ、面白いじゃないの。次はすべてを賭してのぞむつもりよ、あの子たち。
「軌道は必ずブレますから! 調節はそちらでお願いします!」
「オーキードーキー!」
ああん、もうっ!
見てらんないッ!
なに言ってんだ、見なさいよ上野くん。今日一番のショットはきっとこれだ。
「いきます!」
水守が打つ! ところがシャンク!?
無情にも目の前の木に当ててしまった!
渇いた嫌な音ね。
ここで散る、か。
いいや、よく見ろ!
まだだ!
「どっち!?」
「右! 2時の方向!」
大空が? 走って横っとびを!?
「当たれええっ! 第1の奥義・改ッ! ビッグフット・オブ・イーグル!」
なんてこと!?
ボールに飛びつきながら空中で振りぬいたわよあの子!
「をををををををををを行けえええええええええ!!」
勢いそのままに受け身もとらず転がる大空! 身体は大丈夫か!?
「あだだ痛だだだ!」
「あないな球に当てるやて!?」
伏せる水守をギリギリかすめた、ボールは高く高く舞い上がるッ!
たいしたもんだ。あの体勢で当てて、さらに前へ飛ばすか。
「ボッ! ボールは!?」
正確にとらえたか、まっすぐに! 打球は高いもののグングン伸びる!
風はほぼ真横から、にもかかわらず影響されずに飛ぶぞ長崎東西ボール!
「大丈夫ですかつばめさん!?」
「お願い、乗って! ボクたちの思いを乗せて!」
倒れたままでボールの行く末を見上げる大空、どうやら無事のようです。
よかったわぁ。たとえこれで切り抜けられたとしても次のホールが。今日は午後から次の試合だってあるもの。
まったくその通りだ。できれば本人に言ってくれ。
願いを一身に受けたボールは期待のままに距離が出ているぞ!
やや飛びすぎるか? グリーン左端まで風に曲げられたボールは!?
ギリギリ残るか?
どうか!?
え待って。
やっぱりちょっと大きくない? ダイレクトに落ちたら止まるはずないわよ?
上野さんのおっしゃる通り、乗せたとして止まるか。13番のグリーンは奥が極端に下っているが?
ドスンと落ちるボールは?
これだけやったんだもの、止まってぇいえ!
「ッッッ!!!」
ランは無し!?
ランは無しです! 落ちたままに止まった!
「絶対乗ったあ!」
やったじゃない!
そうか、打球が高いから。雨でぬかるんでて!
どうやらグリーンに突き刺さったもようです。それが大ブレーキとなって。いやあ、ハラハラさせる一打でした。
さあ、グリーンの縁ギリギリに落着したらしいボールの判定はどうでしょう。
落ちたのがどっちだったのか。
グリーンカラーより内側であればオンと判定される。カラーの上ならオンならず。
埋まったのがどっちだったのか、だ。
ご、ゴクリ……。
グリーン近くに待機していたジャッジが駆け寄り、現在確認をしていますが?
どうでしょう?
旗の色はどうか?
旗の色は!?
ジャッジがかかげた旗は緑ィィィィィィィィィ!
ふふ。
これだからおもしろい。
グリーンフラッグが高々と振られます! 出ましたのはセーフの意思表示!
オンが認められました! このホールを長崎東西はイーグル!
アタシ信じてた、きっとあの子たちなら奇跡を起こすって。グスッ。
「乗った!? みたい? やった! やりましたねつばめさんっ!」
「あはは、なんとかなるもんだね。自分でも驚いてる」
水守が座ったままの大空におおいかぶさりました。
抱きあって喜びます長崎東西。
まるで優勝したかのような騒ぎね。気持ちはわかるわ。
うふ。画になる子たちよねえ、ほんと。
まさかの一打でした。崖に当ててはね返す技の応用であったのだろうと思います。この苦しい状況で起死回生の一打が長崎東西に飛び出しました!
大空が脱ぎ捨てたカッパを水守が拾い、クラブを片づける大空に届けます。
「さ、また着ないと」
「ううん。カッパはもういいよ、あんがと。次のホールが泣いても笑っても最後だもん。もし午後があるのならそのとき着替えるから。だからいい、このままで」
続いての難波実業は?
彼らもやはり打ちますねデュアルショットを。その態勢に入るもようです。
「やるやんけ長崎東西も」
「ああ、とんでもねぇモン見せつけてくれよってからに。こっちまで熱うなったわ」
「まだ道をゆずるつもりはあらへんいうこっちゃな。せやろ?」
「はは、まぐれまぐれ」
「ところが、や。ちょいと火ぃつくんが遅かったんとちゃうか? ワイらがコレを乗せてもうたら勝負がつくで」
「そんなのわかってる。そっちもやってみせてよ」
「言われんでも。いくで鉄ぅ!」
「ああ。これで終いや」
難波実業にしてみれば当然の判断よね、彼らはこれを乗せ返してしまえば勝利だもの。でも、この一打の重みはとてつもなく大きいものに変わったわよ?
と言いますと?
乗せればとうぜん難波の勝ち、難波の完勝。ところが外せばキャリーオーバーと合わせて一挙2ポイントを長崎東西が奪取する。
長崎も2.5ポイントになるのよ、つまり同ポイントで並ばれてしまうの。
ターニングポイントになりうる大切な一打になった、というわけですか。
この状況下でも澱みない小川、いつも通り早いルーティーンからもう打つ! ウエッジをフルスイング!
おや? 沢村がこれまでよりも先で位置取りを?
「これで少しでも距離を稼ぐんや。行けえ悠太ァ!」
「届けやあ! サイドォオワインダアアああああ!」
低く打ち出した毒蛇はグリーンに向かってまっすぐ!
「ええど! アホみたいにまっすぐ行ったで!」
「やっぱタイフーンホバークラフトの方がええのんとちゃうかなぁ。クラフトぉぉぉぉぉって叫びやすいもんなぁ。なあ?」
「は? 永遠に言ってろや、絶対許さへんでそんなダサダサ」
これはいいな、実にいい球筋だ。これも乗るんじゃないだろうか。
まるで吹きやまない風をものともせず、勝利へと向かうボールはグリーンへと!
砲台グリーンのへりに当たってちょうどよいブレーキもかかった!
「届いたんか!? 完璧や!」
「いったやろコレ、いったやろコレェ!」
「もろたでこの勝負!」
「……ッ!」
「ダメ……。まだ、まだ終わらせないで……!」
難波実業の勝利は確実か?
ふたたびジャッジが向かい判定を下します。グリーンはカメラから見えないほど最奥が下がっており、手前からは視認できません。
プロの大会と比べるとカメラの数が少ないものね。
ギャラリーの反応は? あの人たちからも見えないのかしら?
白旗なら徹底抗戦、赤なら——
上野さん嘘情報は!
白旗はありません、白旗はファストペアゴルフには存在しません。
見事オンならば緑、もしもこぼれていた場合は——
赤よ、赤旗ァ!
「よかった。どうにか、首の皮一枚はつながったようですね」
「助かったんだねボクたち。危なかった、もう少しでなにもさせてもらえずに終わるとこだった」
「こぼれてるって、ホンマかぁ? ウッソやろ? ミトマの1ミリあるんとちゃうんかい。センサー入れぇやセンサー」
「手ごたえはあったんやけどなあ。ホンマなら届かへん距離、それをブン回してどうにか届かせた。ほんで、グリーンの砲台に当てて勢いを殺すアレ。ベストやった。あれより手前に当てとったら登っていかれへんやったってくらいには完璧なショットやった。いくら奥下がり言うたかて止まらへんほどのもんやったろか、解せん」
おや? 水守が自ら小川へ話しかけますね。
ほう、奥手なあの子が。珍しいこともあるもんだ。
「あのショット特有の回転が影響したのでは?」
「む。聞かせてぇな」
「土手に当ててもまだ回転がほどけていなかったのでしょう。おそらくそれが原因でグリーン上の水たまりの上を跳ねたのではと。まるで平たい石を川面に向けて放った水切りのように」
「ほぉん、グリーン上にも川があったか。とんだ弱点があったもんや」
「大自然の方が一枚上手やったっちゅうだけのことやろ。前のホールまでこっちの味方やったモンが急に牙をむいてきよってからに。ホンマ自然相手はかなんわ」
「しゃあないて、切りかえてこ。これで試合がフリダシになってもうたが、負けてまではやらへんで」
「せやな。次のホールを獲ったモンが勝ちやで長崎東西。恨みっこナシや」
「望むところだよ。ボクたちはいつだって挑戦者なんだ」
「ええ、受けて立ちましょう。そして決着を。うしろの組も待っています」
「ゲぇ!」
「おおい、すまんなあ! すぐに行くよってに!」
さあ、ここ13番ホールで試合は大きく動きました!
12番のキャリーオーバーがある状態で長崎東西が13番を奪取したため、水守・大空ペアは一挙2ポイントを獲得。両校が同じ2.5ポイントでならぶ展開となりました!
長崎東西対難波実業の一戦は、双方が王手をかけた状態となって次のホールへと!
ここで一旦CMです。
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