第43話 求愛
キョトンとした表情を、彩葉は見せた。
「…何を…って、…正直、今まで俺がお前にしてきた事は…お前を蔑ろにしていただろう…?」
彩葉を口説くと決めて、覚悟が決まった柾人は、彩葉から目を離すことなく話す。
「…お前は、俺に『一目惚れ』したって言ってくれはしたが…、その後、お前が話したいと言っていた事は…」
柾人は少し俯き、言い淀む。
そして少し声が落ちる。
「…『軽蔑』とか、『嫌になった』とか…、俺を嫌いになった...って...言葉だろう…?」
柾人の言葉に彩葉は驚き、目を大きくした。
「…何でそんな話になるんですか!?」
彩葉からすると、柾人のその考えに驚いた。
確かに無理矢理な時もあった。
しかし彩葉は『受け入れていた』ではないか。
それに、それを上回るだけのフォローもあった。
そして『一目惚れ』するほど、彩葉の好みを射抜いているのが柾人なのだ。
その男性に『フォロー』されると言う事。
それは他の人がフォローするより数倍、いや、数十倍の価値がある。
寧ろされた事を上回る程の『フォロー』になってしまうのだ。
「…ちゃんと…話します。…私が言いたかったのは…」
彩葉は、小さくゴクンッと嚥下する。
そして最も恐れていた時を迎える。
「…『浅慮』である私を…社長が嫌っているのではないか…と…」
「…何で?浅慮?」
柾人は、グイッと彩葉の顔に近付く。
「…だから〜、近いです〜!」
彩葉は再び、必死に腕を突っ張ろうと足掻く。
「…分かった、分かった。」
続きが気になり、流石に柾人も彩葉の足掻きを受け入れ、腕の力を抜いた。
そして彩葉を抱え上げた。
「…え?何で?」
戸惑う彩葉の身体を抱え、そして桐人が作ったチェアに腰掛けさせた。
そして自分は、目の前のオットマンに腰掛ける。
「…これくらいの距離ならOK?」
「…はい」
彩葉は足を揃え、お行儀よく座る。
そして目の前で脚を開き、その上に肘を着いて、両手を組んでこちらを見ている柾人を見た。
「…多分…ご存知かと思いますが、入社した動機とか、…方法…、先ずそれが『浅ましい』と思われるのでは無いかと…。」
彩葉は、自分の疚しい気持ちを口にする度に、少しずつ俯いていく。
「…あと…社長に、…その…抱いてもらって、…関係をハッキリさせない方が…」
そして顔が紅潮していくのを感じた。
でも今は躊躇う時では無い。
そう思い、必死に言葉を繋げる。
「…社長に必要とされている間は、…捨てられずに済むかと…」
彩葉の言葉に、今度は柾人の方が驚きを隠せずに目を見開いている。
柾人にとっても、彩葉の考えていた事は『真逆』な内容だった。
「…でも、社長は『短絡的』で『浅慮』な『浅ましい』人は嫌いだと…」
「…え?…そんな事…、お前に言った事あったか?」
記憶に無い柾人は、さらに驚いて聞き返す。
「…いえ、以前…他社の秘書の方で…」
そう言われて、少し記憶が蘇った。
同業種交流会のパーティーの誘いを受けた秘書の女性の事だ。
「…私がしてきた事は…『浅ましい』でしょう?…だから…」
ここまで話すと、何だか自分が情けなくなり、じわっと涙が滲んだ。
「…でも…、それでも…好きなんです…社長の事が…。」
あっという間に目尻に溜まった涙が、ポロリと零れ落ちた。
柾人は眉じりを下げ、少しホッとしたような、でも切なそうな顔をする。
「…お前が…、俺の事を…好き?」
「…はい。…嫌った事など…ありません」
そう言い終わると同時に、柾人がオットマンから降り、彩葉の側で膝立ちになる。
2人の顔がまた近付く。
そして柾人の大きな手が、彩葉の頬を濡らす涙を拭う。
「…何で…泣くんだ?」
「…分かりません〜っ、勝手に…」
感情の昂りは、彩葉に涙を流させた。
しかし動揺して正常な判断も出来ない彩葉は、それすら気付けない。
「…泣くなって…。今、涙を拭うモノが何も無いんだ…」
涙を拭った柾人の親指は、彩葉の涙で濡れている。
それを柾人は舐めた。
そして、それでも流れる彩葉の涙が溜まる目尻に、柾人は唇を寄せた。
チュウと、小さな音を立てて、涙が吸われた。
そして柾人は、その体勢のまま聞く。
「それで…、入社の方法って何だ?…お前は通常通り入社したが?」
特別、何も無いはずだ。
柾人はそれを知っている。
だから彩葉は、大学の教授と人事部長が懇意である事、その二人に口利きしてもらった事を告げる。
ショボショボと少し項垂れながら言う彩葉に、柾人はケロッとした口調で言う。
「…単なる『コネ』だろう?…別に特別な話でもない。それに…いくら人事部長だからと言って、人員配置を一人で決定出来る訳でも無い」
そんな事を気にしている彩葉がおかしいと言わんばかりだ。
「なぁ。…本当に?」
柾人は小さく囁く。
「...俺は…お前を手放さなくても良い?…お前を好きでいてもいいのか...?...酷い事…したけど…」
「…社長の事が、好きです。」
頬を撫でる手が優しくて、彩葉はトロンとした表情を見せる。
「…それに…その…」
「…ん?…何?…気になることがあるなら今のうちに…」
言い淀む彩葉に、何を言われるのか心配そうな顔をしながらも、柾人は促す。
「…気になるというか…、たまになら…『ああいう事』も…、嫌いじゃない…」
酷い事をしたと気にする柾人に、彩葉自身はそんな酷い事をされたと思っていないと告げたかった。
しかしこれでは、自分の性癖をバラしている様なものだ。
あの日のセックスは、かなりハードなものだった。
なのに『嫌いじゃない』と告げてしまった事に、彩葉はこれ以上赤くなるのは無理ではないかという程顔を赤くした。
そんな彩葉に、一瞬驚き、そして柾人も告げた。
「…実は…少し、知ってる」
今まで、彩葉を触れてきた柾人を許容出来る彩葉。
それは、そうされる事が好きなのだ。
「…好きだ、『彩葉』」
抱き寄せた柾人は、始めて彩葉の名前を呼ぶ。
「…抱きながら、何度…そう言いたかったか…。もう…いいんだな?」
柾人にしがみつくように抱きつきながら、彩葉も返した。
「…はい。私も社長が大好きです。」
背中に回される手の感触に柾人は喜び、彩葉を力強く抱き締めた。
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