第42話 告白
柾人の少し低い声が、彩葉の耳元で囁かれた。
その声は、まるで内耳から骨、脳に伝わり、全身を痺れさせるような、そんな感覚が彩葉の身体に走った。
「…あ…」
身体をビクッと反応させた彩葉に構わず、柾人は溢れ出す、自分勝手な想いを口にする。
「…今まで…、俺がお前にしたのは酷い事だと…ちゃんと、自覚している。…でも…、どうしても諦め切れない…」
柾人の言葉が、半分も入ってこない。
柾人の絞り出すような声が、彩葉の全てを麻痺させていくかのようだ。
なんて、甘美で蕩けるような猛毒。
彩葉の耳に、柾人の熱い吐息がかかる。
「…俺から解放してやろうと思った。…きっと、その方がお前には良い筈だ。」
少し震える柾人の声に、柾人の、彩葉への恋慕を表すかのように熱が灯される。
「でも…無理だ…。…なぁ…、頼む…。俺に…挽回のチャンスをくれ」
彩葉は柾人の吐息の熱さや、声そのもの、そして柾人の言葉に身体の力が抜けていく。
「…もう酷い事はしない。…優しくする。…誰よりも...」
彩葉の耳元の薄い柔肌に、柾人の唇が触れる。
「お前を口説くチャンスが欲しい...。...お前が今まで会った誰よりも…、情熱的に...、俺に口説かせて…」
今の彩葉の身体は、柾人が腰に手を回した腕で支えられている。
ハクハクと、息が上手く吸えないように口が動く。
「...諦め切れない...。誰よりも...、お前が欲しいんだ...。」
少し待って欲しい。
彩葉は思った。
柾人が口にした『告白』も、彩葉が今まで思っていた事の真逆だ。
そして『情熱的に口説く』と言ったが、これ以上は止めて欲しい。
どうにかなりそうだ。
「なあ…、頼む…。」
柾人が、彩葉の頭を押さえていた手の力を弛めた。
そして頬に触れる。
柾人の視線が切なげで。
なのに熱くて、身体が火照る。
泣きたい訳でもないのに、彩葉の目尻に涙が滲んできた。
ダメだ。そう思った。
笑った顔ですら『ブサイク』だと言われたのに、泣き顔を見せるなんて。
「…み…見ないで…下さい…」
彩葉は、柾人の胸に顔をうつ伏せようと動く。
しかし頬に触れる、大きな柾人の手を払い除けることなど出来ない。
「…何で…?」
「…だって…『ブサイク』に…なってる…」
柾人の表情は、涙をこらえるために瞼を閉じていたので見えなかった。
「…ごめん。…そんな事…思っていなかったんだ。…俺だけ…お前に笑って貰えなくて…」
柾人は自分で言葉を発しながら、『彩葉に笑って貰えなかった』事実に、改めて切なさを覚える。
「...なのに、他の奴には...お前が笑うから、...嫉妬してたんだ」
そう言う柾人は、そっと彩葉の顔を持ち上げた。
「…本当は…、笑って欲しかった。...俺にも…。いや、…俺にだけ…」
切なげに目を細めた柾人は、そっと掠めるかのように彩葉の頬に指を滑らす。
「…傷付けて…悪かった。…子供じみたことをしてしまった」
柾人と目が合った。
視線が絡まり、彩葉は息を飲んだ。
「…お前が…どうしても俺の側が嫌なら…デザイン部への移動…考える。…でも、少しでも…許してくれるのなら…俺の側にいて欲しい。...離れたくない...」
「…ま…待って下さい…。あ、あの…私の話…」
柾人の熱情に煽られるかのように、彩葉の吐息も熱くなった気がした。
「…後で聞く…。今は…口説かせて。」
切なげな柾人の仕草に、彩葉は叫んだ。
「待って!…そのカッコイイ顔…少し離して下さい!!」
二人の動きが止まった。
◇◇◇◇◇
彩葉の叫んだ言葉が予想外で、柾人はポカンと間の抜けた顔をしてしまった。
「…格好…いい?」
動きを止めたこの時がチャンスとばかりに、彩葉は柾人との間に自分の両腕を入れる事が出来た。
その両腕で柾人の胸を押し、少しでも距離を取ろうと足掻く。
但し、柾人との腕力の差があり効果は一向に上がらなかったが。
「…自覚…無いんですか?…一般的に見て、社長はイケメンでしょう?…それに…声も…」
顔を赤くしながら藻掻く彩葉を、柾人は顔を近付けて覗き込む。
「…だからぁ…、待って…、近いです〜」
今までだって、いくらでも近くで柾人を見てきたが、柾人に口説かれるという非常事態に、彩葉は動揺を隠し切れない。
「…お前は…?どう思う?」
「…だから〜、…え?」
「…お前は俺の事、格好良いと思う?」
よりにもよって、柾人はそんなことを聞いてきた。
彩葉の顔は、これ以上赤くなる事は無理なのではないかという程赤くなる。
「…うぅぅぅ〜ッ」
とうとう彩葉は取り繕う事すら出来なくなり、謎の呻き声を上げた。
「一般的な話なんてどうでもいい。お前にとって、俺が格好良いかどうかが気になるだけ。」
戸惑う彩葉に、柾人はお構い無しだ。
「…格好良い…ですよ。…一目惚れですよ?…そうに決まってるじゃないですか…」
だんだんと語尾が弱くなりながら、彩葉は言う。
その言葉に、柾人は小さく笑った。
「…それは…有難い。一つ…有益な条件を得たという事だな。…じゃあ、この顔で迫って口説けば、お前は俺を許してくれる?」
「…許すも許さないも…、何をですか?」
真っ赤になった彩葉は、上目遣いで柾人を見ながら言った。
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