第32話 願い出る
あと三日。
金曜日。週末の業務が終了し、書類を纏めながら彩葉はため息をついた。
この1週間。
柾人は業務終了後に予定があると言って、彩葉を先に帰してしまう。
なので送迎の仕事はしていなかった。
こんな事は初めてだった。
だから思った。
もしかして新しく彼女が出来たのかもと。
彩葉が柾人の側から離されそうになっているのも、もしかするとそのせいかもしれない。
そんな事を考えると、これから柾人の側で仕事をさせてもらうのは益々難しいのでは無いかと思えてくる。
今までの事を振り返ってみると、やはり入社の動機が不純で、且つ方法も少しズルかった事が柾人には知られているのではないか。
だから、尚更嫌われているのかもしれないと思った。
それなのに、気まぐれとはいえ柾人が伸ばした手を取った。
そして自分の不都合な、柾人によく思われていない事を考えないようにした。
そんな曖昧な柾人との関係が、何時までも続けば良いと願った事への罰かもしれない。
「...デザイン部への異動はしない...」
彩葉は声に出した意志を、再確認するかのように頷く。
異動しても意味が無いのだ。
既に今の彩葉は、デザイナーになりたい訳でもない。
更に言えば、デザイン力もない人間がデザイン部へ行っても邪魔でしか無い。
でも秘書も続けられないのであれば...。
彩葉は深く溜息をつく。
「...もう...アリシマ・ファニチャーに...居場所は無いのかも...しれない」
そうかもしれない。
それでも今まで、柾人に嫌われたとしても頑張ってきた。
もう嫌われているのであれば...。
最後にもう一度だけ。
側で働かせてほしいと願い出よう。
最後にもう一度足掻きたい。
柾人への恋心も確かにあるが、柾人が真摯に向き合っている業務に自分も関わりたいと願った事も本当だ。
全てを話して、それでも駄目なら。
その時はアリシマ・ファニチャーを去ろう。
彩葉は決断した。
◇◇◇◇◇
自宅に戻ると、彩葉は自室で正座をして携帯を手にした。
そして『ヨシっ』と気合を入れると柾人に電話をした。
携帯から呼出音が聞こえる。
何度かコールが続き、そしてその音が止まる。
『...はい。...有島です』
畏まった柾人の声が電話越しに聞こえる。
「お疲れ様です、庭木です。」
決心して、彩葉はそのままの勢いで柾人に電話を掛けた。
これ以上時間を置いても、自分の考えだけで結論が出る訳でもないからだ。
今の彩葉に出来ることは、今までの疚しい事を謝罪する事。
そして今後も同じ様に、柾人の側で仕事が出来るように願い出るしかないのだ。
「お休みの所、大変申し訳ありません。...今、お電話は大丈夫でしょうか?」
『...あぁ、構わない。今日は自宅にいるから。』
電話口からは、柾人の声以外聞こえない。
確かに外にいる訳では無さそうだ。
「社長...、もし宜しければ...今日か明日、お時間を少し頂けないでしょうか。先日の『異動』の件で...月曜日の前にお話させて頂きたいのですが」
柾人がこの願いを断れば、もう月曜日になってしまう。
その前に、一度会って話がしたい。
もし彩葉が思っている通り、柾人は彩葉に呆れているから離そうとしているのだとしても、直接、ハッキリと聞きたかった。
『...構わないが...、電話で良いか?』
「...いえ、出来れば直接お話させて下さい。」
そう言った後、少し沈黙した時間が流れる。
そして柾人の声が聞こえた。
『...分かった。...今日...今からコッチに来れるか?』
あぁ。これで逃げる事すら出来なくなった。
「...ありがとうございます...。今から伺います。」
自分からお願いをしておきながら、怖くて、電話を切る手が僅かに震えた。
もし、コレでダメなら...。
胸が苦しくて、胸に当てた手をグッと握った。
これ以上、ここで考えたら動けなくなる。
そう思い、彩葉は勢いをつけて立ち上がった。
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