第31話 夜闇に溶ける
彩葉にデザイン部への異動を打診した次の日、柾人は彩葉に言った。
「...突然の話だ。少し考えてもらっても構わない。でも2ヶ月後と考えるなら、あまり猶予も無い」
すぐに決断を迫られる訳では無い。そう知り、彩葉は内心ホッとした。
しかしすぐにその考えは覆された。
「...来週...、月曜日出社した時にでも聞こうか」
つまりは1週間しか期間は無いという事だ。
理由も分からない。
ただ、柾人の表情がいつもと違う。
彩葉に対しての、少し怒ったような顔でも不機嫌そうな顔でも無い。
少し困ったような笑顔を見せた。
そんな柾人を目の当たりにし、彩葉は理由を問う事すら出来なかった。
ただ分かるのは、自分が切り捨てられそうになっている事だけだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
業務が終わり、自宅に戻る頃には日が落ちている。
明々とした照明を点ける気にはならず、座っているソファの側のスタンドライトを点ける。
滅多に自宅では飲まないのに、現実を忘れる手段として手早く酔ってしまいたくて、冷やしたウォッカのボトルとショットグラスを手にした。
ストレートで飲めば、アルコール度数の高さの為喉が焼け付く様だったが、今の気分には合っていた。
柾人は無駄に酒に強いせいか、あまり時間を置かずにウォッカを口にしても酩酊する事も出来なかった。
いっそ酔い潰れてしまえば良いと口にしたが、その気配も無い事に舌打ちする。
彩葉に『来週の月曜日』と期限を切ったのは自分だというのに、既に後悔している。
本来の自分であれば、こんな風に鬱々と考える事も無い。
もし仮にあったとしても、結果が変わらないのであれば、むしろさっさと過ぎて期限が来れば良いと考えるだろう。
なのに、今回に限っては違った。
彩葉はきっと、デザイン部への異動を承諾するだろう。
デザイン部へ異動したとしても、全く会えない訳でもない。
なのに“月曜日”が来なければ良いと思う。
“月曜日”が来れば、きっと柾人と彩葉の間にある“溝”は更に深まる事だろう。
きっと修復など出来ない。
それでも離れようと決めたのは柾人自身だ。
「...いい加減...、聞き分けろよ…。」
自分に言い聞かせるように独り言ちる。
距離を取り、時間を掛けて少しずつ二人の仲を修復すれば良い。
何度も自分に言い聞かせる。
しかし、きっと無理だと思っている事を、無理矢理“希望”として見出そうとしているのも分かっている。
だから“月曜日”が来るのが怖い。
“月曜日”が来れば、彩葉と離れる事が確定する。
デザイン部へ彩葉が異動すれば、柾人と関わる必要も無くなるのだから、彩葉も柾人の事など気にもしなくなるだろう。
「それに...会わなくなれば...、俺だってきっと...」
きっと時間が、この胸を締め付ける想いも風化してくれる筈だ。
こんなにも乱されるのであれば、恋など要らない。
だからコレで良いのだと、繰り返し、繰り返し言い聞かせる。
これ程までに言い聞かせても、諦めきれない恋慕。
出逢って、彩葉が入社する迄は顔を合わせる事すら無かったのに。
それでも胸の片隅に消えずにあった恋情。
それを自覚した今。
離れたくないと思う、利己的な思いは夜闇の中で深みを増しているというのに。
振り子のように行き来する想いに、ひたすら振り回される。
そして深いため息をつくと、また繰り返し同じように揺れ動く想いに振り回されるのだった。
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