第30話 隔靴搔痒《かっかそうよう》
はぁ。
トイレの洗面所の大きな鏡の前で、彩葉は大きなため息をついた。
社長室で三上と桐人に泣いている所を見られ、動揺のせいか涙は止まった。
鏡の中の自分の顔は、少し目元が赤いくらいだ。
化粧直しも終え、人前に出ても大丈夫そうだ。
ヨシ!と気合いを入れトイレから出ると、入口の真向かいに、桐人が壁に寄りかかり腕を組んで待っていた。
「少し復活したか?」
「…ご心配お掛けしました」
声を掛けてきた桐人に、少し頭を下げてお礼を言う。
そんな彩葉の言葉に「心配とかしてねぇし」と、桐人は毒づく。
嫌われてはいない様だが、子供のような相変わらずな桐人の態度に少し笑いが出た。
彩葉は桐人に引き連れられ、会社の側のカフェに入った。
そして目の前には、生クリームがそびえ立つ様に盛られたフルーツパフェが鎮座している。
カフェに入り、とりあえずとメニュー表を見ていた彩葉に構うこと無く、桐人によって注文されたものだ。何故か選択肢は与えられなかった。
「女は甘いモン食っとけば機嫌が治るだろ」
桐人は偏見全開の発言をする。
彩葉は甘味も好きだが、それを食べたからと言って機嫌が治るほどでは無い。
しかしコレは、桐人なりの“慰め方”なのかもしれないと甘んじる事にした。
「...で、何?...喧嘩でもした訳?」
コーヒーを口にしながら、桐人は彩葉に問う。
しかし彩葉自身も詳細は分からない。
分かっているのは、社長付き秘書を解任されてデザイン部へ異動を打診された事だけ。
自分がどんな失敗をして柾人から切り捨てられようとしているのか。
それとも単純に、“浅ましく“欲望のままに柾人の手を取ったが、とうとう飽きられたのか。
「...デザイン部へ異動してはどうか...と打診されました。」
「...あの“へっぽこ“なデザイン力で?」
桐人には、以前から柾人との関わりを言葉巧みに話すように誘導されて話していた。
その中で、彩葉自身も昔はデザイナーを目指していた事。そして諦めた事も話していた。
少し興味を持たれ、デザイン画を見せろと言われ、見せた時に言われたセリフそのままを、今また言われた。
凡庸なデザインしか出来ないと自覚したから諦めた。
しかしそれはもう昔の事。
彩葉は既に別の道を選んでいる。
アリシマ・ファニチャーにおいて、桐人のデザインは重要だ。
しかし彩葉は、デザインされた家具のその後を請負い、商品化する柾人の手助けを出来る仕事がしたかった。
しかし柾人から“不要“だと思われたから、デザイン部へ異動という話が出たのかもしれない。
「...で?...大人しくデザイン部に来る訳?」
「...デザイン部へ行っても...私は“戦力外“でしょうし...」
彩葉の言葉に、桐人は「そうだな」とバッサリ切り捨てる。
その言葉に少し笑いが出た。
悔しさすら抱けない自分は、やはりデザイン部では仕事が出来ないだろう。
「...社長ともう一度...お話してみます。」
「...まぁ、頑張れば?...他の変な女が兄さんの傍に居るよりはアンタの方がマシだし。」
憎まれ口しか口に出来ないながらも、桐人の言葉に多少慰められた彩葉は、微笑みながら「ありがとうございます」と礼を言った。
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