第28話 介入
「おっ?三上兄ちゃんじゃーん!!どっかからの帰り?」
エレベーター前で立っている三上に、業務時間中に相応しくない言葉遣いで声が掛けられた。
「…桐人…。外部の方がいるかもしれないフロアでは、言葉遣いに気を付けろよ?」
ネイビーとホワイトの太めのボーダーニットに、細めのブラックデニムの格好の桐人と、セミオーダーのスリーピーススーツを身に着けた三上が並ぶ。
アリシマ・ファニチャー内では、外部と接触がない部署は必ずしもスーツ着用をしなければいけない訳ではなかった。
特にデザイン部は自由な格好の者が多かった。
しかしそれでも会社なので、ジャケットコーデが多い。
しかし桐人はひたすら自由で、会社であってもプライベートと変わらない格好をしていた。
そして不思議と『桐人だから仕方ない』という風潮があった。
「まぁまぁ。それよりさ、『Oggiシリーズ』の新しいデザインのラフ画、今から兄さん所に持っていこうかと思ってたんだよ」
「…あぁ、出来たか。じゃあ、また会議、会議…の日々か…」
また新たなる仕事が始まると、三上は溜息をつく。
「…会議は任せるよ。俺はデザインだけ頑張る〜」
桐人の言葉に、『呑気で良いな』と三上は羨ましそうに桐人を見る。
それに対して、『そう思っているだろうな』と、桐人は三上を笑う。
行き先は一緒の二人は、取り留めのない話を口にしながら足を進める。
社長室のあるフロアに入れば、いつもの様に人はいない。
なので、2人とも社長室に入る際も遠慮がない。
一応ノックはするが、いつもの様に返答は無いのですぐに扉を開ける。
しかしそこにはいつもと違う光景があった。
「…そんな事は…思っていない。違うんだ…」
扉を開いた瞬間に、柾人の声がした。
デスクに腰掛けるようにして立つ柾人は、少し俯いて顔に手を当てている。
そして彩葉は扉が開いた事に驚き、其方に向き直った。
三上と桐人は、少し驚いた顔を涙で濡らす彩葉を見た。
そして彩葉はそのことに気付き、慌てて顔を逸らす。
「…えっと…?何事?」
最初に口火を切ったのは三上だ。
「…何でもない…」
顔を逸らしたまま、柾人は三上に言う。
しかしあまりにも信憑性が無かった。
気まずそうに顔を逸らす柾人と、涙でボロボロの顔になっている彩葉。
「…ちょっと状況が分かりませんが、とりあえず一旦、時間を置いて話してみたらどうですか?…ついでに『社長』?業務の報告がてら、色々確認させて下さい」
社長に対しての言葉遣いに戻して話す三上が柾人にそう言う。
その横で、桐人はミーティング用のテーブルの下にある荷物置きにあったボックスティッシュを引っ張り出す。
手荒に何枚も引き抜き、そのティッシュで彩葉の顔をゴリゴリ拭く。
「…いや、ちょっ…、自分で…ぶっ」
手荒すぎて口を開く事も出来ないが、それが逆に冷静さを取り戻すキッカケにもなった。
「…あ〜あ、こりゃ
涙で化粧が崩れた彩葉の顔を見ながら、桐人は笑って言う。
その言葉を聞き、柾人が顔を上げる。
その様子を三上は見ていた。
一瞬、鋭くなった柾人の表情を。
「…とりあえず、アンタは化粧直ししてこい。」
彩葉は桐人にそう言われ、自分の顔がどのような状態か分からないながらも羞恥した。
そして3人に頭を下げると、言葉を発するゆとりは無いまま社長室を飛び出した。
「…俺は…、とりあえずアイツのフォローしとくけど…」
社長室を飛び出した彩葉を見送りながら、桐人はそう言い、柾人と三上を見た。
気まずそうな柾人と、嘘くさそうな笑顔を見せる三上がいた。
それを嫌そうな顔で桐人は見る。
「では社長は私と、少しお話しましょうか?」
柾人の返事は無かった。
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