第27話 決心

彩葉が体調を崩した、その日。

甲斐甲斐しく世話をされ、体調が良くなった翌日、自宅に戻された。


その週明けから、柾人は5日間地方へと出張の為出社しない予定になっていた。


ちょうど良い。


柾人はそう思った。

彩葉と少し距離が出来、自分を落ち着かせるには良い。


これを切っ掛けに、彩葉と距離を取っていけば手放してやれる。


自覚するには遅すぎた『恋』は、最早修繕する事など無理だ。


ただひたすらに、柾人は自分にそう言い聞かせ続けた。



◇◇◇◇◇◇



「お疲れ様です。店舗は如何でしたか?」


週明けの夕方に出張から戻り、柾人は、秘書である彩葉からの出迎えを受けていた。


の後、週明け直ぐに彩葉に会わないまま『店舗巡り』の出張に出た。

そして、そのまま週末を迎えた。


つまり今日は、1週間ぶりに彩葉に会った。


しかし彩葉は通常と変わらず、今日も無表情だ。

いや、無表情になるように、ひたすら耐えていた。


パーティの日は柾人をめちゃくちゃ怒らせ、次の日はめちゃくちゃ迷惑を掛けたのだ。


柾人のマンションを出る時に、ひたすら謝罪はした。


後は迷惑をかけないように、心を無にして働こう。

彩葉は柾人が不在の間、自分にそう言い聞かせた。


今の所、業務を遂行する上では『迷惑』は掛けていないと思う。

多少至らない点はあっても、失敗には繋がっていない。


今、彩葉が出来ることは、柾人の役に立てるように『仕事』をこなす事だ。


彩葉の『恋』は、『仕事』を上回ることの無いようにセーブしなくてはいけない。

彩葉の失敗は、全て『恋』に関連する事ばかりだからだ。


せめて『柾人の役に立てる人になりたい』という、最初に願った事は成し得たい。


だから今日も自分の感情が表に出ないように、無表情を貫く。



「あぁ、新採用も増えたからな。中々活気があったよ。」


柾人は自分のデスクにビジネスバッグを置くと、デスクに腰掛けるように体を預けて立つ。


「メールで頂いた、店舗からの希望案は纏めてフォルダに保存していますので、後でご確認をお願いいたします。」


出張中に指示された業務の報告をしながら、彩葉は柾人の側に近づいていく。


そんな彩葉を、柾人はジッと見つめている。

目線の鋭さに、彩葉は少し距離を開けたまま立ち止まった。


「…庭木…」


「…はい…」


彩葉の名を読んだ後、少しの間二人の間に沈黙が流れた。

そしてその沈黙を破ったのは柾人だ。


「…お前…、デザイン部に異動するか…?」


決して大きい声ではなかった。

しかし二人しかいない社長室の中で、妙にこの言葉は響いた。


「…え…?」


彩葉は状況が掴めなかった。


デザイン部に彩葉が異動する?


しかし柾人の表情は、業務中の真面目な顔だ。


「…まだ決まった話では無い。俺だけが考えている段階だ。…お前が希望するなら…、そうだな…1ヶ月後…くらいには内示として出せると思う。正式には…2ヶ月後…くらいか?」


そう言うと、柾人は少し俯いた。


しかし彩葉は自分の頭の中に渦巻く、柾人が発した言葉が処理出来ずに呆然としていた。


デザイン部?

それはどういう事?


異動?

では社長付きの秘書はどうなるの?


デザイン部に異動するという事は、彩葉が柾人の秘書から外れるという事。


それを理解するのに、少し時間を要した。


そして理解したその時。彩葉の口から零れるように、震える声が出た。


「…あ…、わ…私は…、…何か…また失敗しましたか…?」


「…違う。そうじゃなくて…、…っ!!」


俯いた柾人は、彩葉の声に答えながら顔を上げた。


そして彩葉の顔を見た。


そこには無表情のまま涙を流す彩葉が立っていた。


「…何かしたのであれば、教えてください。…業務での失敗でしょうか?…それとも…私自身…が…」


「…違う…。そうじゃない…」


柾人は目をそらす様に首を振った。


「…もう、…私は…お役に立てませんか…?」


再び、二人の間に沈黙が訪れた。

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