第26話 看病

巨大なビーズクッションというモノに身を預け、広いベッドで休む。


これは柾人が購入してきたものだ。



彩葉は、ホテルから出ると、ほぼ強制的に柾人のマンションへ連行された。


そしてベットにドレスの格好のまま入れられると、「大人しく布団に入ってろ」とかなり強く念押しされた。


少し軽減したようにも思えたが、それでも体調の悪い彩葉は同意する。


それに安心したのか、柾人は少し笑って、そして出掛けて行った。



柾人が外出すると、柾人のベッドを汚したくなくてベッドからソロリと下りた。


それでも歩いて回る気力は無く、床に座ってベッドマットに頭を沈めた。



そうして、しばらくして柾人が戻って来た時に箱から取り出したのが、大きなビーズクッションだった。


しかも動物タイプのビーズクッションが2個。

黒猫とクマが箱から出された。


そしてその他諸々購入してきたようだった。


その中から、モコモコのパジャマらしきモノも袋から出され手渡される。


そうして最終的に、ウサギ耳のついたモコモコパジャマを身に着けて、クマのビーズクッションにしがみつく様に横になり、黒猫に添い寝されるようにしてベッドに入った。


「ディスカウントショップでバタバタ買ってきたからなぁ。まさかパジャマまで『動物』とは…」


自分で買ってきておいて、柾人は小さく笑っている。


これでは『子供部屋』じゃないか。

そうは思ったが、柾人の笑い顔が何だか可愛くて、彩葉は何も言えずに言いなりになった。


しかしだ。

思いのほかビーズクッションの寝心地が良く、梱包の後片付けをしている柾人を見ながら、彩葉はトロンとしてきた。


「…いいから、大人しく寝てな。シーツが汚れても洗えば良いだけだし、…昨日は無理をさせたからな。…悪かった…」


柾人は、彩葉の頭をまたしても撫で、ゴミを持って部屋を出た。


彩葉の抵抗も虚しくそのまま微睡み、緩やかに瞼は閉じた。



◇◇◇◇◇◇



しばらくして寝室に戻ると、クマのビーズクッションにしがみつく様にしてうつ伏せになっている彩葉が眠っていた。


暖かさ重視で、パッと見で慌てて買ってきたパジャマにはフードにウサギ耳がついていた。


起きた時にソファで使えるかもと買ったビーズクッションは、予想よりも早く使用用途が出来、彩葉の身体を支えるのに役立っている。


肩からずり落ちた掛け布団の代わりに、これもまたソファで使うかもと考えたハーフケット毛布を掛ける。


赤いタータンチェック柄は、思ったより暖かそうな見た目だ。


静かな寝息を立てて眠っている彩葉の顔を覗き込めば、少し体調が良くなってきているのか、顔色も多少良くなってるように思えた。


柾人はベッドに座り、額にかかった彩葉の前髪に触れる。


体調の悪い彩葉に、何をどうしてやったら良いか分からずに、とりあえずネットで情報を探った。


その時に見た情報によれば、ストレスで酷くなる事もあるらしい。


『ストレス』なんて、正に沢山感じていた事だろう。

主な原因は『柾人』ではないか。


柾人は彩葉に聞こえないように、小さくため息をついた。


良くもまぁ、『仕事だけでも側に置いておけないか』などと考えたものだ。


彩葉自身も、ここまで酷い症状になるとは予想外だったのだろう。


ならば今回の症状が重くなった理由は、過度のストレスだろう。


「…酷い事しか…してねぇもんな」


今更優しくしたいなんて、なんて都合の良い考えだ。


本当は分かっている。


学生時代から『デザイナー』を目指していた彩葉。

ならば桐人の側に置いてやれば良い。


柾人は、桐人が同性愛者という事を知ってはいたが、それでも桐人が他の者より彩葉を構っている事も知っている。


恋愛としては成り立たないかもしれない。

それでも、少なくとも柾人の側で体調を悪くする程ストレスを感じながら過ごすよりは、格段に良い状況だ。


「…ただなぁ…」


まだ覚悟が決まらない。


答えは導き出された。

嫌っている人間の側より絶対に良い。


デザイン部に在籍するだけでも、彩葉のとっては良いだろう。


それでも、個人的なワガママだと分かっていても、手離したくない。


デザイン部に在籍すれば、柾人と彩葉の接点は殆ど無くなる。


仕方ないと割り切るには、もう少しだけ時間が欲しい。

時間を引き伸ばせば、その分だけ未練がましく引き止めたくなるだろう。


まだ大丈夫。


昔から、自分の思い通りにならなくとも、自分の中で折り合いを付けて生きてきた。


だから。


あと少しだけ。


自分が踏ん切りをつけて、彩葉にこの考えを伝えれば、きっと彼女も喜ぶだろう。


喜ぶ姿を想像して、柾人は首を振った。


『嫌だ』と思う自分を宥めるには、随分手間取りそうだ。


柾人は立ち上がり、そっと寝室を後にした。

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