第25話 体調不良
柾人は現実を受け入れ、それでも駄々を捏ねるかのように軋む心を持て余す。
隣で眠る彩葉は、未だに小さな寝息を立てて眠っている。
眠っている事を良い事に、柾人は再び彩葉の隣りに体を横にし、そろっと起こさないように抱き寄せた。
起きたらどうしたものか。
自分の自覚した思いと、今までの自分の行いに対しての罪悪感。
自分勝手だと思いながらも、思い悩む。
どうせ成就することは無い思い。
でもせめて側に置いて仕事をする事くらい望めないだろうか。
そう思い、彩葉の髪に顔を埋めてそっと自分に引き寄せた。
そこで、ふと、彩葉の身体が少し熱く感じた。
昨夜。正しくは今日の明け方まで、随分と無理をさせた自覚はある。
彩葉の顔を覗き込むと、青白く、随分と顔色が悪かった。
柾人は慌てて体を起こし、更に彩葉を覗き込んだ。
「おい、庭木。お前、大丈夫か?」
少し体を揺すり、柾人は彩葉に声を掛けた。
そして柾人が身体を起こした拍子に、掛けていた掛け布団が大きく捲れた。
彩葉の細い身体に散る、数々の鬱血の跡。
入浴する間もなく、二人してそのまま眠った為、未だ情交の色濃い跡がある。
そしてシーツに出血の跡があった。
「…は?」
予想しない出血の跡に、柾人は少し動揺する。
「…あ、社長…。おはよう…ござい…ます」
彩葉は肘を着きながら、少し身体を起こした。
思いの外に彩葉が大丈夫そうな反応をした事にほっとしつつも柾人は言葉を続けた。
「…顔色が悪い。大丈夫か?…それと…」
柾人がシーツに目線をやった。
それは彩葉の太腿を伝い、シーツを汚した出血跡。
それをチラリと見たその時、彩葉はふらりとベッドへ再び沈み込む。
「おいっ」
「…すみません…。貧血気味…みたいです。少し目眩がして…」
彩葉は辛そうに片手で顔を覆った。
「…これ」
「…みっともなくてすみません…。予想外の時に…生理が…」
「…いや、それは良いんだが、…お前…青白いぞ、顔色。本当に大丈夫か?」
柾人はとりあえずと、掛け布団を彩葉に掛けながら、そっと頭を撫でた。
「…病気ではないので、大丈夫です。…元々、若干不順気味で…。…年に一回くらい、凄く重い時がありまして…。」
なすがままになっている彩葉は、目を閉じたまま言う。
運悪く、今がその時らしい。
「…少し休んだら帰りますので…、社長は、良かったら先にお戻りになられて…」
身動きが出来ないようで、彩葉は話をそのまま続けた。
「…出来るか、そんな事。」
それを柾人は遮り、ベッドを出る。
「…連れて帰ってやるから、そのまま大人しくしてろ」
ベッドを出た柾人は、もう一度彩葉の頭を撫でると足を踏み出し動き出した。
◇◇◇◇◇◇
彩葉は柾人の甲斐甲斐しさに驚いた。
抱き抱えられたままバスルームに連れ込まれ、洗髪、洗身をくまなくされ、湯船に浸けられた。
そして湯船から出ると、その後の世話まで。
ルームサービスで依頼したのか、生理用品まで準備され、彩葉はひたすら身を縮めた。
なんでこんなにも、柾人の前では失敗ばかりするのか。
こんな自分なのに、柾人は具合の悪い彩葉を診てくれる。
入浴後に部屋に戻ると、コーヒーカップに何かが入っていた。
「…生姜入り葛湯らしいぞ。苦手じゃないなら飲んだら良い。ルームサービスを頼んだらサービスでくれた。」
そう言い、柾人は別に入れたコーヒーを飲み始めた。
昨日着ていたドレスを身に着け、差し出された葛湯を口にする。
「…温かい…」
「…それは良かった。…身体…、暖めた方が良いんだっけ?持って来た人が言っていた。」
「…そうなんですね。お礼…言わないと…」
未だに貧血症状が出て、少し頭がクラクラしながら、彩葉はポツリと呟く。
「…それは良い。俺が言っといた。」
何から何まで柾人に世話をされ、自分が情けなくて彩葉は俯いた。
◇◇◇◇◇◇
立ち上がってもフラフラとする彩葉は、柾人に横抱きに抱えられながらホテルを後にした。
すれ違う人にジロジロ見られ、恥ずかしいから下ろして欲しいと訴えたが聞き入れられず、柾人は堂々とホテル内を歩いた。
「恥ずかしいなら、顔を隠してろ」
そう言われ、どうして良いか分からないまま柾人の胸に顔を埋めた。
昨日はあんなにも不機嫌だった。いや、怒っていたのかもしれない。
あの怒りは、彩葉が見苦しい事ばかりしてしまうからだろうか。
なのに、彩葉の体調が悪いだけでこんなにも優しくなるのか。
彩葉は柾人の、衣服越しの体温を感じ、ちょっとした疑似体験を味わっていた。
柾人は、なんだかんだと言って、結局優しい人なのだ。
だから彩葉相手だろうと、少し体調が悪いだけでもこんなに優しい。
これが、柾人の愛する人なら…。
常にこんなにも優しくされるのだろうか。
叶わないはずの恋。
なのに、時折『罠』の様に、柾人に魅せられる。
これは『ズルい』と思う。
弱っている時に優しくするなんて。
言葉で何度も『大丈夫か?』と確認された。
何度も頭を撫でられた。
心配そうに顔を覗き込んで、じっくりと様子を見られる。
その上、とうとう『お姫様抱っこ』だ。
貧血と昨日の疲労で、彩葉はそんなことを考えながらも気が遠のくのを感じた。
そうして柾人に抱き上げられたまま、彩葉は再び意識を飛ばした。
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