第22話 パーティー当日
『同業種交流会』を兼ねているパーティーは、18時に入場開始し、19時よりスタートする。
その時間に間に合うように、開場でもあるホテルに到着した。
受付を済ませると、二人は会場の中に入っていく。
彩葉は柾人の背後に立ち、会話の邪魔にならないようにする。
会う人と名刺交換がされ、会話が進んでいく。
中には元々取引のあった人もおり、業務の事についても簡単に話される。
会話を聞き、必要な事は簡単にメモを取りながら、柾人と共に彩葉は移動する。
それからは主催者がステージで挨拶をし、立食形式で食事やアルコールが提供された。
ある程度落ち着いてくると、背後にいた彩葉に柾人は声を掛けた。
「ちょっと離れて話してくるから、ここで少し座って休んでいてくれ」
そう言って柾人が目をやった方には、若手の社長や重役らしき人が何人か固まっていた。
以前も会った事のある人達で、柾人の友人でもあった。
彩葉は了承し、壁際の椅子に腰掛けた。
ふぅっと息を吐き、一息入れる。
特に身体を締め付けるような服でもなく、身体がキツい訳ではなかったが、パーティーというものに参加した事が初めてで、正直かなり緊張していたのだ。
それでなくても、今身に着けているドレスの購入の件でも失敗している。
外に出て、柾人が彩葉に個人的に支払いをさせた事は一度もなかった。
しかし、それは食事代等だ。
食事代にしたって恐縮し、それでも結局強引に支払われるのだが、ドレスとなると違うと思ったのだ。
大体支払い金額の額が違うではないか。
とはいえ、柾人は今回の購入金額も教えてはくれなかったが。
とにかく逆らえる訳もなく、今回も甘える事になった。
「…でも…、何か…お礼…したいな」
昼食の、少し豪華なお弁当や近くのお店での食事。
出張の後にくれるお土産。
この前のクリスマスのケーキ。
そして今回のドレスやアクセサリー。
確かに柾人と彩葉の収入は、かなりの格差がある。
しかしそれでも、何かお返しがしたいなと思った。
少し俯くと、今日身に纏ったローズピンクのドレスのスカートが目に入った。
綺麗で可愛いドレス。
そして素敵なアクセサリー。
何も知らず、何も持っていない彩葉に、仕方なく与えた物だろう。
それでも彩葉からしたら、大好きな人からプレゼントされたものだ。
嫌われているのに、それでも一途に恋焦がれる相手が選んでくれたドレス。
大事にしたい。
「…何のお礼だか知らねぇけど、俺にしてくれても良いけど?」
俯いていた彩葉の視界に、黒のビジネスシューズが目に入った。
その声は聞き覚えがあった。
彩葉は顔を上げると、笑顔の男性がいた。
それは彩葉が初めて付き合った人だった。
「鹿島…先輩…。」
「久しぶり。珍しい所で会うな。何してるんだ?」
彩葉とは当然知った仲だ。砕けた口調で話し掛けてくる。
しかし彩葉は、柾人に同行した“秘書“だ。
この場で、プライベートの会話を弾ませる訳にもいかない。
椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「…お久しぶりです。上司がご友人とお話されている間待機しております。もうじきお戻りになると思いますので、プライベートの件であれば、またお会いした際にでもお話させていただければと存じます。」
パーティー会場の誰かが見ても、征人が恥をかくことがないようにしたい。
そして彩葉自身、鹿島と話す事など何も無い。
そう思い、出来るだけ丁寧に話した。
しかしその考えは、彩葉だけのものだった。
「…つれないな。まぁ、良い。じゃあ、今度機会が貰えるように連絡先交換しようぜ?…今、お前連絡先変わってるだろ?」
鹿島はそう言うと、彩葉の二の腕を掴んだ。
若干及び腰になっていた彩葉は、簡単に逃げる事が出来なくなった。
「…あの後付き合った奴…別れたんだ。だからお前も気兼ねなく俺と会って大丈夫だし…、な?」
そう言うと鹿島の反対の手が、パーティードレスに合わせてアップしサイドに一束下ろしていた髪に触れた。
鹿島の行動に、悪目立ちをしたくなくて大人しくしていた彩葉も、流石に拒否しようと口を開こうとした。
その時、鹿島の背後から一回り大きな男が現れ、その肩を叩いた。
◇◇◇◇◇◇
彩葉を連れ立って会場入りした柾人は、側を歩く彩葉を見て満足していた。
柾人が選んだローズピンクのドレスは、彩葉の細身ながらも女性らしいボディラインを適度に飾り立てていた。
ドレスに合わせてアップされた髪型は、可愛らしくもあり洗練された雰囲気を醸し出した。
細く白い首を背後から見ると綺麗なうなじが見え、ドレスに合わせて購入したパールとゴールドチェーンを使用してデザインされたネックレスの留め具が見える。
小さな留め具は華奢な首を、より柔らかそうな白い女性らしい肌に魅せた。
若く美しい洗練された女性として、彩葉は通り過ぎる者から時折視線を送られていた。
そしてその姿の彩葉は、柾人が作り出したものだ。
柾人が選び抜き、彩葉に身に着けさせた。
自然に笑みを浮かべている事を、柾人は自覚しないまま彩葉を引き連れて歩いた。
会場内で、柾人は久しぶりに合った友人と話をしていた。
最近の経営状態や内部の人間関係など、親しい仲の者同士で愚痴を言い合う。
長い時間ではなかった。
また会おうと会話を締め、ふと振り返る。
彩葉が座っていた方向に目をやると、誰か見知らぬ男と話をしていた。
そしてその男が、華奢な彩葉の二の腕を掴んだ。
驚いて二人に近付くべく足を踏み出そうとした、その時。
男の手が、彩葉の顔に触れたように見えた。
サイドに下ろした、手触りの良い彩葉の髪の毛に触れるその手は、そのまま彩葉の頬を撫でた。
ドクンッと、大きく心臓が跳ねるように鳴った。
そしてそれは、何のきっかけだったか。
ジワジワと、小さくも燃えていた種火が一気に燃え広がるかのように、何かが一気に焦げ付き、それでも
柾人は、無意識のまま奥歯を噛み締め、握り締めた拳の内の皮膚に爪が食い込む。
その痛みは、そのまま焼け付く胸の痛みに同調する。
食い込みが激しくなればなるほど、胸が軋む。
柾人は足を踏み出した。
「…失礼。その者は私の秘書だが、何か用件が?」
苛立ちを隠すことも対外的な挨拶もせずに、柾人は男に声を掛けた。
肩を叩かれ驚いた様子の男は、彩葉の髪から手を離し振り返った。
それでも尚、左手の、彩葉の二の腕を掴んだ手は離されていない。
柾人が、彩葉の為に選んだローズピンクのドレス。
そのドレスは、胸元から袖にかけて繊細な同色のレースが使用されていた。
そのレース越しに見えるのは、彩葉の色白い柔肌。
それをこの男は無遠慮に、今なお触れている。
苛立ちは益々募った。
「…え?…いや、あの…、…昔、この子と付き合っていたことがあって…、また会おうと…」
男は、柾人の険悪な雰囲気に気圧されながら、弱々しく言葉を口にする。
彩葉は静かに鹿島の腕から逃げようと試みていたが、力では叶わず、その場で動く事が出来なかった。
「そうですか。しかし本日は、庭木は私の秘書として、業務の一環で同行させております。今からも少々打ち合わせがありますので、プライベートの件であればご遠慮願いたいのだが…」
そう言うと柾人は、彩葉の二の腕を握った鹿島の手を掴んだ。
それに驚いたのか、鹿島は直ぐに彩葉の腕を離した。
「…も、申し訳ありませんっ、失礼します」
慌てて、取ってつけたかのような簡単な挨拶をすると、鹿島は直ぐにその場を走って去っていった。
「…あ、社長…、その…」
結局悪目立ちしてしまい、柾人の手を煩わせてしまった彩葉は、謝罪の為に口を開こうとした。
その彩葉の二の腕を、柾人の大きな手が掴んだ。
「…痛っ」
力の加減すらされずに掴まれた彩葉の細い二の腕は、痛みを訴えた所で離されることは無かった。
そして苛立ち、不機嫌そうな柾人はその腕を掴んだまま彩葉を見下ろした。
「…来いっ…」
不穏な瞳の支配者が、そう命じた。
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