第21話 男の甲斐性

彩葉のドレスの購入を決め、ふと、柾人は立ち上がった。


支払いの手続きを支持している冴島さんの元に向かう。


「支払いはコレで。あと…今後もあるかもしれないので、サイズ…控えといてもらえるかな?」


柾人はクレジットカードを出しながら、冴島さんに声を掛けた。


それに冴島さんは笑顔で答える。


「もちろんでございます。全てのデータは保管致します。手土産等で悩みがちになってる際の、庭木様の味覚からスリーサイズ、好み、リングのサイズまで。」


その冴島さんの答えに、柾人は若干腰を引く。


「…いや、そういった意味じゃ…。まぁ、良い。よろしくお願いします。」


誤解されているとは思ったが、そんなにムキになって否定する程でもない。


柾人は思い直し、再度お願いした。


そうしていると、二人の横に別の店員がやって来た。


「お話中、大変申し訳ありません。あの、庭木様より…カードをお預かり致しまして…」


申し訳なさげに話す店員に、柾人は「…は?」と声を出す。


どうやら彩葉は、今回の買い物の支払いを自分でしようとしていたようだ。


しかし気を利かせた店員が、柾人の元に最初にやってきて了承を得てから手続きをしようとしたようだ。


柾人は店員から彩葉のクレジットカードを受け取る。


「私が話しておきます。ご配慮ありがとうございます」


柾人がそう言うと、その店員は笑顔で下がった。


「…可愛らしい秘書さんですね。」


「…もう少し…勉強させます。」


不満げにそう言う柾人を見て、冴島さんはクスクス笑う。


そもそも上司と部下でドレスを購入する為に来店する事など、普通は無い。


なので冴島さんが、二人の仲を『親しい者』だと考えてもおかしくない。むしろそう考えるのだろう。


そうなると、支払いが彩葉ではおかしいのだ。


この状態で彩葉が払い、柾人はただ着いてきただけという状況はおかしいと、彩葉は考えなかったのか。


まぁ、考えなかったんだろうな。


心の中で溜息をつきつつ、柾人は彩葉のクレジットカードを見た。


今の世の中、割り勘や、自分の物は自分で払う風潮にはあるようだが、少なくとも征人に寄ってくる女性では見た事がなかった。


そして今回のパーティーへの同行は、内勤業務の彩葉にはイレギュラーな事だし、柾人の我儘な希望でもあった。


彩葉を女避けに連れていくのだ。


こんな時ですら、柾人は彩葉に排除されるのか。

違うと分かっていても、そう感じ、少し苛立った。


本当は、単純に彩葉が遠慮しただけの話だ。


それでも、柾人が一緒に来ているのだから甘えれば良い。


なのにそれが出来ないのは、だ。そう思った。


「…とことん…ムカつく女だな…」


思わず口から漏れ出た愚痴が、冴島さんの耳にも届いたようだ。

少し驚いた様に柾人を見た。しかし直ぐに笑顔に戻った。


「…では、有島様が“女の喜び“を教えて差し上げれば宜しいのでは?」


クスクス笑いながら、女傑は笑う。


愚痴を聞かれた柾人は、逆らう事を止め、曖昧に笑った。


こういったタイプの女性と話す事は初めてだった。

そしてきっと自分は敵わないと感じた。


ならば話を続けて負けることは無い。


会話を終わらせた柾人に冴島さんはお辞儀をし、「手続きと梱包をして参りますね」と離れた。


冴島さんが離れると、柾人は彩葉の元まで戻りクレジットカードを彩葉に戻した。


そして戸惑っている彩葉に告げた。


「男に恥をかかすな」


どうして良いか分からない彩葉は、俯きながらカードを受け取った。

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