第20話 交流会の準備

先日の、取引先の秘書からのアプローチの件もあり、『同業種交流会』のパーティーの参加に彩葉も同行するようになった。



『女に絡まれるのはめんどくさい』


と平然と口にし、柾人は彩葉に一緒に行くように命じた。


しかしパーティーに参加する事など想定していなかった彩葉は、衣装もその他のアクセサリー類も持っていなかった。


それを知り、柾人は深く溜息をついた。


身の置き所がない気分になったが、新卒採用で入った彩葉は、まだ結婚式の参列すらした事がなかった。


「…当日までに用意しておきます。」


「…いや、今日の午後からはアポは無かったな?」


俯きながら申し訳なさげに言う彩葉に、柾人は言う。


「…はい。ご予定はございません。」


「なら、今から外出する。」


いきなりの事に、一瞬思考が停止した彩葉とは異なり、柾人は直ぐに立ち上がり、スーツの上からグレーのステンカラーコートを羽織った。


「…行くぞ」


「…は、はいっ」


置いて行かれそうになり、彩葉も慌てて自分のノーカラーのコートを手に取り追いかけた。



◇◇◇◇◇◇



そうして柾人が運転して連れてこられたのは、馴染みのある百貨店だった。


先方先に持参する為の手土産の相談や購入によく使う店で、彩葉も頻繁に訪れる。


しかし今日は手土産を購入する地下ではなく、エレベーターで上に向かっていく。


「…あの、社長?」


「お前が買いに行くのを確認するのも面倒だから、さっさと購入する。」


状況が分からず、彩葉は柾人に声を掛けた。すると少し面倒くさそうに答える。


「…え?」


柾人の答えに、彩葉はさらに驚く。

驚きの決断の速さと行動力。


しかし今日、そこまで現金を持ち合わせていただろうか。

財布の中身を心配する。


というか、百貨店で購入という時点で高額なのでは!?


内心動揺する彩葉に構うことなく、レディースフロアに降りると、柾人はスタスタと歩いていく。


仕方なく、彩葉も急ぎ足で追い掛ける。


最悪、1枚だけ持っているクレジットカードで対応しよう。


彩葉は覚悟を決めだ。




少し先に進むと、柾人は近くにいた店員に声を掛け、何かを言っていた。


追いついた彩葉は、柾人の側に立つ。


柾人主導で動いている今、どうして良いか分からないからだ。


そして柾人もまた、彩葉に対して何も言ってくれない。



「お待たせ致しました。」


柾人と彩葉に声を掛けてきたのは、先程とは違う女性だった。

しかもこの百貨店の店員が身に着けている制服姿ではなかった。


スーツ姿の、姿勢の良い妙齢の女性だ。


「本日担当させて頂く、冴島と申します。お問い合わせ頂いた『トータルプロデュース』を行う『パーソナルスタイリングサービス』は予約定数が達しておりまして、良ければ私が個別に対応させていだければと存じます。」


綺麗なお辞儀をし、冴島さんは頭を上げた。


横で話を聞く彩葉は、この百貨店では『パーソナルスタイリングサービス』というサービスが予約制で行われている事を知った。


「それは大変お手数をお掛けします。私、アリシマ・ファニチャーの有島と申します。」


柾人は名刺入れからスルリといつもの様に名刺を出し、冴島さんに差し出す。


冴島さんは「頂戴致します」とその名刺を受け取った。


そして柾人も簡単に冴島さんに説明をする。


今度『同業種交流会』というパーティーがある事。

大規模な本格的なパーティーでは無いが、一応『ドレスコード』があり、今回は『スマートエレガンス』である事。

秘書である彩葉が身に着ける、あまり華美では無いモノ。


簡単に説明を受け、冴島さんは二人をフロアの奥の個室へ案内する。


案内されて入ったのは、豪華なソファセットが配された部屋だった。


「…冴島さん?ここはVIPルームですか?」


怪訝そうな表情を見せる柾人に、冴島さんはニコリと笑顔を見せた。


「はい。仰る通り、本来は外商顧客の方を対応する為のお部屋にございます」


その言葉を聞きながら、彩葉は側のソファを見た。


「…これらは…Semperシリーズの“黒”ですね?」


「…あぁ、本当だ。あまり見ないから違和感があるな」


社長であるにも関わらず、柾人は平然と言ってのける。



Semperシリーズの“黒“は、発売当初のみ、限定予約の方を対象に製造、販売されたものだった。


柾人も商品の完成した時のみ見て、それ以降は資料でしか見ていないものだった。


「はい。丁度VIPルームも空いていましたし、せっかくアリシマ・ファニチャーのトップのお方がご来店頂けるのですから…。そういった訳でご案内させて頂きました。」


「…お心遣い、ありがとうございます。」


他意は無い。ゴリ押し販売するつもりも無い。

そういう事らしい。


そうしていると、他の店員がパーティードレスやそれに付随するアイテムをVIPルームに持ち込み始めた。


勧められたソファに座り、その様子を見ている。


「VIPルームをご利用のお客様には、この部屋の壁面が見えなくなるくらい商品を並べさせて頂くのですが、今回は控えめにさせて頂きますね」


笑いながら、冴島さんは言う。


「それはそれは。それでも…出来れば“個人資産“が潰れない程度によろしくお願いします」


それに柾人も笑いながらそう答える。


彩葉はその言葉を聞きながら、『冗談はやめて欲しい』と願う。


購入するのは彩葉だ。

貴方たちとはお財布事情が違うってものだ。


焦っている彩葉を尻目に、二人はドレスの説明に入る。


五着程用意されたドレスの中で選ばれたのは、ローズピンクのドレスだった。


襟元から胸元、二の腕にかけてはレースが覆い、胸元からは同じくローズピンクの布が使用されている。前腕の終わり、袖口には胸元と同じ布がフレア状に縫い付けられている。

ウエストに同色の幅広リボンがあり、リボンは背面に配置されている。

そしてスカート部分はレースとプリーツがミックスされた、ボリュームの少ないモノだった。


そしてそれに合わせてカバン、アクセサリーと選ばれた。


怒涛の勢いで選定される様子を、彩葉は呆気に取られながら見ていたが、ふと、柾人が席を立ち、冴島さんと話している隙に側にいた店員に自分のクレジットカードを渡す。


「…あの…ボーナス払いとか出来ますか?」


「…はい。対応可能ですが…、その…宜しいのでしょうか?」


店員が少し困った顔をしながら、それでも彩葉の出したクレジットカードを受け取る。


彩葉は意味が分からないながらも、ボーナス払いが可能なら何とかなると考え、「大丈夫です」と答えた。


柾人が百貨店に連れて来てくれたお陰で、問題がスピード解決し、彩葉はホッとした。


そして安心して出されたコーヒーを口にした。

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