第19話 軽慮浅謀《けいりょせんぼう》
その日は、家具やインテリア商品を格安で販売している量販店とアリシマ・ファニチャーの共同企画で、オリジナル家具の製造、販売を行う企画会議が行われていた。
商品の素材やデザイン、価格帯まで。
現時点で、両企業の担当者が行った打ち合わせで企画の内容の道筋は決まっていた。
あとはお互いのトップが顔合わせをし、契約を締結する為に開かれた会議だと言っても間違いは無い。
しかし本日、柾人が会議室に向かう為のスケジュールが上手く組まれず、入室が遅れる事となった。
しかしそこは三上が代理として出席した。
最後になるかもしれないが顔を出す事を伝言し、その言葉の通り、柾人は契約締結直後に入室した。
事前に知らせていたとはいえ、遅れてしまった柾人は、付き添わせていた彩葉と共に頭を下げ、丁寧に謝罪を行う。
契約自体はもう結ばれた。
しかし挨拶がてら相手側の社長とは話をする。
三上が腰掛けていた椅子を譲り、柾人はその椅子に腰掛けた。
その背後に、彩葉は静かに立った。
話す内容は取り立てて重要な内容は無く、近頃の情勢や、近く行われる同業種の交流を図るパーティーの事等だ。
「…有島社長はゴルフは行かれますか?良かったら、今度時間があった時にでも…」
「あまり上手くは無いですが、良ければ是非。」
両トップは共に対人向けのアルカイックスマイルを浮かべ、簡単ではあるが会話を終わらせた。
そして会議室を出る為、見送りの為に両者は立ち上がった。
その時、相手の社長の横にいた女性秘書が柾人の前に少し進み出る。
「…有島社長。ご挨拶が遅れ、大変申し訳ありません。第1秘書の瀬川と申します。」
スッと名刺が差し出される。
相手方の秘書と名刺交換を行う事もある。
しかしそれは、その秘書の上司、つまり今回であれば社長が不在の際などが殆どだ。
しかし退室するこの場面で突然名刺を差し出された事に少し驚きながらも、柾人は笑顔で受け取る。
「先程お話にもありました『同業種交流会』や他の件でも、
笑顔で第1秘書は話す。
相手の社長とゴルフの話等もしたので、可笑しい話でもなかった。社長の事に関してならば。
しかし彼女の意図する事は別の様に聴き取れた。
そして名刺に目をやると、印字された連絡先とは別に、手書きで加えられた携帯番号が記載されていた。
どう見てもコレはプライベートナンバーだろう。
この秘書も、柾人だからという訳ではないのだろう。
多分、訪れる企業で似たような事をしているのだろう。
相手の社長からは、その名刺の手書き部分は見えなかったのだろう。特に何か物申す様子も無い。
「…それはご丁寧に。しかし『同業種交流会』とやらの打ち合わせというのは、関係者でもない私がするのは相手方に失礼に当たるかと…。会場で
柾人は受け取った名刺を、背後にいる彩葉に渡しながら話す。
その柾人の言葉に、相手の社長も何か勘づいた様で、慌てて二人の間に入る。
「…社長、次回お会いする際は…そうですね、秘書の同行は…私共には必要ないようですね。互いにもう話をした仲ですから」
「…申し訳ない。私も…そのように思います。」
社長は軽く頭を下げた。
「…今度、お時間が頂けるならプライベートで飲めると良いですね」
社長に対して柾人は笑顔でそう言う。
貴方は悪くないので気にしないでくれと。
この件で、契約内容が変更することも無いと。
それを読み取った社長は少しホッとした顔を見せ、「是非」と答えると、部屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇
「モテる男は大変だなぁ〜」
社長室に戻った3人は、彩葉の用意したコーヒーを飲みながら一息ついていた。
そこで三上が笑いながら言う。
「…別に…、あれは、なんなら『愛人希望』だろ。何処でもやってるんだろ。バカバカしい。『恋愛』なんかしてる暇は無い」
柾人にとって『恋愛』とはめんどくさいモノだった。
『恋愛関係』を持ち掛けてくる者は、大抵こちらの行動を制限し、自分の為に動けとけしかけてくるのだ。
「…はぁ〜。恋愛も時には必要だと思うがなぁ。…まぁ…モテる奴の苦労もあるのかねぇ〜」
「…さてね。しかし単純に…浅ましい…、短絡的で浅慮な奴は好きじゃない。」
柾人の言葉に、三上はケラケラと笑っている。
その側で、彩葉は無表情のまま固まっていた。
柾人に対して『誘い掛けてくる』人は定期的に現れる。
『処分してくれ』と言われ、彩葉に渡された名刺は、一応『処分用名刺ファイル』に収めている。
あまり考えずに購入した薄めのファイルは、彩葉が秘書に就いてから作られたモノだ。
そのファイルも、あと僅かで埋まりつつある。
名刺を渡した人数だけでそんな数だ。
しかし問題はそこでは無かった。
柾人は『浅ましい』『短絡的』で『浅慮』な奴は好きじゃないと言っていた。
では『自分』はどうなのか。
柾人が気まぐれに差し出した手に縋り、今尚、体の関係を続けている。
『嫌われている』自分が『愛されることは無い』と知りつつ、身体だけでも関わりを持とうとしている。
正に『浅ましい』『短絡的』『浅慮』と言った所だ。
彩葉は心の中で、酷く絶望感を味わう。
失敗に失敗を重ね、既に嫌われているのに、更に嫌われる要因があった。
柾人の手で簡単に乱される私は、そのうち飽きられて、そして何もかも受け入れてもらえなくてなるのだろうか。
だとしても、彩葉には柾人との関係を絶つ選択肢は無かった。
ただ、ひたすら。
その日が来るのを恐れて、覚悟をしながら過ごすしか無いのだ。
三上が好きな、少し酸味の効いたコーヒー。
ブラックコーヒーは飲めても、酸味の効いたコーヒーは少し苦手な彩葉は、寧ろ今の気分には丁度良いと思いながら口にする。
嚥下したコーヒーは、やはり酸味の効いた、苦い味がした。
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