第17話 隠しきれない

アリモト・ファニチャーの本社は、屋号を変更された際新社屋も建設された。


10階建てのビルの最上階。

そこには秘書室と社長室が配置されている。


コレから人員が増える事を見越して造られた為、現時点で秘書室はあまり使われていない。


と言うのも、外回りを担当する秘書室長。そして内勤の社長付秘書の彩葉のみが使っていた。後は書類保管庫を兼ねていた。


その他役員の秘書もいたが、年齢のいった役員達は自分の秘書は自分の役員室の側の部屋に在中させているからだ。



年配者で構成された役員は、自分の秘書を内線で呼ぶ事に対して億劫だとはばからない。


それより扉一枚を開けて呼ぶ方が楽なのだと言う。


今後の業務拡大、世代交代等で状況は変わるかもしれないが、現時点では、最上階を使用するのは三人だけだ。


そして社長室付きの彩葉も、無駄に広い社長室にデスクが設置され、厳密には秘書室を使ってはいなかった。



社長室は、社長のデスクが設置された背面は、デスクの高さより上がガラス張りになっていた。


そしてその左横に巨大な書類棚がある。

それを背面に彩葉が使用するデスクがあった。


同室にはミーティングルームを兼ねたソファセットがある。

アリモト・ファニチャーの自社製品でもあるソファセットは黒の革張りで、クッションも効いた座り心地の良い物だ。


時折柾人が仮眠に使用することすらあった。


そんな広い社長室だというのに、業務の采配は柾人主導で、且つ中小企業の中でも小さな会社に慣れ親しんだ役員は『社長と三上室長に任せる』と言い、ミーティングルームもたまの報告会のみに使用される。



つまり社長室のあるフロアには、基本的に人の出入りが無い。


しかも室長の三上は、本来であれば秘書達に指示を与える役職でもあるのに、副社長のような役割を兼任していた。

いや、最早殆ど『副社長の業務』を担っており、秘書室長の名は飾りになりつつあった。



そんな三上が、珍しく最上階にいた。


午前中、秘書室で彩葉が書類を確認し、昼食を摂る間もなく外出予定ではあったが。



社長室の書類棚に納められた昔の書類を確認しつつ、三上はチラリと社長室の住人を見た。


そこにはいつもの様に、あまり会話も無く業務を行う柾人と彩葉がいた。



しかし他人の色恋沙汰、特に肉体関係があったかどうかと言うのは、不思議と感じ取ってしまうものだ。


三上は“不思議なもんだよな…“と思いつつ、何となく観察してしまう。


と言うか、三上は既に少し予測していた所もあった。


それは昔から見てきた柾人が、いつもの様に冷静に彩葉に対応出来ない所を見ていたからに他ならない。


とはいえ、大人同士の事。

いちいち口を挟む気は無かった。


ただ、特に柾人が『拗れている』様に見えたのが気になった。


“揉め事“は面倒なんだがなぁ。


三上は手にしていた書類のファイルを棚に仕舞うと、自分のビジネスバッグの中に入ったモノを取り出し、彩葉に近付いた。


「庭木さん、コレ。差し入れ貰ったんだけど、俺、今日は自宅に戻れないしあげる」


三上は笑顔を見せ、彩葉の手を取り渡す。

透明のラッピング袋に入れられたのは、最近話題の有名メーカーのフィナンシェだ。


五つほど入ったフィナンシェを彩葉に手渡すと、三上は彩葉の頭に手をポンと置く。


「お茶の時にでも食べて」


「ありがとうございます。」


彩葉は小さく笑う。

そう。三上にも彩葉は小さくなら笑うのだ。


柾人にだけ態度が違う。


こんなに露骨なのに、何故柾人は拗れ始めたのか。


三上は寧ろそれが理解出来ないと思いつつ、ふと、柾人に目をやる。


するとパソコンで作業をしていた柾人が此方を見ていた。


一瞬の事で、直ぐにその目はパソコンに戻った。


人によっては見逃すかもしれない。それ程までに短い時間。


しかし三上は認識した。

目付きの鋭い、隠し切れない牽制。


あーぁ。コレは既に拗れきってるな。

どうしたものかと、どうする気もないのに心の中で呟く。


「食べたかったら、庭木さんにお裾分けしてもらって下さいね、社長?」


三上は、敢えて、ワザと言ってみる。


「…別に…。お菓子が食べたいとは思ってないが?」


柾人が顔を上げ、いつもの様に人当たりのよさそうな笑顔でそう言う。


仕方ない奴だ。


三上は弟分でもある柾人に笑って返す。


「次は社長にもお土産買ってきますよ。」


「…楽しみにしてるよ」



そして柾人も理解した。


三上が“彩葉との関係“を読み取ったと。

今、三上に自分は試されたのだと。


そして最後に宥められた。


『俺にまで牽制するな』『俺はお前の敵では無い』と。



柾人は後頭部に手をやると少し俯き、小さく溜息をついた。


その様子を見て、三上は小さく笑った。

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