第11話 初めての来訪

コンビニから出ると雨足はさらに強くなっていた。


買い物袋は2つにもなった。

しかも買ったものは夕飯やお菓子やアイスのみだ。


水とアルコールは自宅にあるというので、飲み物は購入しなかったのにも関わらず、食べ物のみでその大荷物になった。


慌てて車に乗り込み、あと少しで到着する柾人のマンションへと向かった。


「土日、完全にご在宅の予定ですか?」


「…いや?…多分食事をする為に出るとは思うが…」


何となく聞いてみた彩葉に、柾人は後部座席からのんびりした口調で答える。


大量に食料を買い込んでいたので、バッチリ引きこもりの準備かと思ったが違ったらしい。


「たったこれだけで明日、明後日までは無理だろ」


そう言われ、そう言えば柾人は意外によく食べる人だと思い出した。


会食の時はあまり食事をしないが、一人の時は定食なども大盛り仕様だ。


気持ち良いくらい食べ物が口に入っていくのだ。


作った食事があんなにパクパク食べられたら嬉しいだろうな。

しかも社長は、食事の時は何だか美味しそうに召し上がるし。


彩葉が柾人に食事を作る機会など無いが、想像すると心が浮きだった。


そうこうしていると直ぐにマンションへ到着した。


所定の場所に車を停め、彩葉は柾人に着いてマンション内に入る。


実は何時もは駐車場で挨拶をして別れるので、中に入るのは今日が初めてだった。


駐車場からエントランスへと抜ける通路があり、そこを抜けたらエレベーターがある。


「そう言えば三上さんからの指示で、社長のお住まいの候補の資料もプライベートメールにお送りしています。」


ふと思い出した事を柾人に伝えた。


今、柾人が住んでいるマンションはファミリー向けの3LDKの低層マンションだ。


一人暮らしなので部屋数は問題ない。

しかし知名度が上がってきており、セキュリティの問題から転居を検討していた所であった。


「…別にここでも良いと思うんだがなぁ。十分に広いんだが。」


「…個人的にはここにお住いの方が有難いですが、自宅に仕事を持ち帰る事は難しくなるかと。」


コンシェルジュが在籍している訳でもない、一般的なマンションだ。

誰かが柾人の部屋に侵入する事は、企業のマル秘情報が漏洩する可能性もある。未然に防ぐ必要は確実にあった。


しかし柾人は釈然としないようで、何とも微妙な表情だ。


「まぁ、今考えることでもないか。どうぞ。」


柾人の部屋の前まで来たようで、手早く解錠すると柾人は彩葉を誘導した。


中に入り、リビングダイニングに向かうまでにトイレやお風呂、そして部屋が三つあった。


その内の一室。


柾人がその部屋の前で立ち止まった。


「手前がゲストルームで、この先が寝室。この部屋は空き部屋だ。今後、もしかしたら用事で俺の部屋にお前が来ることもあるかもしれない。それでも...ココだけは...入らないでくれ。」



空き部屋だと言うのに、入らないで欲しいと言う。

しかも何時もの強気の表情ではなかった。


どう捉えて良いのか分からなかった。

少し物言いたげな。でも少し自信なさげな。


しかし逆の印象もあった。


本当は知って欲しいけど隠しているような。


だからといって、彩葉がその言葉に逆らう理由は無かった。


柾人はこの家の家主だし、社長だ。逆に自分は今日だけ、仕方なく招かれた客だし、社長に従える秘書だ。


今日は柾人の好意に甘えてこの場にいるだけの、嫌われている社員だ。

ちゃんと弁えなければならない。


彩葉は自らを律する。


「承知致しました。」


そう答えると、二人はリビングへ向かう。



「...悪いが、先にシャワーを浴びてくる。流石にこのままじゃ風邪を引きそうだ」


「はい、食事はダイニングテーブルに並べて良いですか?」


濡れたままの柾人は、少し不快そうだ。


「...いや、つまみながら飲むにしても、2人だし...テレビの前で良くないか?ソファの方がくつろげるし」


柾人はそう言って、彩葉の返事も待たずにリビングのテーブルに買い物袋を置いた。


「すぐに戻る。のんびりしていてくれ」


そう告げ、リビングを後にした。



残された彩葉は、冷蔵庫や冷凍庫に収納すべきモノを納める。


そうこうしていると、洗いざらしの髪にアイボリーのシンプルなセーター、ベージュのチノパン姿の柾人が戻ってきた。


「...あぁ、すまない。冷蔵庫に入れてくれたんだな。助かる。」


「いえ、これくらいの事でお礼など...」


畏まる彩葉に、柾人は食器棚から出されたワイングラスを手渡す。そのグラスをテーブルに運んでいる彩葉に、柾人は話しかける。


「庭木...、お前アルコール大丈夫か?」


「...はい、少しなら...。居酒屋で少し飲む程度ですけど...」


友人と集まって食事をする時などに、たまに利用する居酒屋で酎ハイを飲んだことがある。

正直、2杯目くらいから気分が良くなる。


だから深酒しなければ大丈夫だろう。


「...チェイサーも用意しとくか」


彩葉の様子に、柾人は少し考えそう言った。


『チェイサー』とは何だろう?

そう思っていると、別のグラスとミネラルウォーターが用意された。


「合間に水を飲むと深酔いせずに済む。交互に飲むようにしろよ?」


社会勉強になったなと、柾人が笑う。


柾人の笑顔を久々に見た。

彩葉は嬉しくて自然に小さく微笑んだ。


その様子に、柾人がこちらを見て動きを停めた。


「...どうかされましたか?」


彩葉は自分が無意識に微笑んだ事を気付かないまま、柾人に見つめられた事で無表情に戻った。


「...いや...。何でもない」


柾人はテーブルに置いたグラスにミネラルウォーターを注ぐ。


何をしてしまったのか分からない彩葉は、いつもの様に少し気まずさを感じながらも、そのグラスを受け取った。

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