第8話 表情が消え失せた日

『ブサイク』だと失言した日。


柾人は己が何故そんなに苛立ったのかも、分からないながらも反省した。


人を罵る行為は、決して良いものでは無い。


次に会った時には、彩葉に謝罪しようと考えていた。


実際に彩葉に会うまでは。



しかしその日を境に、柾人の前で彩葉から喜怒哀楽を表す表情が消えた。


『おはようございます』と挨拶したその時に違和感を覚え、謝罪の為に顔を合わせた。


その時に、その違和感がハッキリした。


『ブサイク』だと評した笑顔も消え、真面目そうな無表情な顔付きの彩葉が立っていた。




確かに『ブサイクな笑顔』だと言った。

『どうにかしろ』と言った。


だからと言って、それは随分と極端な態度の変化だと思えた。


そして自分が言い出した事ではあるが、彩葉の無表情は、柾人を拒絶しているかのようにも感じ取れた。


謝罪を口にしようとすると、喉に声が詰まり何も言えなくなった。



◇◇◇◇◇◇◇



彩葉は無表情で、淡々と仕事をこなすようになった。


業務スキルに関しては成長しており、内勤業務は彩葉が一人でこなしていた。


彩葉は、柾人に失言をしない為にも言葉数が減り、必要最低限の会話しかしない。


しかし秘書という業務のせいか、彩葉の視線や気配を常に感じていた。


彩葉の存在を常に感じ、以前の彩葉と現状との違いを思い知る。


出会った日は笑顔を見せたくせに。

征人の傍に来た日から引き攣った笑顔を見せるようになった。

引き攣った笑顔なのに、物言いたげな瞳がそこにはあったはずだった。


なのに今はもう、その『熱』を帯びた視線は変わったように感じた。


ソレが更に柾人を苛立たせた。



◇◇◇◇◇◇



出張先のホテルで、今日は会っていないはずの彩葉について頭から離れず、苛立ちを消したい思いでBARにいた。


ついアルコールに頼ってしまう。


明日の朝はそこまで急ぎでは無い。

多少多目に酒を飲んでも支障をきたすことも無いと、ボンヤリと3杯目のブランデーを口にしていた。


そこに髪の長い女性が寄ってきた。


彩葉より少し胸が大きく、少しメイクの仕方が違う。

髪の色も、こちらの女性の方が明るい。


「…この後…ご予定は?」


そう言って、女性は驚く事に柾人のジャケットの胸ポケットに3つ連なったコンドームを差し入れながら聞いてきた。


普段なら侮蔑の視線をやり、すぐさま立ち去る所だった。


しかしアルコールのせいか、苛立ちのせいか気が向いた。


仕事が忙しく、女関係も煩わしい為セックスもしばらくしていなかった。


女性の腰を抱き引き寄せれば、ふと思った。


多分、彩葉の腰はもう少し細い。


アルコールに浮かされた思考。普段なら『何を考えているのか』とすぐさま否定するが、今はそれもしなかった。


欲情する自分が止めれなかった。



女性の部屋で、流れのままに服を脱ぐ。


柾人が服を脱ぐ時、女性が手伝い、見えた柾人の肌に唇を寄せた。


彩葉を抱いたなら、彼女はこんなふうに肌に唇を触れさせるだろうか。


これより小ぶりの胸を揉みしだいたなら。

これより細い腰を撫でたなら。


柾人の欲望の昂りを穿いたその時、彩葉はこんな風に悦びを表すだろうか。


何をしても消えない。


目の前にいる女は、彩葉とは欠片も関係の無い人だ。


姿形も違う。


なのに柾人を昂らせるのは、脳裏に浮かぶ、見たことも無い彩葉の媚態だ。


女性の悦びの声すら、柾人を昂らせる要因にはならなかった。


偽物の女を抱きながら、脳裏で彩葉を抱いていた。


「…クソっ…!!」


柾人に興味も持たない彩葉に腹を立て、苛立っていた。


隠しても隠しても出てくる感情の波は、寧ろ征人を混乱の渦に巻き込んでいく。


その感情は理解してはいけないものだ。


理解すれば、長年に渡り作り上げた自分を根底から破壊するものだ。


なのに抑えれない。

だから歪みが出来て苦しい。


苦しみ足掻く柾人の脳裏には、想像でしかない淫猥な姿の彩葉が柾人を求め、よがり狂う。


柾人は己の欲望を、脳裏の彩葉の中に欲望を撒き散らしながら、目の前の偽物の女性の中で逝った。

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