第6話 BAR累-かさね-
「アハハッ!!…マジでウケる!!」
彩葉は桐人に、業務終了後引っ張るように連れさらわれ、歓楽街の端にあるBARにいた。
『そのブサイクな笑顔をどうにかしろ』と柾人に言われた午後の業務は、正にお通夜の様に気まずい雰囲気が漂った。
それでも何とか業務が終わると、柾人は『今日は“送迎“はいい。寄る所がある』と彩葉を社長室から追い出した。
そこに現れた桐人にさらわれたのだ。
◇◇◇◇◇◇
入社して社長付き秘書になって2ヶ月程経った時。
業務でしか話したことのなかった桐人が突然プライベートな話をブース内でしてきた。
『俺、ゲイなんだよね。で、兄さん付きのアンタが気に食わないの。兄さん、俺の初恋だし』
何のカミングアウトを受けたのか。
驚いて、一瞬声が詰まったものの、まぁ考えてみれば自分には特に弊害もない。
『はぁ。桐人さんがゲイでも私の仕事は変わりませんし、…それに…社長から…私が気に入られてるわけでも…無いですし…』
自分で発言しながら、本当の事を語源化すると妙にショックを受けた。
そしてそれ以後、桐人と会うと柾人の幼少期や学生時代、有島家具に就いてからの活躍など、自慢気に語られる様になった。
桐人曰く、自分自身をも制御し、誰の前でも己の感情を見せずに笑顔で対応する柾人が何であれ誰かに感情を露わにすることは無い。
それが負の感情とは言え、彩葉に対しては感情が滲み出ている。それが気に食わないらしい。
因みに現在は柾人に対して恋心を抱いている訳では無いが、初恋の男に絡む女は誰であれ気に食わないのだそうだ。
そうして迎えた今日。
桐人としても初めて見た兄の姿。
他人の、しかも女性に対して罵るなど、桐人の知っている柾人はしなかった。
引っ張って連れて来たBARで、彩葉はカウンターに額をつけ笑う桐人に反論すら出来なかった。
「…ブサイク…否定も出来ない…」
既にヤケになってアルコールは摂取している。
そこまでアルコールに耐性の無い彩葉は酔っていた。
「しかし兄さん…本当…珍しい…。」
笑いを収めた桐人は呟く。
対人関係にはかなり気を配る柾人があんな暴言を吐くくらい、自分はみっともなかったのか。
彩葉はその事実に打ちのめされる。
しかも相手は好きな相手だ。辛い。
自業自得ではあるが、これから挽回する事など難しい。
せめてこれ以上嫌われないようにしなければ。
ブツブツ呟いて自分の考えに没頭する彩葉は、隣の桐人の様子に構う余裕すらなかった。
「兄さんが気にするアンタが気に食わなくて相手していたけど、…まさか…こんな事になるとは…」
隣で深いため息をつく桐人は、手にしたギムレットを飲み干した。
◇◇◇◇◇◇
午後からの業務が捗らなかった為、柾人は一人残業をした。
自業自得だ。
苛立っていたとはいえ、何故あんな暴言を吐いてしまったのか。
仕事を終え、真っ直ぐ自宅に戻る気にもならず、たまに立ち寄るBARに行こうと考えた。
今日の状態ではあまり美味い酒になるとは思えなかったが、どうも飲まずには眠れそうもなかった。
明日も仕事だ。
軽く飲んだら帰ろう。
そう考えながら、お目当てのBAR累-かさね-に到着した。
送迎担当でもある彩葉を早々に退社させたので、今日はタクシーを使っていた。
そのタクシーを下りる為に精算していた時、BARの入口から桐人と彩葉が出て来る所を目にした。
苛立ちを収めるために、さっさとアルコールの力で眠ろうとしていたのに、更なる苛立ちを抱える羽目になってしまった。
二人が立ち去ってから、柾人はBARの中に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。先程、桐人さんがお見えになってましたよ」
オーナーがカウンター越しに挨拶をしてくる。
「…あぁ、さっき遠目で見かけたよ。」
「ご一緒に来店されるのも少なくなりましたね。柾人さんもお忙しいようで。…何を飲まれます?」
オーナーに問われ、考える。本当なら酒に溺れたい気分になっていたが、そういう訳にもいかない。
「…明日も早い。…ショットをダブルで。」
「…本当に忙しいんですね。次はゆっくりしていって下さいね」
オーナーは笑いながら、柾人が注文した酒を用意する。
「すまない。次は週末に来るようにするよ。」
静かに目の前に置かれたショットグラスを手にすると、柾人はグイッと飲み干し、静かにグラスをテーブルに戻した。
「…無茶な飲み方はしないようにして下さいね」
柾人の機嫌が良くないと察したのか、オーナーが口にする。
それを柾人は小さく笑って受け流した。
さっきまで桐人と彩葉が滞在していたこの場所に、長く居たくない。
理由など考えても仕方ない。
彩葉がデザイナーになりたいと考えていても、柾人には言わないだろう。であればどうしてやる事も出来ない。
それに仕事を覚えた彩葉は、中々使い勝手も良かった。
手放すのは少し躊躇するのだ。
ため息を小さく吐くと、柾人は立ち上がり店を後にした。
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