第3話 棘
「今年度の入社予定の、人員配備予定です。確認をお願いします」
社長の柾人の秘書を勤めている三上が報告しつつ、その書類を表示したタブレットをデスクに置いた。
「あぁ、コレで少しは社内が落ち着くと良いけど。」
書類を手に取りながら、ため息混じりに言う。
アリシマ・ファニチャーは現在、店舗での家具の販売と、それとは別に新設してまだあまり期間が無いデザイン部、そして営業部等が本社にある。
想像よりも売れ行きが良く、特に店舗と営業部の人員不足に陥っていた。
「売れ行きが良い事は素晴らしいがな。しかし、人材育成がコレからの課題か。」
「そうですね。あ、社長付きの秘書も、新卒採用から一名入れます。主に内勤と社長の送迎ですね。」
三上の言葉に、柾人は少し嫌そうな顔をする。
「…お前が外回りに出て、俺の代理をこなしてくれるのは助かるが、“送迎“は要らないんだがな。」
「まぁ、そう仰らずに。そろそろ『偉ぶって』もらわないと。アリシマ・ファニチャーも名が世間に知れ渡った事ですし。」
嫌がる柾人を尻目に、三上はタブレットに表示された一人の女性の名をタッチした。
するとその女性のデータが画面に現れる。
「庭木彩葉さん。面接の際に桐人さんのデザインについてかなり熱く語っていたそうで、人事部長が気に入ってました。」
「それ…孫に似てるとかいう話じゃないのか?」
柾人がそう口を開くと、三上はブハッと吹き出した。
アリシマ・ファニチャーは元々は小さな家具屋だ。
故にまだ社内の役職は庶民的な『オジサン』が多い。
そういった意味でも、これからは『人材育成』が必要になっていた。
古い人間が引退した頃には、それなりの会社になっている事だろう。
「まぁ、まだまだ社長自ら扱き使われる会社だ。有難く“偉ぶらせて”もらうか。」
「営業先の開拓も、半分は社長自ら行ってますからねぇ。早く育って欲しいものです。じゃないと、私の帰宅時間は何時も遅く、嫁と娘が寝てる時しか帰れませんから。」
デスクの前に立つ三上は少し不満げに言った。
「…だから“送迎“は要らないと言うのに、お前がするんだろ?…お歳暮で良いワイン贈るから、嫁さんと飲んでくれ」
「有難く」
柾人の言葉に、三上は笑って応えた。
◇◇◇◇◇
庭木彩葉という名に覚えがあった。
確か、今年の夏に社屋前でぶつかってきた女性だった気がした。
ゆるゆるの少し乱れたポニーテールの彼女は、ぶつかった事、そして柾人のメガネを踏み潰した事で取り乱していた。
見上げて此方を見つめる目が印象的だった。
クリッとした大きな目は驚愕により更に大きくなっていた。
可愛らしい容姿に、豊かな表情。
その手にイタリアのコンテストに応募する封書を持っていた。
その彼女が『秘書』としてアリシマ・ファニチャーに入社するという。
本当は『デザイン』に関わりたくて入社するのではないのか。
入社当初から希望の部署に配属される者もいれば、そうでない者もいる。
彼女は後者ではないか?
そう思えた。
秘書として育てても、もしかすると何れは『デザイン部』に部署異動を願い出るかもしれない。
二人目の『桐人』になるかもしれない。
見えない『棘』が、チリッと嫌な感触がした気がした。
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