第13話 推理の休日

時おりフラッシュバックする赤い景色。昔は毎日のように夢に見ていた。僕でさえそうなのだ。イエや家達さんはもっとひどかっただろう。あの事件から3、4年が経つ。その間にいくつかの事件に出会い、見てきたが…あの記憶を上塗りするようなものはなかった。きっとこの先も………。この記憶を薄めることができるとすれば、それは…楽しい思い出だけなのだろう。



家達さんが帰ってきてから2日がたった。家達さんの話は面白いものばかりで、全く飽きない。

「ただいま!」

「おかえりなさい、家達さん。ありがとうございます。せっかくの休みなのに買い物までしてもらって。」

「いいんだ。2人こそゆっくり休んだ方がいい。」

「そんな…」

僕たちの探偵事務所は客が少なく、基本的に暇だ。だからこそ日頃の疲れというものもさほどないのだが…

「ああ、そうだ!せっかくだしゲームをしない?」

家達さんは買い物袋を机に置きそう言った。

「ゲーム?する、する!」

イエは元気に返事をした。

「何をするんですか?」

「推理ゲームだよ。まずはそうだな…俺が買ってきたこの袋の中に何が入ってるか当ててごらん?」

家達さんは買ってきたものの中から白い紙袋を取り出した。単なる紙袋…何が入ってるかなんて…

「はい!はい!」

イエは高く手を上げた。

「早いね。だが、せっかくだし和斗くんを待とう。どうかな?」

家達さんはこちらに目線をやる。

「ん~~、分かりません。」

「はあ、和斗ったら…」

イエの方を見なくてもあきれてるのが分かる。

「和斗くん。よーく観察するんだ。探偵にとって大切なものの1つは観察力だよ。」

「観察力…」

「そーだよ!和斗は見えてるものを見ようとしてないんだよ!」

「見えてるものを?」

「ん!例えば……和斗はこの家の皿とかお箸の数を覚えてる?」

「いや、覚えてないなあ。」

「でしょ?家事をするから毎日見ているはずなのに、きちんと覚えてない。そういうのを見えてるのに見えてないって言ってんの!」

「なるほど…」

「今回もそう。和斗は白い紙袋ってだけで観察が終わってるでしょ?きちんと隅から隅まで見て!」

「うん。」

僕は目を凝らしてよく紙袋を見た。すると右下の方に小さく『relaxsweet

』と書かれていた。リラックスイート…有名なケーキ屋さんだ!

「もしかして…ケーキですか?」

「おっ気づいたね、和斗くん。だが、不正解。」

「えっ。」

「店のロゴに気づいたのはいいけど、それだけじゃダメだよ。次は知識を使うんだ。」

「知識ですか?」

「そうだよ。」

知識か……僕が考えていると、再びイエが助言をしてくれた。

「和斗。よく考えてみて。一昨日、お兄ちゃんが買ってきたケーキを食べたでしょ?それなのにこんなすぐにまたケーキを買うかな?」

「…確かに。家達さんはこういう時あまり被らないようにしてるもんね。てことは…」

そういえばリラックスイートは、ケーキだけでなくクッキーも販売してたはず。

「じゃあ、クッキーですか!」

「正解!よく分かったね!」

家達さんが親指をたてて、こちらを見た。なんだか嬉しい。これがふだんイエがしている推理というものなのか。

「分かれば案外単純なものだろう?せっかくだし、第2問といこうか!次の推理クイズは、昔俺が解決した事件の一部から抜粋させてもらおう。」

「お兄ちゃんの!?はやく!気になる!」

「その事件が起こったのは真夏の公園。昼頃、木に囲まれた草木の上で1人の男性の死体が発見された。第一発見者は…ここではAさんとしておこう。Aさんの証言によると、

「私がいつものように公園の中を散歩していると、ふと、小さな声で「助けて…」と聞こえたんです!今にも消えそうな、か細い声で言っていたので、何かあったんじゃないかって!そう思ってすぐに周りを見てみたんです!すると、倒れている男性がいました!近づいてみると息をしてないようで、すぐに警察を呼びました。」

とのことだった。そこで問題!俺はこの話を聞いてすぐAさんが犯人だと分かったんだけど、なぜでしょうか?」

「えっ…」

今の話だけでAさんが犯人?僕は何度も頭のなかで考えるが、いっこうに答えが浮かばない。あまりにもヒントが無さすぎる…。

「和斗、落ち着いて考えて。」

「イエ…」

やはりイエはすぐに分かったようだ。

「まずは簡単に状況を整理するの。」

「簡単に整理…」

「そう!まず、事件が起こった場所は?」

「公園。」

「いつ頃に?」

「えっと…夏?」

「ん!真夏の公園だね!じゃあ、次に第一発見者は?」

「もちろんAさんだよ。」

「んじゃ、Aさんはどうして死体を見つけれたのかな?」

「それは、声が聞こえたって…」

「どんな声?」

「えっと……消えそうな細い声?」

「ん、そうだね!気づかない?」

「えっ、何に?」

「……はあ。」

イエはため息をついた。

「よーーく考えて。真夏の公園だよ?和斗、探偵には想像力も必須だからね!」

「想像力……真夏の公園かあ。」

僕は目を閉じ、光景を思い浮かべる。太陽がギラギラ光り、人々の肌を焦がしていく。木々は、力強い緑色で生き生きとしている。蝶々が草花の上を飛び回り、蝉は力いっぱい鳴いている。そして、そのなかで一人の男性が倒れ、最後の力を振り絞ってか細い声で助けを求めた。……あれ?

「どう、何か分かった?」

「…うん、多分。イエ、確認だけど真夏の公園ってことは蝉がたくさん鳴いているんだよね。」

「そーだろうね。めちゃくちゃうるさく鳴いてるだろうね!」

「ってことは、そんな中で消えそうな細い声を聞き取ることなんてできるかな?」

僕がそのように疑問を口に出すと、家達さんが大きな声で

「正解!」

と言った。

「その通りだよ、和斗くん。Aさんは適当な証言をしていたんだ。蝉が鳴きまくる中で細い声が聞こえるはずがないのだから、男性に気づくはずはない。だから、俺はAさんが犯人だと分かったのさ。」

「やったね、和斗!少しは推理について分かったんじゃない?」

「うん…ほとんどイエのおかげだけどね。」

「じゃあ、最終問題といこうか!これも俺が昔に解決した真夏の事件の話だよ。事件が起こったのはとある一軒家。独り暮らしをしていた女性が殺害された。今回はこの人をAさんとしよう。Aさんは背中を包丁で刺されており、リビングでうつ伏せになって倒れていた。容疑者は、Aさんの母親、友人のBさん、隣人のCさんだ。」

「なるほど…」

僕は小さく呟いた。

「最終問題は質問形式だ。2人が質問して、俺がそれに答える。うまく質問して、犯人を突き止めてね。」

「おっけー!じゃあ、まずは凶器の包丁について教えて!」

イエが元気よく家達さんに聞いた。

「了解。凶器の包丁は、Aさんの台所にあったものだ。指紋は一切ついていない。」

「ふーん。……じゃっ、次は和斗が質問して!」

「えっ、僕?何を質問すれば…」

「今知りたいことを聞けばいいんだよ!和斗が今知りたいのは何?よく考えてみて。」

「僕が知りたいことか…」

「今の私の質問で、犯人はあらかじめ凶器を準備したわけではなく、Aさんのものを使ったことが分かったよね?ということは突発的な事件の可能性が高いでしょ?だったらどこかに犯人の痕跡が残ってるかもよ。犯人の痕跡…例えば指紋とかが残ってる可能性があるところを聞いてみたら?」

犯人の指紋……当然犯人は家に入っているわけだから、その際に触りそうなところは…

「ドアノブに指紋は残っていましたか?その、玄関の扉とか、リビングへの扉とかに。」

「そうだね…残ってなかったよ。家のどこの扉にも指紋は一切なかった。」

「そっ、そうですか…」

残念だが、犯人の指紋はドアノブからは見つからなかったらしい。他にあるかな…痕跡がありそうなところ。

「和斗、いい質問だったね!これで、犯人が少し絞れたよ!」

「えっ!」

「…気づいてないんかい。いい?今の質問でドアノブには一切指紋がついてないことが分かったよね。和斗、あるものだけを見るんじゃなく、ないものも見ないとダメだよ。」

「………Aさんの指紋も残ってなかったってこと?」

「ん、そゆこと!普通に生活しててAさんの指紋がドアノブにつかないわけがないから、つまり!犯人はドアノブを拭いたんだね!」

「確かにそうだね。」

「じゃあ、どうして拭いたと思う?」

「えっと…犯人自身の指紋がついちゃったから?」

「ん。つまり、犯人は手袋をしてなかった。ますます、突発的な事件だった可能性が高まったね。そして、犯人がAさんと親しいことも分かった。」

「そうなの?」

「考えてみて。家の全部のドアノブが拭かれてたんだよ?ということは、犯人はAさんの家をうろちょろできた人物ってこと。親しくない人ならそもそも家の中をうろちょろさせないでしょ?」

「確かに、いろんな扉に手を掛けることはないだろうね。」

「ここで、お兄ちゃんに質問!Aさんは隣人と親しかったの?」

「いや、挨拶をする程度だね。」

「よし、これで1人犯人候補が減ったね!」

イエは笑顔でこちらを見る。イエが楽しそうにしてるとこっちも嬉しい。

「あとは、母親か友人だね。どうやって絞ろうか?」

犯人は親しい間柄で、突発的に事件は起こった。おそらく、Aさんが自宅に招き入れて、その際に喧嘩か何かが起きて殺されてしまったのだろう。

「んー、そうね……犯人がAさんと親しいなら、一緒にお茶飲んだり、テレビ見たりしてるかもね。お兄ちゃん、コップとかリモコンに犯人の指紋はなかった?」

「ついてなかった。というより、机の上にはAさんの分のコップしか置かれてなかったね。」

「机はどこに?」

「リビングにあったのさ。リビングにはソファと机、テレビが置いてあった。」

「なるほどね。死体はどこへんにあったの?」

「廊下からリビングへの扉があるんだけど、その扉を開けてすぐのところで倒れていたよ。さっき言ったソファの後ろ辺りだ。」

「ふーん。」

イエは顎を手にのせて考え始めた。僕も状況を思い浮かべ考えるが、一向にいい考えは思い付かない。コップがないってことは犯人はお茶を飲んでないのか。それとも、飲んだけど洗ったのか。ドアノブも全て拭かれてたんだし、リモコンとかも全部拭いたのかな。となると、証拠が残りそうなものはなくないか?

「お兄ちゃん、机以外にはコップとか置いてないの?台所とかに。」

「台所の棚の中に、いくつか仕舞ってあったよ。それ以外にはないね。」

「じゃあ、その中に水が付着したコップはあった?」

「……あったよ。ほんのわずかだけど、水滴がついたものがね。」

「ビンゴ!」

パチンっと指を鳴らして、イエは言った。

「どういうこと?」

「簡単な話だよ。犯人は自分がいた痕跡を消すために、使ったコップを洗って仕舞ったんだ。ただ、突発的に人を殺した後で焦ってたんだろうね。」

「なるほど、それで水滴が残っていたんだ。…でもそもそもコップを使ったってよく分かったね。」

「今回も事件が起きた時期を考えてみなよ。」

「…あっ、そうか!真夏の事件って言ってたね!真夏の太陽にさらされた後は、喉が渇くだろうし…だから、コップを使ったって分かったのか!」

「ん、そゆこと!そしてこれで、犯人の痕跡…指紋が残っている可能性のあるものが分かったね!」

「えっ…何それ?」

「………よ~く考えてみて。犯人は素手のままコップを洗ったと思う?いや、それ以外にもドアノブを拭く時も素手だったと思う?」

「………。」

確かに、素手のまま作業をすれば指紋がどこかについてしまうかもしれない。となれば当然、証拠隠滅の作業をする際は手袋か何かをしているはずだ。では、何を?突発的な犯行で犯人は手袋とかを用意してなかったはず。…だとすればAさんの家にあったものを使った…。犯人は焦っていたし、Aさんを殺した後、近くにあったものを使った可能性が高い。殺害に包丁を使ったことから、リビングのそばに台所があるはず。台所にある可能性の高い、手袋……

「もしかして…ゴム手袋!」

「ん!私もそう思う!お兄ちゃん、ゴム手袋はあった?」

「うん、あったよ。」

「じゃあ、その裏に指紋は残ってた?」

そうか!手袋の裏、つまり手が接してる方には当然指紋がつく。犯人が焦っていたのなら、そこの指紋を消し忘れている可能性は高い。

「………うん!友人であるBさんの指紋が残っていたよ!2人ともお見事!」

「やったー!」

イエは僕に向けて大きく両手を開いた。僕はそれに手を合わせて、パンっとハイタッチした。

「いや~和斗くんも推理力が上がったんじゃない?」

「お陰さまです。」

「楽しかったね!和斗!」

「うん!」

僕たちは笑顔でそう話した。そのときの僕らを見つめる家達さんの優しい顔は忘れることはないだろう。



「イエちゃん、いつから事務所を開けるの?」

「ん?別に今も新年で休んでるわけじゃないけど……ただ、客が来ないだけで。」

「そうだったんだ……イエちゃん。」

「なーに?」

「仕事大丈夫?最近は、ほら、森亜の事件も増えてるだろう?」

「…」

イエは少し黙って、下を向いた。イエは確かにあの事件で深い傷を負った。けど……

「だいじょーぶ!おにいちゃん。和斗もいるし、頑張ってるよ!それよりお兄ちゃんこそ、すっごい忙しそうだけど…手伝うよ!」

イエは口角をあげ、そう答えた。今となってはイエも前を向けるようになった。

「……よかった、元気そうで。本当に…。」

家達さんは安心を噛み締めるように言った。僕も同じ気持ちだ。イエが…そして家達さんも笑顔を見せるようになってくれてよかった。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな。手伝ってほしい事件があるんだ。」

「なになに!」

家達さんに頼られてなんだか嬉しそうだ。

「『ヒーローサイト』って知ってるかい?」

「んーん、知らない。」

「事件を巻き起こす不思議なサイトさ。最悪、殺人も起きている。」

「えっ!」

「ネット上でのいじめや誹謗中傷…そのような被害は年々増えている、というのは聞いたことはある?」

「うん。」

「そこで被害者がそのヒーローサイトに相談すると、なんと加害者…つまりいじめなどをしたものが殺されたりしたんだ。」

「!」

「そして、現場には森亜のカードが残っていた。」

「ってことは、森亜がそのサイトを作ったってことですか!?」

「森亜茶助本人か…もしくはその組織の誰かだろうね。ヒーローサイトは相談者に復讐の方法を提供するのが主だ。そのため、サイトの経営者本人は直接手を下さないから、なかなか特定できなくてね。」

「……分かった!手伝うよ!いいよね?和斗!」

「うん!」

「ありがとう、2人とも。とりあえず分かっている情報をまとめたものを今度持ってくるよ。」

「ん!りょーかいっ!」

家達さんが初めて事件のことを頼ってくれたんだ。僕もできる限りのことをしたい。森亜茶助にヒーローサイト…この事件を追うことで、少しでもあの事件の真相に近づけるなら…。僕とイエは顔をあわせて、大きく頷いた。


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探偵の家 有部 根号 @aruberoot1879

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