第10話 長込谷のサンタ劇①
「んあ~、よく寝た~」
イエは腕を伸ばし、ソファから起き上がる。
「全く、昼寝が好きだね~。」
「掃除してつかれたの!」
「まだまだ、残ってるけどね。」
「うぅ~」
「イエが出しっぱなしにした本に、出しっぱなしのお菓子、イエが食べたスナック菓子の欠片……ほとんどイエのものじゃないか。」
「ぐむむ……何で、大晦日にこんなことを…」
「大晦日だからだよ!新年を向かえる前にきれいにしなきゃ!」
僕が必死にソファの上で駄々をこねてるイエを説得していると突然ドアが開いた。
「メリークリスマス!2人とも!」
「!」
そこに現れたのは……サンタの格好をしたイエのお兄さん…
「
黒髪で右目が髪で隠れている、細身の男性……家達さんだ!家達さんはイエのお姉さんの夫…つまり、イエの義理の兄に当たる。けど今となってはたった1人の家族であり、大切なお兄さんだ。
「お兄ちゃん!……サンタは本名、名乗らないと思うよ。」
「あはは、1本とられたな。」
「家達さん!仕事は大丈夫なんですか!?」
「まあね!全部終わらせてきたよ!だからまあ、しばらくはここにいれるかな。」
「ほんと!?お兄ちゃん!」
「うん。クリスマスにこれなかった分ね!」
「そうですか!だから、サンタの格好を?」
「それもあるけど…サンタにまつわる面白い事件を扱ってね。」
「えっ!聞かせて、お兄ちゃん!掃除はそのあとでいいよね!和斗!」
「えっ、ああ、うん。」
イエのキラキラした目を見て、断ることが出来なかった。まあ、僕も久しぶりの家達さんの話に興味あるし、いいか!何てったって家達さんの推理力はすごく、イエを越える推理を何度か見てきた。
「事件が起こったのは12月24日、調査は25日…まさにクリスマスさ。場所は……『
長込谷……知ってはいるけど、行ったことはないかな。
「この事件は『
「米良さんかあ…久しぶりだなあ。」
『米良 すー子』さん…家達さんと同じ事務所で働いている女性だ。元教師で、時おり勉強を教えてもらったりしていた。
「まあ、ともかく事件について話していこう…名付けて、『長込谷のサンタ劇』だね!」
「まさか、クリスマスに予定が入るとはね…せっかく、イエちゃんと和斗くんに会えると思ったのに…」
「もう、家達くん。拗ねないの。家達くんならすぐに終わらせて帰れるよ。」
「いや、この際残ってる仕事全部大晦日までに終わらせて、新年にたっぷり休みを取りますよ。」
「そう?結構残ってるけど…」
「大丈夫ですよ。それより今回の事件の概要は?」
俺は電車で現場に向かいつつ、米良さんに事件について尋ねた。
「長込谷の池の近くで、『
「サンタね……まさにクリスマスだ。…それで今回の事件は容疑者が捕まってるんでしたっけ?」
「ええ。長込谷にはとある劇団がテントを立てて公演しててね。そこの少女が夜に被害者とその息子…『真柏
「なるほどね…それで晴れて容疑者か。劇団…って言いましたけど、被害者がサンタの格好をしていたのにも関係が?」
「ええ、被害者と容疑者…真柏親子は2人とも劇団のメンバーなの。特に、被害者の千也さんは団長をつとめてる。どうやら劇団はクリスマス公演をしていたらしいわ。」
「それで、サンタの格好か。」
「どう?何か分かった?」
「いや、まだそんなに。ただ真柏純が本当に犯人かどうかは怪しいですね。もし犯人だったなら、わざわざ知らせに行くとは考えづらいですし、仮に自首のために知らせたにしても…彼は自白してないんでしょう?だから、僕たちが呼ばれた。」
「そうね。真柏純は容疑を否認している。……ちなみに依頼者は彼じゃないんだけどね。」
「そうなんですね。まあ、もうすぐ長込谷に着きますし、実際に会った方が早いでしょう。」
少しして電車が止まり、「長込谷~」とアナウンスが流れた。
「よし!行きますか!」
俺たちは立ち上がり、現場へと向かった。
「とりあえず、ここが長込村ね。この近くに例の池があるわ。」
駅を出てすぐのところにある小さな村に僕らはたどり着いた。村は森に隣接していて、その森の中に赤いテントのようなものがうっすら見える。あれが劇の行われている場所だろう。それと村の中でも1つ大きな屋敷が目立っている。
「小太くん。久しぶりですね。」
聞き覚えのある声がする方を見ると、痩せていて、やや目付きの尖った男がいた。服装はきっちりとした制服を着ている。
「
「小太くんもここで起きた事件を?言っておきますが、あなたの出る幕はありませんよ。何てったって犯人は真柏純しかいませんからね。」
「それはどういうことですか?」
「理由は主に2つです。1つは、事件の前に真柏純が被害者と激しく口論していたこと。2つ目は、凶器の持ち主が真柏純だったことです。」
「凶器ですか?」
「はい。木の棒です。バットのように太く、重さもあります。被害者は後頭部を鈍器で2度殴られた後があり、近くにその棒が落ちていました。恐らく1発では仕留めきれなかったのでしょう。…どうです?あなたの出番などないでしょう?」
「そうかもしれませんね。ただ、自分で調査するまでは諦めませんよ。」
「そうですか。」
「刑事さん、容疑者の話を聞きたいのですが…」
「では、こちらを。取り調べの際の会話をメモしてあります。」
「ありがとうございます。」
俺はもらった資料を開き中を読んだ。
「あなたは被害者である真柏千也を殺しましたか?」
「殺してません!父親ですよ!」
「落ち着いてください。では、事件のあった日に父親と口論をしましたか?」
「それは……!……しました。けど!殺してなんか!」
「口論の内容は?」
「…言いたくありません。ただ、事件には関係ないと言えます。」
「そうですか。……現場にあなたが劇で使ったという木の棒が落ちてました。私たちはこれが凶器だとにらんでいます」
「知りません!僕は殺してないです!」
「……第一発見者はあなたですか?」
「はい、おそらく。僕は夜の静かな中、散歩するのが好きなんですが…森の中を歩いていると、突然何かを強く殴ったような鈍い音がして!……それで行ってみると親父が死んでたんです!」
「なぜ、死んでいると分かったのですか?」
「血を流していて、脈も止まっていたからです。ただ…」
「ただ?」
「最後に親父がぽつりと一言言ったんです。『うし』って。」
「『うし』…ですか。……他に気になることはありましたか?」
「えっと……そうだ!確か、白色の何かが消えたんです!」
「何かというと?」
「親父の方に気を取られてはっきりは覚えてません。死体の近くに白色の何か…もやっとしたものが落ちてたんです。けど、僕がテントに人を呼びに行って戻ったときには失くなってました。」
「………とりあえず、このくらいで。何かあればまた尋ねます。」
「はい……分かりました…」
メモの内容は以上で終わっていた。
「なかなか厳しいですね。少しぐらい希望を持たせてやったらいいですのに。」
「無駄な希望は可哀想ってものですよ。他に聞きたいことは?」
「そうですね……口論を目撃したという少女について聞きたいですね。その子はどのくらい離れたところから目撃したんでしょう?。」
「十数メートルぐらいらしいです。」
「そんな離れたところから、森の中の2人がはっきり見えますかね?夜だったらしいですし。」
「さすが、鋭いですね。確かに少女ははっきりと顔を見てはいません。声も、怒鳴り声は聞いたものの誰の声かはっきりは聞けていません。ただ…」
「ただ!劇の格好をしていたので2人だと分かったと?」
「……その通りです。被害者はサンタの格好、容疑者も…彼は劇の主役なんですが…その格好をしていたらしいです。」
「なるほど…では、誰かが変装していた可能性もあると?」
「証拠がありません。何より口論をしてたのは容疑者も認めています。」
「まあまあ、俺は可能性を述べただけですよ。」
僕がそう言うと、今度は米良さんが口を開く。
「私からも1ついいですか?被害者が口にしたという『うし』についてはどう考えてます?」
「さあ?単なる容疑者の気のせいでしょう。もしくは、被害者が死ぬ前に牛を食べたかったとかですかね。」
「冗談がうまくなりましたね。安見刑事。」
「小太さんほどでは。」
「あはは、そりゃどうもです。」
僕が軽く微笑んでいると、きれいな少女がこちらへ向かって走ってきた。金色の髪をたなびかせ、青い瞳をしている。
「あなたが小太家達様ですか!?」
その少女は真っ先に僕の方へ来て、そう尋ねた。
「そうですよ。お嬢さん。あなたは?」
「『田中 アリス』と申します!家達様!どうか、純を助けてください!」
「お嬢さん……もしかしてあなたが僕たちに依頼を?」
「はい!刑事さんはみんな彼を疑っています!でも、そんなわけないんです!彼は虫も殺せないような優しい方なのです!劇団の皆さんもそう言ってくださってます!村のみんなもです!」
彼女は涙ぐみながらそう訴えた。
「お嬢さんにとって純くんは大事な人なんですね。」
「はい!いずれは人生のパートナーとなる予定ですもの!」
「じゃあ、純くんとは長い付き合いなんですか?」
「はい!私のお父様と純くんのお父様は仲が良く、私たちもずっと昔からの付き合いですの。」
「君のお父さんは?君はなかなか裕福な暮らしをしてそうだし、見た感じ純日本人って訳でもなさそうだ。」
俺は彼女の着るきらびやかな服装と、走ってきた方向にある大きな屋敷を照らし合わせて言った。
「はい。お父様はジョンと申し、オーストラリア出身です。姓は日本出身である母親から来ています。私たちはあそこの屋敷に住んでおり、ここらの土地はお父様が所有してるんですよ!」
「それはすごいお父さんですね。」
「はい!…けれど、そのせいで純との結婚が少し難しいのです。お金のこととか土地のこととか…私はただ純と一緒になりたいだけなのに…。純もよく彼自身のお父様と揉めていたそうです。おそらく今日、口論していたのもそのことです!」
「なるほど…」
「凶器と言われてる棒だって純が使うはずありません!あれは悪者退治に使うもので、父親を殺すためのものではありません!」
「悪者?」
「はい!劇で主役の純が不良に襲われるシーンがあるんです!そこで純が落ちていた棒を手に取り、勇敢に戦うんです!とてもかっこよかったです!」
「かっこよかった…ということはあなたは劇を見たことが?」
「はい!劇は4日連続で行われる予定でしたので、全て見ましたわ!最終日の今日も純の活躍を見たかったです……」
「それは残念なことですね。」
「はい…」
「ちなみにあなたは昨晩はどこに?」
「私は家で休んでおりました。次の日の劇がとっても楽しみだったもので!……それより、家達様!純は助かりますよね!?」
「はい!任せてください!この小太家達、今度お嬢さんに会うときは良い報告ができると約束します!」
「まあ!ありがとうございます!」
「ただ、1つ頼み事がありまして…」
俺は持っていた手帳にあることを書き、破ってお嬢さんに渡した。
「これをあなたのお父さんに渡してほしいのです。」
「これを?分かりました…あっ、すみません!お父様は漢字が苦手で…」
「そうですか!では、ふりがなを振っておきますね。」
「はい、ありがとうございます!よい報告をお待ちしていますわ!」
そう言って彼女は屋敷の方へと走り出した。
「かわいそうなお嬢さんですね。ありもしない希望を抱かされて」
「そうですかね。まあ、安見刑事はまず自分の心配をした方がいいでしょうね。」
「なんですって?」
「初歩的なミスを犯しているんですからね。まあ、恥をかく前にここに書いたことを容疑者に聞いてきてください。」
俺は手帳にあることを書き、安見刑事に渡した。
「……何を考えているのです?」
「そのうち分かりますよ。では、俺たちは現場を調査するので。」
俺たちはその場を離れ、赤いテントの方へ向かった。
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