第9話 食い逃げ事件ー終

「あの人だよ!イエちゃん!」

チリンチリンという音と共に、マスクにサングラス、帽子を被った人が店内へ入ってきた。

「分かった…とりあえずアイリは普通に仕事してて。」

「りょーかい!」

例の人物は窓際にある2人席に座り、大きなバッグを肩から下ろした。

「和斗、見すぎないようにね。」

「うん。」

僕たちはコーヒーを飲んで、普通の客を装いつつも時おり、例の男に目をやった。その男はカツサンドとサラダ、コーヒーを頼んでいる。カツサンドは大きめで2つ目を平らげている最中だ。そして、その男が今にも食べ終わるというときに、イエは立ち上がった。

「ごめん。ちょっと、トイレ。」

「うん。」

イエはトイレに行き、少しして帰ってきた。そのとき、例の男は立ち上がり、イエとすれ違いでトイレに入っていった。愛梨さんと店長さんの話によるとこの後トイレから消えるはず…。しばらくして、トイレのドアが開いた。そこから出てきたのは…

「女性?」

僕は思わず呟いた。おそらく、女子トイレのほうに入っていたのだろう。……あれ?でも、イエより後に女性がトイレに入ったか?見逃しただけかな……と思いつつも、少し気になる。僕はトイレを見つつも女性のほうもチラリと見た。その女性は何かを注文し、少しすると飲み物が届いていた。


「あの男……全然出てこないね。」

「まあ、もうトイレにいないしね。」

「えっ。」

「それより、あっち。取り押さえるよ!」

イエが指差したのはレジのほうだった。レジには店長さんがいて、先程の女性が会計をしている。

「えっ、でもあの人お金払ってるよ。」

「そーね。飲み物1杯分だけね。」

「!」

イエは立ち上がり、レジのほうへ向かう。僕もそっちについて行く。

「店長さん!その人です!その人が例の食い逃げ犯です!」

イエは店長さんにそう言った。

「えっ。」

店長さんと会計中の女性が同時に振り向いた。

「変装してたんですよね?がたいのいい男性に。」

「はあ?何を言って…」

女性は顔をしかめて言い返す。

「そうですよ、イエさん!この女性は何より、会計をしてるんですよ。あの食い逃げ犯なわけ…」

店長さんも動揺している。

「食い逃げ犯だから、金を払わない。その思い込みを突いた犯行だったんですよ。あなたは、女性の姿で注文した飲み物のお金だけ払い、男性の姿で注文した食べ物や飲み物のお金をごまかしていたんです。」

「はあ?言いがかりはやめてよ!私は始めからこの店にいたわ!変装なんて…!証拠は!証拠はあるの!」

「バッグ見せてもらっていいですか?」「えっ!」

「そのバッグに変装に使ってた道具があるでしょう?がたいをよく見せるための詰め物とか、厚底の靴とか。」

「えっいや…プライバシーが…」

「後ろめたいことがないなら、見せれるはずですよ!」

「うぐっ………」

女性は観念したようでバッグの中を僕らに見せた。

「これは…!」

バッグの中にはイエの言っていた通り、変装道具と思われるものが入っていた。

「違うの!私はその、演劇をしていて!その道具で!あなたたちのいう万引き犯とは一切関係はないのよ!私は、今日これを着てないし!」

「それがたまたま食い逃げ犯の服装と同じだと?」

「ええそうよ!不思議なこともあるもんね。」

「では、そのバッグの中の靴を見せてくれませんか。」

「はあ?」

「ガムがついているはずです。私がトイレの床に仕掛けたガムが。」

「!!」

「もし、本当に今日、その変装をしてないなら、当然ガムをその靴で踏むはずがありませんよね?」

「そっそれは…!」

「あっ!確かにガムがついてます!」

店長さんがバッグを覗き、靴を取り上げて言った。

「あっ………」

「まだ言い逃れしますか?」

「……すみませんでした!」

「!」

「ここのご飯が美味しくってつい……ごめんなさーい!」

女性は観念したようだ。店長さんはこの後警察を呼び、女性は連れていかれた。



時刻は11時ほどになり、お客さんがほとんどいなくなった。

「この時間は客が少なくなるの。もう少しして、昼になればまた来るんだけどね。まあ、休憩できるしいいんだけどね!」

愛梨さんはイエのとなりに座り、そう話した。

「それにしても、イエちゃん。あの女性はどうやってトイレから消えてたの?あの人がトイレに入ってすぐ確かめたこともあるけど、いなかったし…」

「アイリは男子トイレのほうしか見なかったんじゃない?」

「あっ!確かに!てっきり、男の人だと思ってたから…!」

「そう、あの人は女子トイレのほうに入ってたんだ。だから私も女子トイレにガムを仕掛けた。」

「なるほど…よく分かったね!」

「まあ、その方法しか思い付かなかったしね。大きいバッグも変装道具を隠すのにぴったりだし。低い声は、もとより出すのが得意だったんだろうね。男性としての振るまいに違和感は少なかったし、演劇をしてるのは本当かもね。」

「へぇ、僕には全然だったよ。」

「和斗だしね。…それより、トイレ行ってくるね。今度は普通に。」

「オッケー!」

イエが席を立ち、トイレに行った。

「にしても……考えてみれば簡単な事件だったのに、朝早くから呼んじゃってごめんね。」

「いや、今日の事件は久しぶりに森亜に関係なくて、イエも気楽だったと思うよ。」

「森亜…」

愛梨さんは悲しそうな顔をして呟いた。

「イエちゃんは…大丈夫なの?ニュースで見たけど最近、森亜の事件が増えてるって…イエちゃんがあの事を思い出さないか心配で…!」

「………」


あの事……忘れるはずがない。森亜のカードが残された最初の事件。そして、イエの家族……両親と姉が殺された事件。今でも時おり思い出す。イエの叫び声と、一面に広がる真っ赤な血……。あの事件以降イエは人間不信になり、心が壊れてしまった。けど、今は……


「……イエは多分何度も思い出してる。うなされてることもあるし…けど、昔と違って前を向いて進めるようになってるよ。」

「そう……和斗くんのお陰だね!」

「そんなこと………家達いえたつさんやみんなのお陰だよ。」

「家達……イエちゃんのお兄ちゃんか!あの人は別の探偵事務所で仕事してるんだっけ?」

「うん。僕たちのほうと違ってすごい忙しいらしいね。しばらく、会ってないや。」

「そうなんだ……」

「まあ、もうすぐクリスマスだし、多分来てくれると思うけど。」

「イエちゃんのお兄ちゃん、2人のこと大好きだもんね!あっ、イエちゃんが戻ってきた!」

「ただいま~、なに話してたの?」

「別に~イエちゃんのかわいい話聞いてただけ~♪」

「えっ!和斗、変なこと言ってないよね!?」

「あはは、言ってないよー。」

「ほっほんとに!?」


その後も僕たちは笑いながら話し合った。昔のこととか、最近のこととか。愛梨さんはああ言うけど、彼女自身もイエの心の支えになっていると思うな……。


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