第8話 食い逃げ事件①

季節は冬になり、寒々としてきた。できれば家にいて、ストーブにあたっていたいこの日の早朝に高校時代の友達から、とある事件解決の依頼が来た。

「イッエちゃーん!お久しぶり!」

「アイリ!」

彼女の名前は『阿虎あとら 愛梨あいり』。高校の時と変わらず、茶みがかったポニーテールをしていて、とても元気のいい。

「和斗くんも!久しぶり!」

「愛梨さん、久しぶり。今は…カフェで働いてるんだっけ?どうしたの?こんな早くに…」

「うん!すっごい楽しいよ~。店長も優しいし!……けど、」

「けど?」

「最近、不思議なことがあってね。イエちゃんに助けてほしいの!」

「不思議なこと?アイリの気のせいじゃないの?」

「もー!違うよ!」

「あはは。それで、何があったの?愛梨さん。」

「実は…食い逃げ!食い逃げが起きてるの!」

「食い逃げ?」

「うん!注文の履歴と、その日の利益が合わないの!しかも、あるお客さんが来た日だけ!」

「じゃあ、そいつが犯人なんじゃ?捕まえれば…」

「そう簡単にいったら、イエちゃんに頼みに来ないよ!…そのお客さんね。消えるの。」

「消える?」

「うん。気づいたら、店の中からいなくなってるの。それで、次来たときに問い詰めてみても、証拠はあるのか?って言われて……言い返せなくて…」

「それは不思議だね。警察には?」

「ううん。まだ言ってない。警察に伝えようと思ったけど、イエちゃんが探偵をやってることを思い出してね。」

「それで来たんだ。」

「うん。迷惑だった?」

「いや、嬉しいよ。」

イエは微笑みながら言った。久しぶりに会えて嬉しいんだろう。

「じゃあ、そのアイリのカフェに行ってみようか!」

「うん!ごちそうするよ!」



愛梨さんの働いているカフェは茶色をベースとした落ち着いた雰囲気で、看板には『喫茶ハーモニカ』と書かれていた。ドアを開けるとチリンチリンと小さな鈴の音がする。

「いらっしゃいま……あっ!愛梨ちゃん!おかえり。」

カウンターの奥にはエプロンを着けた若い男性が立っていた。

「店長、ただいまです!言っていた探偵のイエちゃんとその助手の和斗くんを連れてきました!」

愛梨さんがそう言うと店長さんはこちらに向かって軽く礼をし、口を開く。

「こんにちは。僕は『神余かなまる 能人のうと』と申します。2人のことは事前に愛梨ちゃんから聞きました。探偵……なんですよね?」

神余さんは疑いを含んだ目でこちらを見る。

「あっ!店長、イエちゃんの実力疑ってるでしょ!イエちゃんにかかればさっきまで店長が何してたかもお見通しなんですから!ねっ!イエちゃん!」

「えっ……まあ。」

イエは突然話を振られたことにやや驚いているようだ。

「えー、店長さんはさっきコーヒーの入ったコップを落とし、そのコップがやや欠けた…しかも、お気に入りの。」

イエは人見知りが発動し、どこかぎこちない。

「えっ!よく分かりましたね…どうして?」

店長は目を丸くして家を見る。

「さっすが!イエちゃん!まあでも、私もコーヒーをこぼしたのは気づいたよ!エプロンに染み付いてるし!店長はどじっこですね~。」

「えっ、あはは。確かに気づかなかったなあ。後で代えなきゃね。」

「でも、イエちゃん。お気に入りのコップを割ったってのはどうして?」

「えっと……指にかすり傷がついてる。手首も少し濡れてるし、血を洗い流したんだと思う。さっきアイリが言ったエプロンのシミもそうだし、手首をきちんと拭いてないことからコップを落としたことに焦りを感じてる。」

「まあ、確かに…でも、どのコップでも落としたら焦るんじゃない?」

僕はイエに尋ねる。

「ん。けど、絆創膏もせずに真っ先にコップを直そうとしてるから、大切なコップだと思ったの。ほら、カウンターに接着剤とその被害者のコップが置いてある。」

イエの指差すほうには確かにそれらのものが置いてあった。

「…その通りです。ビックリしました。それと、少し欠けただけですんだけど、せっかくもらったのにごめんね。」

店長さんは愛梨さんにそう謝った。あのコップは愛梨さんからもらったのか。

「いえいえ!それより、絆創膏持ってきますね!」

そう言って愛梨さんはカウンターの奥の扉へ走っていった。

「とりあえず、その辺の席に座ってください。飲み物は……コーヒーでいいかな?」

「はい、お願いします。」

「今度は落とさないでくださいよー!」

扉の奥から愛梨さんの声が聞こえ、僕たちは思わず笑みがこぼれた。



「じゃあ、事件の話をしようか。まだ、開店まで時間があるし……悪いね、2人ともこんな早くに。なんせ8時から店を開くから…」

店内にある時計を見ると、7時を10分過ぎたところだった。

「あっでも、アイリから大まかには聞いたので……質問だけいいですか?」

「はい。なんでも。」

「食い逃げしてると思われてる客の特徴は…?」

「マスクとサングラスをしていて、キャップを深く被った男性です。」

「怪しい格好ですね……よく男性って分かりましたね。」

「注文の時とか、口を開いた際に低い声がしたので。それに背も高めで、がたいもよかったです。」

「なるほど……では、その人は何か持ってたりしましたか?」

「はい。やけに大きい鞄を持っていました。トートバッグのようなものです。」

「その男性が消えると聞きましたが、どのタイミングで?」

「それが…いつもトイレに入った後なのです。」

「!」

「もちろんトイレは隅々調べました。しかし、当然壁に穴が空いてたりはしませんでした。」

「トイレはどのような?」

「あちらのドアの奥にあります。」

店長さんが指差したほうにW.Cと書かれたドアがあった。僕たちはそのドアへ向かい、開けると正面に手を洗うようの水道があり、左右に2つのドアがあった。右は男子トイレで、左は女子トイレだ。僕は男子トイレのドアを開けて中を見ると、そこには洋式のトイレがひとつあるだけだった。

「女子トイレのほうも同じ作りです。1人ずつしか入れない小さいトイレです。当然隠れる場所などありません。」

「確かに……そうですね。」

僕たちは一旦テーブルに戻り、話を再開した。テーブルには愛梨さんが戻ってきており、絆創膏を持っていた。

「どうどう!すっごく怪しいでしょ!」

「うーん。あのトイレからどうやって消えたんだろう?監視カメラとかはあるんですか?」

「いや、ないですね。まだまだ小さいカフェですし……店員も私たち含め4人しかいません。」

「えっ!それは大変ですね。」

「はい…でも、みんなすごくがんばってくれてますので。特に愛梨ちゃんはいつも朝早くから準備を手伝ってくれてるし…」

「えへへ…」

愛梨さんは照れ臭く笑っている。

「イエは、何か気付いた?」

「ん……ひとつ。仮説はあるけど…」

「仮説?さっすが!イエちゃん!それでどんなの!?」

「それは……まあ、あとのお楽しみで。」

「えー焦らすなあ。」

「それより、その人は今日も来るんですか?」

「おそらく来ますね。毎週決まった曜日に来ますから。大体いつも10時頃ですかね。」

「分かりました。じゃあ、私の仮説が正しいか、今日試してみましょう。」

「分かりました。せっかくですし、ご飯もお持ちしますね。サンドイッチでよろしいでしょうか?」

「はい。ありがとうございます。」

イエの仮説…それがどんなものかは分からないがとりあえず僕たちは例の男が来るのを待つことにした。8時になり、店が開く。目的の人物が来たのはそれから2時間と少し経った後だった。


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