第3話 アパートと2つの殺人事件ー終
「いらっしゃい…あっ、先ほどの探偵さん…と刑事さんですか?お揃いでどうしました?」
僕たちは鳥羽刑事を連れて再び大家の部屋へと訪れた。山下さんは最初にここに来たときと同じように腰より少し下に手を当てて、立っていた。
「山下さん…あなたには小田原殺害の容疑がでている。」
鳥羽刑事は厳格な様子で告げる。
「私が…ですか?」
「そうです。あなたが犯人だと思います。」
イエはそのように山下さんに言った。
「探偵さん…何を言ってるんですか?小田原さんは岡田さんに殺されたんじゃないんですか?刑事さんに聞きましたよ。岡田さんはまず、小田原さんを殺し、それがバレたため岸田さんを殺したと。」
そう言う山下さんの声はどこか震えていた。
「私はそうは思いません。だってそもそも、岸田が小田原の死に気づいたと思いませんし。」
「そうですかね…となりの部屋だから気づきそうなものですけどね。」
「いいや、どうだろう。防音に優れてるプラス匂いは消されてる、ですからね。岸田と小田原は関わりが薄いし、部屋を訪ねることもないだろうからあまり気づかないと思いますよ。ちなみにこれらの情報はほとんど、あなたから聞きましたね。」
「………」
イエが饒舌になってきた。普段人見知りの彼女がすらすら話すのは真実を告げるときだけだ。
「なら、どうして岸田さんは殺されたんです?」
「別にそっちの事件はすぐに明らかになると思いますよ。包丁から岸田の血と岡田の指紋があるんですからね。岡田が殺したのは確実でしょう。警察に捕まっているらしいですし、その内事情を吐くでしょう。」
「つまり、探偵さんは2つの事件は関係がないと言うんですか?」
「そうですね。偶然なのか、はたまた必然だったのかは分かりかねますが、あなたが小田原を殺した次の日に岡田が岸田を殺したのです。」
イエははっきりと言いきった。
「どうして、そう強く言いきれるんです?私は残念ですが、岡田さんが2人を殺したとしか……」
「本当にそうかな?私が岡田なら殺しやしないけどね。いや、正しくはあの時間に殺しやしない。」
「どういうことですか?」
「この写真を見て。」
それは小田原の部屋の写真だった。
「ここ!時間です。紙には8時と書いてある。」
「何ですかそれ?」
「やはり、知りませんでしたか。」
「!」
「岡田と小田原は仲が悪すぎて、会わないようにゴミ捨ての時間をお互い決めてるんです。」
「……そうなんですね。」
「この事は、岡田と仲のよかった岸田ともう1人しか知らないらしいです。……逆に言えば、2人、知ってる人がいたんです。」
「……それがなんなんです?」
「小田原さんの殺人は計画されていたと思われます。だからこそ、あの時間に殺すようなへまはしないはずです。」
「!」
「小田原さんのゴミ捨て場へ行く時間は8時、それに対して死亡推定時刻は午後7時。するとどうなる?」
「小田原さんはその日ゴミ捨て場に現れない…すでに死んでいるから!」
「そう。岡田さんからしたら、8時に小田原さんがゴミ捨てに行ってないことを、事情を知っている2人に気づかれる可能性がある。可能性は少ないですが、計画して殺人したなら念のため8時以降にするでしょう。」
「けれど、紙に書かれた8時は夜ではなく朝の8時かもしれませんよね!」
山下さんは焦った様子でイエに聞いた。
「それはないでしょう。ゴミ収集車がくるのは朝7時。それだとゴミ収集車が来たあとにゴミ出しすることになる。」
「ぐっ…」
山下さんは言葉につまる。
「それにそもそも、岡田さんが犯人ならどうやって小田原さんの部屋に入ったんですか?仲が悪いのにいれてもらえるとは思えません。」
「それは…刑事さんには話したはずです!合鍵が盗まれてたんです!きっと岡田さんが盗んで…」
「じゃあ、何でそこにあるんです?」
そう言ってイエは山下さんの腰の辺りを指差した。
「なっ何を…」
「あなたはずっと腰の少し下に手を当ててますよね。意識がそこに向いているんです。そこは…ズボンのポケットですね?その中に鍵が入っているんじゃないんですか?」
「えっ、いや何も入って…ません。」
山下さんは軽く後退りをする。
「じゃあ、調べてみましょう。」
「!」
山下さんは明らかに動揺している。
「まっ待ってください!えっと、鍵あります!拾ったんです!」
そう言ってポケットから鍵を取り出した。
「拾った?じゃあ、何で警察に言わなかったんですか?」
「それは……」
「今だって隠そうとした。」
「………ぐっ。」
「慣れてないことはするもんじゃないですよ。特に、殺人とか。いくら計画したからといって、実際にするとミスは付き物。あなたは鍵の処理を忘れていた。隙を見てどこかに捨てるためポケットにいれていたんでしょうが警察がいてうまくいかなかったんでしょう?…犯人は鍵を所持していた、あなたしかいないんです!」
「ちっ違います!本当に拾っただけなんです!僕は殺してません!そもそも動機だってないですし!」
「本当に?」
「!」
「1つ質問があります。103号室の住民はどこに行ったんですか?あなたの部屋の写真立てをチラリと見ましたが、そこに写っていた人ですよね?仲が良さそうですしどこへ行ったかはご存じでは?」
「それは……引っ越したんですよ。確かに仲は良かったですが…場所までは……」
「嘘をつかないでください。」
「えっ」
「亡くなったのではないのですか?」
「!!…どうして……それを…?」
「私は2つの事実からその事を推測しました。1つ目は刑事から聞いた鍵の数です。104号室と204号室の合鍵を除いた他の6部屋の合鍵しかありませんでした。……足りないんですよ、1つ。103号室の本鍵がね。本当に引っ越したなら返されているはずですよね。次に2つ目、小田原さんが他の住民に暴言を吐いたり、嫌がらせをしてたということです。その主な対象が、103号室に住んでいた女性なんじゃないですか?…その女性はそれらの嫌がらせに耐えられず、自ら命を………。どのように命を絶ったのかは知りませんが、おそらくその際に鍵を紛失してしまった……どうですか?」
「………………何でもお見通しなんですね。その通りです…全て。」
山下さんは諦めたような、けれどどこか清々しいような表情を見せた。
「許せなかったんです…彼女を死に追いやった小田原を……」
「そう…ですか。……最後に1つだけ聞きたいことがあります。いいですか?」
「…何ですか?」
「岡田さんが岸田さんを殺したのは偶然ですか?それとも…」
「探偵さんは薄々分かっているでしょう。……偶然じゃありません。…これを。」
そういって鍵が入っていたのと反対のポッケからカードのようなものを取り出した。
「!!」
イエが動揺している…いや、僕も鳥羽刑事もだ。そのカードは鳥羽刑事のコートよりも深い緑色のカードで、『森亜』と黒字ではっきり書かれている。
『森亜』のカード。数年前からいくつかの犯罪事件において、このカードが発見された。その事件には殺人も少なくはない。…警察の調査により分かったことは、それらの事件の被害者はどれも『悪人』だったということだ。……そして、これらの事件にはある人物が関わっているとされている。
「
鳥羽刑事は鋭い声でそう言った。
「私は『森亜』についてはよく知りません。けれど、殺害の手伝いをしてあげます、と言われたんです。私は、お願いしました。」
山下さんは優しい口調で語り始めた。
「どうやら、岡田さんも岸田さんも過去に犯罪を犯していたらしいです。暴行やら窃盗やら。そして、今も反省せず、2人で強盗を計画していたらしいです。……森亜と名乗る人はそこを利用すると言ってました。詳しい方法は分かりません。ですが、実際に岡田さんに岸田さんを殺させたんです。」
「そう…」
イエの返事には力がなく、手は震えていた。無理もない。森亜はイエにとっても……
「とりあえず、その他の詳しい話は署で聞く。……ついてこい。」
鳥羽刑事はそう言って山下さんを連れていった。
「イエ…刑事さん、森亜茶助について何か聞き出せるかな?」
僕は事務所へ帰る途中イエに聞いた。イエはまだ力が抜けている感じで元気がない。
「……無理だと思う。森亜は大きな組織だから……今回、大家と関わったやつも森亜茶助とはさほど縁のないしたっぱだろうし。」
「そうか……」
「……」
「………イエ、いつから大家さんを疑ってたの?」
僕は話題を変えることにした。
「……最初に会ったとき。」
「えっ、そうなの?」
「ん。…大家はずっとズボンのポケットに手を当ててたって言ったでしょ?あの時、ポケットの上から鍵をなぞるように触ってたの。」
「へ~そんなに細かく見てたんだ。」
「和斗がちゃんと見すぎないだけだよ。…それでさ、気になったことがあって。何で大家はわざわざポケットの上から鍵をなぞってたんだろうって。」
「どういうこと?」
「一応、あの鍵を私たちに会う少し前に拾っていて、後で警察に渡そうとしてた可能性があるでしょ?」
「そうだね。渡そうとしてたから、意識がつい鍵にいっていた…」
「けど、実際鍵に意識がいっているんなら、直接触ると思うんだよね。」
「確かに…でも、人と話してるときにポッケに手を突っ込むのは失礼だから外から触ってたんじゃない?」
「どうだろうね…その可能性もあるけど、私はもう1つの可能性を考えたんだ。それは、大家が鍵を意識しすぎたって可能性。大家は、鍵が重要な証拠だと考えすぎるあまり、指紋が残らないよう直接鍵に触るのを避けてたんじゃないかって思ったの。合鍵は大家が所有しているから指紋がついたって問題ないのに……そこまで鍵に気を遣うのは、大家が犯人で、つい鍵に指紋が残るのを恐れてしまったから……つまり大家の杞憂で私は彼を疑ったの。」
「やっぱり、すごいね……そんな些細な動きで犯人か分かるなんて…」
「そりゃどうも。探偵ですから!」
イエは元気を取り戻したようで、にっこりと微笑んだ。
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