2話.再開、そして牽制?

 二人が家を出てから歩くこと十数分。


 レイコルトとシラリアがアルカネル魔道士士官学校の正門前に辿り着くと、そこには既に多くの人が集まっていた。


 ザワザワと賑やかな空間に身を置く彼らは、全員がレイコルトやシラリアと同じように魔道士士官学校の制服に身を包んでいる。


「やっぱりすごい人の数だね‥‥‥」


「そうですね、ざっと見たところ軽く二百人は超えているかと」

 

 レイコルトが周りを見渡しながらそう呟くと、シラリアは平坦な声音でそう応じる。


 現在の時刻はおよそ八時。入学式が始まるのが九時なため、残り一時間もあれば更に人は増えていくことだろう。


 何度見ても呆れてしまう程立派な正門の足元には、おそらく魔法によって映されたであろう立て看板があり、そこにはデカデカと『第六回アルカネル魔道士士官学校入学式』と書かれていた。


 その周囲に植えられた桜も満開に咲き開いており、春特有の温かな風が吹く度に花びらが舞い散っていた。


 その綺麗な光景に思わず目を奪われていると、シラリアがこちらの顔を覗き込みながら尋ねてきた。


「どうかされましたか、ご主人様?」


「あーいや、桜が綺麗だなって」


「なるほど。確かに綺麗ですね」


 シラリアはレイコルトの視線の先をたどると、前髪をサラリと揺らしながら相槌を打つ。


 その表情から彼女の心情は正確には読み取れないが、声音には僅かに感嘆の色が含まれているような気がした。


「ですが、そろそろ行きましょうか。ここで立ち止まっていては他の人の迷惑になってしまいますから」


「そうだね」





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 シラリアに促されて正門をくぐった二人は入学式が執り行われる大講堂へと向かっていた。


 その道中、丁寧に舗装された石畳みの通路をシラリアと二人で並んで歩いているのだが──


「うわっ、何だあの子、すげぇ可愛い」


「めっちゃ綺麗だな‥‥‥、どこかのご令嬢様か?」


「やべぇ、超タイプだわ‥‥‥」


 そう、先ほどからすれ違う男子生徒達がシラリアをチラチラと見ながらそんな声を漏らすのが聞こえてくるのだ。


 やはりと言うべきか、彼女の端麗な容姿は学校内でも視線を集めるようで、遠巻きに見ている人々も皆が一様に彼女に目を奪われていた。


 当の本人自体は慣れているのか、もしくは単純に気づいていないのかは分からないが普段と変わらない様子なため、レイコルトから何か言うことはないのだが──


「でも、隣で歩いてる男は微妙じゃね?」


「あぁ~、何というかパっとしないよな」


「どうせ、召使いか何かだろ」


 ──というように、シラリアが注目されれば当然、隣にいるレイコルトも品定めするように見られるわけで‥‥‥。


(はぁ~、視線が痛い‥‥‥)


 非常にいたたまれない気持ちになりながら、内心ため息をついていると──


「‥‥‥ん?」 


 突然クイクイと服の裾が引っ張られる感覚がし、そちらに視線を向けるとシラリアがある一点を見つめながら涼しげな声で語りかけてきた。


「ご主人様、あちらに何やら大勢の人だかりができているようですが、何かあったのでしょうか?」


 小動物のようなその仕草にドキリとしつつも、シラリアの言葉に従って彼女の視線の先──大講堂への大通りから少し外れた一角に目を向けると、確かに多くの人が集まっていた。


「なんだろう、あれ。ちょっと見に行ってみようか」


「はい、かしこまりました」


 レイコルトの提案にシラリアは素直に応じると、二人は群衆の輪へと近づいていく。


 どうやら、その人だかりは一人の人物を囲むようにしてできているようで、人だかりの隙間からその中心人物を覗いてみると──


「あれ‥‥‥?」


 そこには見覚えのある人物がいた。


 ポニーテールで纏め上げた美しい亜麻色の髪に意志の強さを示すかのような赤い瞳。そしてレイコルトと同じく腰に刀を携えた美しい少女。


 レイコルトが思わず呟いた言葉が聞こえたのか、群衆の隙間からこちらをチラリと見たその人物と目が合う。


 途端、彼女はその端正な顔立ちをパァっと明るくさせると、こちらに向かって大きく手を振ってきた。


「あっ、レイ! 久しぶりね!!」


 その少女──エレナは周囲にいた男子生徒に「ちょっと、ごめんなさい」と断りを入れると、人ごみを掻き分け、レイコルトのもとへと駆け寄ってきた。


(えっと、確かエレナってそこそこ有名な貴族のご令嬢様だよね‥‥‥)


 とてもそうとは思えない彼女のフレンドリーさに苦笑しつつレイコルトも返事を返す。


「久しぶり。エレナも元気そうで良かったよ」


「えぇ、レイも元気そうね。それと──」

 

 エレナはそこで言葉を切ると、隣で佇んでいるシラリアに視線を向ける。


「──隣にいるその可愛い子は? 見る限り同じ新入生っぽいけど‥‥‥」


 エレナの問いに対してシラリアは一歩前に出ると恭しく頭を下げた。


「お初にお目にかかります、私はご主人様の専属従者メイドをさせていただいております、シラリア・セルネストと申します。以後お見知りおきを」


「うん、よろしく‥‥‥って、え? セルネストってあのセルネスト家?」


「‥‥‥えぇ、おそらくそのセルネスト家で間違いないかと」


(‥‥‥ん?) 


 エレナがシラリアの家名を聞き返した途端、シラリアの顔が曇ったように見え、レイコルトは首をかしげる。普段からあまり表情の変化を見せない彼女にしては珍しく動揺しているように見えた。


 エレナもまたシラリアの反応を見て、あっ、とバツの悪そうな表情を覗かせると、すぐさま謝罪の言葉をかける。


「ごめんなさい、今のは少し無神経だったわね‥‥‥」


「いえ、お気になさらず。過去のことですから」


 シラリアはそう言ったが、その声音は普段よりも少しだけ覇気がないように感じた。


「本当にごめんね。えっと、シラリア‥‥‥‥‥‥でいい? 私のこともエレナって呼んでくれていいから」


「いえ、ソングレイブ様に対してそのような呼称は恐れ多く‥‥‥」


「だめよ、 ここ士官学校では身分の差なんて関係ないんだし、なによりこれから同じ学校の仲間なんだから!」


「‥‥‥分かりました。それではエレナ様とお呼びさせていただきますね」


 シラリアはしばらくの逡巡していたがエレナの強い押しに根負けしたように了承する。


 それを聞き、エレナは満足したように笑みを浮かべた。 


(よかった、なんとか打ち解けられたみたい)


 先ほどのシラリアの様子は少し気がかりではあるが、エレナとのやり取りを見てレイコルトは安堵の息をつく。


「そういえばエレナ、さっき凄い人の数に囲まれてたけど、何かあったの?」


「ん? あぁ、あれねー‥‥‥」


 レイコルトの質問にエレナは苦笑いを浮かべると、先ほどまでエレナを囲んでいた人達には聞こえないようにするためなのかヒソヒソ声で話し始めた。


「まぁ、簡単に言ってしまえばその‥‥‥‥私とお近づきになりたい人達、みたいな?」


 歯切れが悪そうにそう言ったエレナに対して、二人は、あぁ~と納得したような表情を浮かべる。


 エレナの容姿はアルカネルの中でもトップクラスに優れていると言え、人当たりも良く家柄も申し分ない。レイコルトはあまり知らないが、勉学の方面でも才を発揮しているらしく。なにより全属性持ちゼータとくれば、そんな彼女と交際、もっと踏み込むと婚約を結びたいという貴族男性は大勢いることだろう。


 そんな彼らにとって、この士官学校はエレナとお近づきになれる絶好の機会と言える。


 結果として、同じ思惑を抱えた男性貴族たちがこぞってエレナの周りに集まるという事態に発展していったというわけだ。


「なんていうかその、大変だね。貴族のご令嬢っていうのも」


「本当よ。相手は皆、自分の家の爵位やら財産やら名誉やらをチラつかせて来るんだもの。もうウンザリだわ」


 エレナは心底呆れた表情で愚痴をこぼすとため息交じりにそう答える。


「ふむ、それでしたら、エレナ様。この後の入学式ですが、よろしければ私たちと一緒に参加しませんか?  女性であるわたしがいれば、エレナ様の周りに人が集まることも少なくなるかと」


「‥‥‥‥え、シラリア達と?」


「はい、そうすれば多少は無用なトラブルから避けられると思いますが、いかがでしょうか?」


 シラリアの提案にエレナは少し考えるような素振りを見せるが、すぐに笑顔を作ると頷いた。


「そうね。それじゃその、お願いしてもいいかしら?」


「えぇ、もちろん」


 シラリアは白髪をサラリと揺らしながら頷ずくと、再びレイコルトへと視線を向ける。


「ご主人様もそれでよろしいですか?」


「あ、うん、エレナが来ること自体は問題ないんだけど‥‥‥」


「‥‥‥? どうかなさいましたかご主人様?」


 レイコルトの言葉にシラリアは不思議そうな表情を浮かべる。


「僕、男だけど一緒にいていいの?」


 そう、エレナに近寄ってくる男性をけん制するため、一緒にシラリアが行動するというのは賛成なのだが、そこに男性であるレイコルトが混ざっては、あまり意味がないのでは? と思ったのだが‥‥‥‥


「「‥‥‥‥‥‥」」


「え、ちょっと!? 二人とも何で黙るの!?」


「よし、そうと決まれば、さっそく行きましょうか!」


「そうですね、もうじき入学式が始まってしまいますから」


「ねぇ、待って!! 二人とも僕の話聞いてた!? ねぇってば!!」


 レイコルトの必死の叫びも虚しく、二人は一切取り合おうとしない。

 

 それどころか、そのまま足早に大講堂の方へと歩みを進める始末だ。


(はぁ、また胃が痛くなりそう‥‥‥‥)


 半ば諦めの境地に達しつつも、レイコルトは二人の後を付いていくのだった。

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