3話.入学式、そしてクラスメイト
入学式の会場である大講堂の前には数人の教師が立っており、新入生の受付と誘導を行っていた。
そこで受付を済ませたレイコルト達は、前の人たちの流れに沿いながら講堂に入る。
特に指定の席はないらしく、大講堂内にいた教師が「前の方から詰めて座ってください」と指示を飛ばしていたため、レイコルト含む三人はちょうど真ん中あたりの席に腰を掛けることにした。ステージから見ると、左から順にエレナ、レイコルト、シラリアといった形だ。
ちなみにというか、何というか、ここに来るまでにもレイコルトは色々な生徒から注目を浴びており、羨望やら嫉妬のこもった眼差しを向けられ、それはもう胃の痛い思いを経験していた。
あの後もう一度だけ、『二人とは離れた方が良いのでは?』と打診してみたところ、シラリアからは『専属
エレナの理由に関しては『いや、二人を襲おうとするなんて命知らずでしょ』とツッコもうとしたのだが、花のような笑顔で目元だけを暗くしたエレナの圧に負け、喉元でグッと堪えるしかなかった。
──と、まぁそんな一幕がありながら無事? に席についた三人は、入学式が始まるまでの間、レイコルトと二人はどういった経緯で知り合ったのかや、普段は何をしているかなど他愛もない話で時間を潰していると、ステージ上に若い男性の教師が現れた。
男性教師は「あ~、あ~」っと、ステージ上に設置された魔導拡声器のテストを行うと、軽い自己紹介と共に開式の言葉を述べる。
「えー‥‥‥、それでは続きまして理事長より祝辞の言葉をいただきます。理事長よろしくお願いします」
舞台袖に下がる男性教師と入れ替わるように、ステージ上にセリーナが現れる。
流石に祝典の場で普段の
燃えるような赤髪を揺らしながらステージ中央まで歩いてくると、新入生に向かって一礼してから口を開いた。
「まずは新入生の諸君、入学おめでとう。私がここ──アルカネル魔道士士官学校の理事長、セリーナ・フレイムハートだ」
セリーナがそう名乗ると、大講堂内の随所からぱちぱちと拍手が送られた。
「さて、長々と話すつもりなんて毛頭ないからね、簡潔に話させてもらうよ。まずは新入生諸君らの健闘を称えよう。君たちはあの厳しい入学試験を乗り越え、こうしてアルカネル魔道士士官学校の地を踏んだわけだ。だが──」
そこで言葉を区切ると、セリーナは一呼吸置いてから話を続ける。
「忘れてほしくないのは、ここはあくまで通過点に過ぎないということだ。君たちの本来の目標は、魔導士になることであり、士官学校に入学することではないはずだ。故に君達には現状に満足せず、さらなる高みを目指して切磋琢磨してほしい。そして、それと同じくらいこの士官学校での生活を満喫し、友と語らい、苦楽を共にする仲間たちと思い出を刻むことを望んでいる。私からは以上だ」
セリーナはそう言って話を締めくくると、再び一礼してからステージを降りていく。
その瞬間、先ほどとは比較にならない程の拍手が大講堂内に沸き起こった。
これが魔道士士官学校の理事長であり、なおかつ七年前の
その後も入学式はつつがなく進行していき、在校生徒代表として生徒会長の挨拶があったり、来賓の祝電などが行われ、長かった入学式もようやく終わりを迎えようとしていた。
今は、新入生代表として抜擢されていたエレナが答辞が読み上げており、ちょうど締めの句を言い終えるところだ。
「これらを以って答辞の言葉とさせて頂きます。新入生代表、エレナ・ソングレイブ」
エレナはそう締めくくると、一歩後ろへと下がり一礼する。
セリーナの時とも勝るとも劣らないほどの拍手を浴びながら降壇したエレナはいそいそと、こちらに戻ってきた。
「おつかれ、それにしてもエレナが新入生代表だったとはね」
「ん、ありがとレイ。まぁ一応推薦入試で一位だったから首席っていう扱いみたい」
「ですが素晴らしい答辞だったと思いますよエレナ様。私もつい聞き入ってしまいました」
「あはは、シラリアもありがとう。でも本当に緊張したよ~」
レイコルトとシラリアに労いの言葉をかけられたエレナは、照れくさそうに頬をかきながらも、安堵の様子を見せた。
「エレナ・ソングレイブさんありがとうございました。それでは以上をもちまして、第六回アルカネル魔道士士官学校入学式を終わります。新入生の皆さんはこの後、各自の教室に向かうことになっていますので、指示に従って行動するようにしてください。なおクラス分けの紙は、出入口付近でお渡しいたします」
男性教師が締めの挨拶を告げたことで生徒たちが席を立ち始めると、レイコルト達も出入口まで移動する。
そこでクラス表の書かれた用紙を受け取ると、三人は自分たちの教室に向かうのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「どうやら、ここが私たちの教室のようですね」
「うん、そうみたいだね」
シラリアの言葉に頷きながら、レイコルトは扉の上部から吊り下げられた白磁色のプレートを見上げると、そこには間違いなく『1ー1』と表記されていた。
「うーん、まさか私たち三人とも同じクラスだったとはね‥‥‥」
レイコルトの隣で、エレナは配布されたクラス表の紙を眺めながらどこか感慨深そうに呟く。
そう、エレナの言うとおり、レイコルト、エレナ、シラリアの三人は全員が奇跡的に同じクラスに配属されていたのだ。
もはや、作為的な何かを疑わずにはいられない偶然だが、ここ数年間、国中を旅していたレイコルトに同年代の友人なんてものは居るはずもなく、知り合いであるエレナとシラリアが同じクラスというのは非常に心強い存在だった。
「とりあえず中に入りましょうか。もうみんな集まってると思うし」
エレナの言葉にレイコルトとシラリアが頷くと、三人は教室へと足を踏み入れる。
横スライド式の扉をガララと開けると、エレナの予想通り既に多くの生徒がいたが、やはり知り合い同士で同じクラスになった人は少ないのか、どこか張り詰めた空気が漂っていた。
ただし、三人が入ってきたことを確認した生徒のうち何人かは「あっ」や「っ!?」など、美少女二人が揃って入室してきたことに小さく息を呑む声が僅かにレイコルトの耳朶を打った。
(えーと、僕の席は‥‥‥)
黒板には座席表が書かれた用紙が貼られていたので確認してみると、どうやらレイコルトの席は最後列の窓際という、なんとも日当たりが良さそうな場所だった。
エレナとシラリアに「それじゃあ」と告げると、レイコルトは自分の席へと向かう。
腰に吊り下げた刀を壁に立てかけて椅子に座ると、レイコルトは窓の外に広がる景色をぼんやりと眺め始めるのだった。
────十数分後、沈黙が場を支配している空間に始業のチャイムが鳴り響く。
それと同時に教室の扉が開かれると、そこから一人の女性が入ってきた。
「はい、皆さん席についていますね」
おそらく彼女が担任の教師なのだろう。教卓の前まで移動するとこちらに向かって笑みを向ける。
「はじめまして。私がこのクラスの担任を務めることになりました、ミレアス・ヴィクトリアと申します。今年から赴任してきたので、至らない点もあるかと思いますが、どうかこの一年よろしくおねがいしますね」
ミレアスとそう名乗った彼女の第一印象は、とても優しそうな人だった。
腰まで伸びた
(隣の人は欠席かな?)
始業のチャイムが鳴っても現れない空席の主が気になりつつも、レイコルトは教壇に立つミレアスへと視線を戻す。
「それではさっそくですが、皆さん自己紹介をお願いします。名前、出身、あとはそうですね──‥‥‥趣味や特技なんかもあれば教えていただけると嬉しいです。ではそこの女生徒さんからおねがいします」
「あっ、はい!」
そう言って指名されたのは、赤みがかった茶髪の女生徒だった。
「えっと‥‥‥私は──」
──その後も順調に自己紹介は進んでいき、あっという間にレイコルトの番になった。
「では、最後に窓際の君お願いしますね」
「あ、はい」
ミレアスにそう促されたレイコルトは、立ち上がると簡単に自己紹介を行った。
「はじまして、名前はレイコルトで家名はありません。出身はおそらく‥‥‥‥‥‥レヴァリオン王国のどこかだとは思いますが、正確には分かりません。趣味や特技は特にありませんが、これから見つけていけたらいいなと思っています」
そう言って全体に向かって一礼すると、着席する。
「‥‥‥‥‥‥」
レイコルトが座った後、ミレアスを含めた教室中の生徒たちは、どう反応したものかと困惑している様子だった。
それもそのはずで、家名がなく、出身地も明確でないということは、まず間違いなく孤児ということであり、それに対してどんなリアクションが正しいのか思いあぐねているらしい。
「えっと──‥‥‥、レイコルト君ありがとうございました。それではこれで全員の自己紹介が終わったので業務連絡に移りますね‥‥‥!!」
そんな微妙な空気が教室内に流れる中、パンッ、と一度手をたたいて雰囲気を切り替えたミレアスは業務連絡に入る。
(ごめんなさいミレアス先生‥‥‥)
この何とも言えない空気を作り出した張本人であるレイコルトは、内心でミレアスに謝罪を送るのだった。
業務連絡は、学校での生活の送り方や、校内での禁則事項、今後の大まかな予定などが淡々と進んだ。
「──はい、ではこれで業務連絡を終わりますね。本日の予定も特にありませんので、これで解散とします。皆さんお疲れさまでした」
ミレアスがそう締め括り教室を後にした瞬間、クラス内は一気に
(はぁ~、疲れた~)
レイコルトも周りには気づかれないように小さくため息をつきながら、エレナとシラリアの所に行こうとすると────、
「おい、黒髪の貴様。少し話がある」
三人組の男子生徒がこちらへと歩みを進めてくる。
どうやら何事もなく今日一日を終えるのは無理そうだと、レイコルトはもう一度小さく嘆息するのだった。
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